お菓子といたずらにご用心! 1/2



 その日、誠凛高校バスケ部の練習はいつもより30分早く終わった。

「なんだよ、カントク…」
 いきなり練習を終わり、集合させられた部員の疑問を代弁するように、日向が尋ねる。
 そんな彼に、リコはやたらと楽しげに言った。


「諸君、今日は何月何日か知っているかね」


「今日…?」
 部員たちはいっせいに首を傾げる。
 が、次の瞬間日付を思い出した彼らは戦慄する。

「……10月31日だな」
「そうっ鉄平正解! 今日はハロウィンよ!」



 10月31日はハロウィン、もとは万聖節としてその年の収穫の祝福、悪霊の退散をするという日なのだが、現代では仮装した子供たちが「お菓子かいたずらか?」と聞いて回る楽しいお祭りとなっている。

 だがしかし、相手はリコである。
 Trick or Treat、お菓子かいたずらか―――どちらを選んだとしても。


(死ぬ予感しかしねええ…!!)


 部員たちは青ざめた。特に去年も同じことを経験した2年生たちの怯えようは半端なかった。
「水戸部…オレ明日もバスケ出来る気がしないよ」
「…(ふるふる)」
「おかしな予感がするな、お菓子なだけに」
「この期に及んでお前はそれしか言えんのか伊月」


「去年よりマシならいいんだがなぁ…火神が夏にちょっとは仕込んだことだし」
 なぁ、と木吉は火神の肩を叩いた。
「はぁっ、オレ?っすか!?」
「そうだよ火神っ、最後の希望の星!」
 小金井が思わずといった風にすがるが、火神は困惑するしかない。
「いや、菓子は知らねっすし…というか夏もちゃんと見てねーとカントク何すっかヒヤヒヤだったし」
「…あ、やっぱそうなの…」
「こらー、何ごちゃごちゃ言ってるの!?」

 リコの声が飛び、部員たちは口をつぐんだ。
「そう、今日はハロウィン! だから特別なものを用意したわ…てことで、黒子君!」

「え」
 我関せずといった風に一番後ろにいた黒子がびしっと固まった。
「部室にハロウィン仕様の箱があるから取ってきてちょうだい―――逃げようったってそうはいかないわよー?」
「……はい」
 まさにミスディレクションを使おうとしていた黒子は観念して頷いた。

「黒子テメーってヤツは!」
「ここまで来たら一蓮托生だぞ…!」
 悲鳴にも似た部員たちの罵声を背に、黒子はおとなしく部室に向かったのだった。



「はい、どうもありがとー」
 リコに例の箱を手渡し、黒子は部員が集まっている方へ戻った。
 オレンジと黒で可愛らしくラッピングされたそれは、今の彼らにとっては爆弾にも等しい。

「それでは諸君、刮目せよ!」
 ぱかりと開けられた箱の、その中は。
「特製カップケーキ人数分、うちひとつは大量の練りカラシ入り!」


(両方来ちゃったああ――!!)


「カントク…やっぱこれ、自分で作ったんだよな?」
「そーよう」
 だよな、とがっくり肩を落とす部員たち。
 お菓子といたずらのダブルパンチ。まさに当たりの無いロシアンルーレットである。

(「あっ、でも見た目はまともだぞ!」)
(「えっマジか!」)
(「ホントだ…去年なんか食べ物にすら見えなかったのに」)
 意外にも、その爆弾は一見普通のカップケーキにしか見えなかったのだが。

「去年より成長してんだな…」
 思わずといった風に日向が呟く。小金井が涙を流して火神の背中を叩いた。
「やっぱオマエのおかげだよ火神! オマエが神!」
「はぁっ?」
「あっコガ、今のいただき!」


「はーい、じゃあ最初に食べる勇気ある男は誰かなー?
 ……早く名乗り出ないと、明日パンツ一丁で外周させるわよ」
(げっっ…!)
 部員たちは震え上がった。やはり自分たちに拒否権はないようだ。
 しかし、今回に限ってはわずかながらに希望は残されていた。


「じゃ、じゃあオレいくっ!」


 真っ先にその希望に飛びついたのは小金井であった。
「よくぞ名乗り出たっ! さぁどーぞ!」
 小金井はリコの前に歩みより、箱に詰められたそれを眺めた。
 (奇跡的にも)どう見てもそれはごくごく一般的なプレーンのカップケーキだった。見た目だけは。
「……ゴクリ」
 部員全員が固唾を飲んで見守る中、彼は意を決して。

「いったぁ!」
「どうだ、コガッ!」
 そして。



「〜〜〜ッッ!!」



 ―――悶絶。

「コガ――っ!!」
 音にならない悲鳴を上げて、結果的に蛮勇になってしまった男は意識を失った。
 おろおろと水戸部が駆け寄って小金井を介抱する。
「あれー、いきなりアタリ?」
 リコが不思議そうに(というより、寧ろつまらなさそうに)首を傾げた。

「大丈夫か、コガ…ってダメだ、完全に落ちてる」
「一体何が入ってるっていうんだ…」
「いや、でもホントにアタリかもしんねっすし…オレっ行きます!」
「降旗おまっマジか!」

 二番目に名乗りを上げたのは降旗だった。
 彼もまたリコの前に歩みより、見た目は普通のカップケーキをつくづく眺め。

「いった…!」
「どうだ!?」
 咀嚼することおよそ1秒。


「すいませ、トイレ行ってきます…」


「降旗あああ!!」
 二人目の蛮勇も、ふらふらとおぼつかない足取りで脱落してしまった。
「オイ日向、どうするよこれ」
「知るか…」
 目の前に繰り広げられる悲劇を前に、伊月と日向は呆然と呟くことしか出来ない。
 そんな彼らに、ついに最後通告が出された。



「うーん、なんだかよく分からないけど…とりあえずお前らみんなそこに並べ!」



 そう笑顔で言い放つリコから星が飛んだのが部員たちには見えた(気がした)。
「やべぇ、全力で逃げてー…!」
「ははっ火神、死ぬときはみんな一緒だぜ!」
「オレは死にたくねーんですよ木吉センパイ!!」
 この状況でもおちゃらける木吉に火神が必死に叫ぶが、無情にも事態は進行してしまう。

「はーい、順番にひとりずつね!」
「助けてくれええ!」
「あれっそういや黒子は?」
「あっ、あのヤローまた消えやがった!?」
「さーがーせぇぇええ!!」
「ふごおっ、大虐殺…っああああ!!」



 ―――まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

 カップケーキはどんな味だったのか、カラシ入りは結局誰に当たったのか―――
 証言できる者は誰もいなかった、という。


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