novel | ナノ


これは絶対泣くだろうと
どうするべきか悩む前に、抱きしめていた。

バカか俺は。
見ず知らずの男に抱きしめられて泣き止む男がどこに居るんだ。

ああ、でもコイツなんかいい匂いがするな。なんの匂いだ?
するりと腕に収まる身体は、思いのほか抱き心地が良かった。男は、何を言うでもなく俺の肩に額を乗せ、弱々しく息を吐いた。

「わ、るい…いきなり」

気持ちが悪かっただろうと身体を離せば、男は案の定眉を寄せていた。もう一度、悪いと謝ると「べつに」と明らかに不機嫌な返答。

「…てか、なんで人の家に入って来てんだ?本当、誰なんだよお前?」

「さぁ、誰だと思う?」

「殴るぞ、テメェ」

「怖いなぁ。あ、それよりさぁ、パスタかハンバーグなら作れるけど、お腹減ってない?」

ふざけんな。そんな適当な誤魔化しが通用するとでも思ってるのかよ!

ーーそう思うと同時に、俺の腹は勝手に返事をしていたのだからどうしようもない。

「……ハンバーグ」

「いいよ」

どこからか黒いエプロンを取り出して、手際よく身につけるのをボンヤリ見ながら、懐から煙草を取り出す。火を付けて、深く肺まで煙を吸い込んだ。調子が狂う。

けれど、買った覚えのない玉ねぎが刻まれる音を聞くのは、そんなに悪くない。おかしいだろ、今日の俺。



どうしてだか、先程抱きしめた時の香りが脳に焼き付いている。

緩く頭を振るが、その香りは中々俺を離してはくれない。ーーまるで、責めるかのように。



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