novel | ナノ


「おかえり」

「…ああ」

部屋の電気をつけると、耳通りの良い声が響いたのは同時だった。
条件反射で返事をしてから、そういえば誰かにそんな言葉で迎えられるのは随分と久しぶりだった事を思い出す。

ベッドの上で、メシを食ってんのか?と思わず考えてしまうくらいに細い足をパタリ、パタリと揺らす様はまるで猫が尻尾を揺らす様に見える。

「…なぁに?」

まるで俺の考えている事が分かっているかのように、赤い瞳を細めて男が笑う。あまり好きな笑顔ではないと、そう思った。

「誰だ、テメェ」

もっと早く聞くべきだった事を口にすれば、男は笑顔のまま更に笑うという、器用な事をやってのけた。

「ははっ…、あははははっ!!!」

「ーーおい?」

その、明らかに”普通”とは違う様子に眉をひそめる。
そう言えば、鍵がかかっていた部屋にコイツはどうやって入り込んだんだ?真っ暗な部屋で、何をしていた?泥棒かと思ったが、部屋が荒らされた様子もない。それじゃあ、一体、何を?

「もう一度聞く。テメェは、誰だ?」

パタリ、ずっと上機嫌に揺れていた足がピタリと止まった。
そして、可笑しくなったんじゃないかと思えるくらいの笑い声も。

「……別に、誰でもいいじゃない」

次に吐き出した声は、笑っていたという事が少しも感じられない冷たいものだ。



なのに、俺の頭は
コイツが泣くんじゃないかと、そんな事だけを、考えていた。



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