「うんわ・・・・きっも・・・」
「あはは、でも綺麗だろ?」
「アンタの目はどうなってんですかキモッ。眼科行って死ね」
「とんだ藪医者だね」
目の前で揺れる二つの眼球は、どうやら世界七大美色の1つに指定された物らしい。確か、緋の眼だとか。しかし、その瞳は緋色を映してはおらず、ただ深い茶色で天井を仰いでいる。間近で見るにはグロテスクな物である。
クルタ族の眼球は闇市場にて高額で取引されるそんな代物が何故此処にあるかなど無理に探らなくても良いだろう。むしろ無理矢理に知る方が命が危険だ。
ふーん、とそれだけ呟いて緋の眼をぼんやりと眺める彼に、パリストンは薄く笑みを浮かべた。
「君、いつも死体処理とかしてるじゃないか。慣れてるでしょ」
「俺は別に腸とか内臓とか抉り出さないですからね、誰かと違って」
「またまたー」
つんつんと額を突く手を払い、テルドは小さく咳払いした。うざい。
えー、と絶対心では思っていないであろう抗議の声を出し、パリストンは緋の眼をプレゼント用に装飾された箱に仕舞った。眼球の重さのバランスで上を向いた茶色の瞳が、何だかテルドを見つめているみたいで気分が悪い。
「どうすんですか、それ」
「・・・どうして、気になるのかな?」
質問返しとはまたうざい。だが、それ以上ににっこりと微笑むパリストンは、底の知れないオーラがある。常人なら竦んでしまうその雰囲気に、テルドは臆する事は無かった。そもそも、テルドは未だに長年一緒に居ても彼の事をよく理解していない。誕生日だって知らないし、念能力も知らない。彼の好物なんて、尚更だ。むしろ理解したくなかった。だから、気遣う必要なんてない。テルドは口角を上げ、パリストンを見据えた。
「その”眼”が欲しいから」
パリストンの底の無い、深い色の瞳がテルドを映す。怒っている様な、驚いている様な。相変わらずイルミを連想させる様な分かり辛い表情。かと思えばいきなり笑い出し、本棚から1冊の本を抜いた。
「良いよ。あげるよ、それ」
どうせ欠陥品だし。
サラッと答え、埃被った本の表紙を叩く。古いというわけでは無く、単に読む気が無くて放っておいただけだろ。小馬鹿にした様にテルドが鼻を鳴らした。
「随分と軽いですね。遠慮なく貰いますよ?」
「だからあげるって言ってるじゃないか。しつこいね、君も」
こういう時だけ、パリストンはテルドによく似ている。睨み付ける弟にも気にせず辞書よりも厚い本を開き、何枚か捲ったところで指を止めて何か示す。緋の目が描かれていた。
「ね、興味深いでしょ?今、36対しか無いんだってさ。まぁ、此処に載ってる眼ほど綺麗な色じゃないけど」
「俺としては、何でお前みたいな人がそれを持っているのか知りたいですけどね」
「盗んできた」
思わずパリストンを見上げる。彼は口角を上げて目を細めており、テルドの反応を楽しんでいる様だった。
「う」
「知ってます」
「なぁんだ、詰まらない」
普通にいつもの嘘だって分かる。テルドは本を閉じ、それを仕返しの様にパリストンの鳩尾目掛けて角を押し付けた。勢い良く閉じた衝撃で舞った埃に咽そうになる。
パリストンはぐりぐりと押さえつけられた本を掴み、痛みに肩を震わせた。だが笑っている。
「痛いよー」
「いいからさっさと仕事して下さいよハナタレが。俺は緋の眼でも愛でてますから」
「わー、そういう趣味あるんだ」
「そもそも、誰に渡すつもりだったんですか。あ、絶対に返しませんから」
「君のそういうとこ見てて飽きないなぁ」
「いいから答えろください」
捕まれたままの本を更に押し込むと、上からぐえっという声がした。吐かれたら困るとテルドはやっと手を離してやっと気付く。パリストンの目にうっすらと涙が溜まっていた。硬すればいいのに。きっとこいつは馬鹿なんだとテルドは今更思う。
「ライト=ノストラード。リッツファミリーの傘下の組だよ」
「あぁ、お得意様の」
「正確には、その娘がその眼を欲している」
人体収集家。今彼女が欲しているのは龍皮病患者の皮膚、ゼリー症児の頭部、その他もろもろ・・・・淡々と告げられ、テルドは思わずうえっと舌を出した。そもそも、お得意様へのプレゼントだったそれを簡単にあげても良いのだろうか。それも、欠陥品を。箱を雑に開いて緋の眼が入ったガラスケースを取り出す。クラピカは、1人でその全部の使命を背負っているのか。そう考えてると、何だか気分が悪くなって真正面から緋の眼を見る気にはなれなかった。
「君にとってその眼は何?」
ケースに指を添え、パリストンが緋の眼を眺めた。テルドは口を尖らせながらパリストンから緋の眼を離し、そそくさに箱に仕舞う。
「どーだっていいでしょう。ただ綺麗だったから」
「僕は君の目の方が綺麗だと思うよ」
「死んだらいいと思います」
緋の眼を見ていると、何だか古い絵本の様に懐かしい感覚を得る。
テルドはもう1度だけ箱を開き、培養液に浸された、ぷくぷくと浮かぶ緋の目を見つめた。まさかパリストンは、こんな茶色の不良品をお得意様に差し出すつもりでいたのだろうか。
「(・・・それとも、最初からこのつもりで)」
僅かに目線を上げてパリストンの様子を伺ったが、彼はもう外の景色に夢中であった。