そんな僕らのクリスマス 1/2



 その日も、いつもと同じように暮れていった。
 間近に控えたというか、本番真っ只中の今、バスケ以外のことに注意を向けるべきでないのは解っている、重々承知である。

 でも、今日ばかりは少し上の空になるのは仕方ないと火神は思うのだった。




- そんな僕らのクリスマス -




「クリスマス!? そんなことやってる場合か!」
 壮絶なオチがついた大掃除の時のこと。リコの鶴の一声で、バスケ部員のため息の嵐が吹いた。
 小金井が本気で肩を落とし、日向が陰でこっそり涙を拭いているのを火神はしっかり見た。
 クリスマスねえ、と火神は心の中でひとりごちる。

(去年までだったらどうでもいいとか思えたのになー)
 そう、もし去年であるならば、まったく気にしなかった。全力投球でバスケに打ち込めるだけで幸せだったからだ。

 しかし、今年はそういうイベントにかこつけてでも、一緒に居たい人が出来てしまった。


 ―――コイツはどう思ってんだろーなー

 横目で、火神は隣にいるチームメイトの様子を窺った。影が薄いウスイと言われているが、今ではもう見つけるのも慣れたものである。
 その黒子は、相変わらず無表情で掃除の続きをしていた。その顔つきから、彼の考えを読むことは出来ない。

(ったく、少しはがっかりする素振りとか見せろよな)

 こっちが虚しくなるじゃねぇか。
 すでに半分そうなりかけながら、火神は視線を戻した。
 解っている、黒子はこういう奴だと。淡白な彼はそういう―――恋人らしい欲求を表に出すことは滅多に無い。


 しかし、転機は突然やってきた。


「火神君」
 クリスマスイヴが1週間後に迫った日の練習後のことだった。
「あ? なんだよいきなり」
「来週なんですけど、ボクの両親旅行でいなくなるんですよ」
「……は?」

 ―――ということは、だ。
 普段(バスケ以外では)鈍い頭が必死で回転を始める。
 そして出した結論が。

「行っていーのか? お前んちに?」
 黒子がこくっと頷く。
「泊まりで?」
 重ねて聞くと、黒子は少し赤くなりながらももう一度頷いた。

「〜〜〜っしゃ!」
 余りの嬉しさに、火神は思わずガッツポーズを取ってしまった。
「…そんな嬉しがることですか?」
 照れ隠しか、いつも以上に素っ気なく黒子が言う。
「決まってんだろ、コイビトどーしで、しかもクリスマスだろ!」
「クリスマスだなんて一言も言ってないんですけどね」
「はっ?」
「……いえ、合ってますよ」
「んだよ…」
 掴めない黒子の物言いに、火神はがっくり脱力する。しかし。


「ボクだって、たまにはそういうことしたくなるんです」


 ―――滅多にない、の「滅多」だった。
 火神はまた嬉しくなって、そっぽを向く黒子の頭をガシガシと撫でたのだった。


 そして当日。
 目の前に迫ったものに対してやっぱり眠れず、それでも集中する努力をしてなんとか火神はそれを乗りきった。
 その帰り道で。


「―――おい、大丈夫かよ?」
「…眠いです…」
 体力を使いきった黒子は、歩きながらだというのに今にも眠ってしまいそうだった。

「やっぱうちにするか?」
「やです、うち来てください…」
「はいはい…っと、危ねーな」
 足がもつれて躓きそうになった黒子の腕を掴んで支える。
「すみません…電車の中、寝ててもいいですか」
「おー、寝ろ寝ろ」

 ―――じゃなければたぶん、黒子は家に着いたら寝るだけだろう。
 それではせっかく泊まりに行っても意味がないわけで。

 そんな調子でも、黒子がいつも使っている駅になんとか辿り着く。
 折しも帰宅ラッシュの時間帯で、電車の中は人ですし詰めの状態だった。
 クリスマスだろうがこういうところは相変わらずなんだな、と火神はため息をつく。

「オレによっかかっていーから」
「…はい、そうします…」
 と言ったかと思うと、黒子は火神に体を預けて立ったまま寝てしまった。
(…相当疲れてんな…)
 火神自身も、当然かなり疲れてはいるのだが。

 立ったままの黒子が倒れないように、その肩を引き寄せて支えてやる。
 降りる駅まではせいぜい15分程度。その間、火神は半ば黒子を抱いているといってもよかった。
 いつもなら大嫌いな混雑だが、今日ばかりは少し感謝したくなった火神だった。




「着いたぞー、黒子起きろー」
「…そ、ですか…」

 駅に着いてもまだうとうとする黒子を半ば引きずり下ろすようにしつつも、火神は電車を降りる。
 眠いから背負え、という黒子の(可愛い)わがままにも、ため息をつきつつ従ってやって、やっとこさ黒子の家に辿り着いた。
 玄関先はもちろん真っ暗だったが、明かりをつけると壁にリースが飾ってあるのが見えて、クリスマスであるということを少しだけ実感できた。

 家に入るなり黒子は洗面所に駆け込んだ。と思うと、ものすごい水音がする。その間に火神は荷物を黒子の部屋に置いて、台所に向かう。
 と、黒子がさっきよりずっとすっきりした顔で出てきた。

「目ェ覚ましたかよ」
「はい、まあ」
「んじゃ、メシにすっか。何がいい?」
「火神君が作ってくれるものならなんでもいいです。冷蔵庫の中は好きに使って下さい」
「了ー解」
 手伝おうとする黒子をとどめて――黒子は料理に関しては案外不器用だった――火神は手早く夕食を作り始めた。
 冷凍庫をのぞくと、黒子の両親が気を遣ってくれたのか、鶏の丸ごとのがある。

(…こんなん黒子独りじゃ食えねえだろ…)
 ―――それとも、自分が泊まりに来るのを見透かされているのだろうか?

 という考えが頭をよぎったのを、火神はなかったことにした。


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