novel | ナノ


一つだけ望んだ。
それだけで良かった。それだけが欲しかったから。





「おはよう」

プログラミングの最終調整を終え、ゆっくりと瞼を開く様はまるで人間のようだった。
当たり前だ。人間の様に見えるように作り上げたのだから。瞬きの一つも、体温すらも。

自分自身をモデルにした一作目。
”それ”は、目を覚ました次の瞬間俺を見た。

「いざくん、お腹空いた」

ニコリ、と微笑んだ”それ”は、俺の笑顔によく似ていて、そして違う。
アンドロイドが先程訴えた空腹を始め、各種欲求、プラスとマイナスの感情、それに準ずる表情、痛みすら取り入れて作り上げた究極の研究成果。

完璧だった。
どこから見ても、人間そのもの。

こうして俺は、求めるべきものに一歩近づく事が出来たのだ。





名前は、決めていた。
サイケデリック。いい名前だろう?

「いざくんが、悪趣味なのは良くわかる」

「…………ごほん。ともかくサイケ、これから俺の研究を手伝ってくれるかい?」

「うん。いいよ。いざくんが欲しいモノ、俺はちゃんと知ってるからね」

ニコリと微笑む顔は、無邪気でしかない。
俺がまず浮かべる事のない表情を見ているだけで高揚してくる。

「いざくんは、自分に笑うシズちゃんが欲しいんだよね」

「ああ、そうだよ。ありえない存在が、俺は欲しいんだ。もう、ずっと昔からね」

この存在には、今更嘘をつく必要がない。
俺だけに忠実で、誰よりも俺を理解する”モノ”なのだから。

「いざくんが、ギュって抱きつけばいいんじゃない?」

「さすが俺のコピーだよ。マスターに死ねと堂々と言ってくる」

「今までの行いを謝ればいいんじゃないかって言ってるだけだよ?」

首を傾げる姿が、なんだか自分がやってるみたいで気持ちが悪い。
そうだ、サイケには白い服を着せる事にしよう。同じ服だから悪いんだ。

「嫌だ。それだけは、死んでも…いや、死ぬのも嫌だけど。とにかく嫌だ」

「ふぅん。変ないざくん」

分かってる、一体ウン億かかるアンドロイドを作るより
恥も外聞も投げ捨てて「ごめんなさい。今までの俺が悪かったです。これからは仲良くしよう?」って言えればどれだけ手っ取り早いか。しかし、俺がシズちゃんなら、俺がしてきた事を許さないだろう。これが第一の答えだ。第二に、そんな俺は俺ではない。嫌だ、そんな自分。

「いいから、作るよ」

「はーい」

目標は、俺に笑いかけるシズちゃん。
サイケの協力もあり、それはあっさりと完成したのだけれど。





「…………なんで、和服なの?」

「んーとね、似合うかな〜?って着せてみたら、津軽気に入ったみたい」

「……津軽?」

「目、覚ました時、歌ってってお願いしたら唄ってくれた歌からとったよ?」

俺の仮眠中にサクサクと完成させ、あろうことか起こしてしまったサイケは
俺が目を覚ます頃には、その”津軽”と、異様に仲良くなっていた。

予定と違う。違い過ぎた。

「えーと、津軽?」

「はい、マスター」

ニコリ、と津軽が笑う。

「…………”臨也”」

「臨也」

シズちゃんの顔で、笑って
シズちゃんの声で、柔らかく俺の名前を呼ぶ

「…………っ、やっぱ…いい、マスターで…」

「はい」

「いざくん、照れてるー!」

「うるさいな!」






欲しいものを作り上げて
俺の心を占めるのは、満足感と、そしてわずかな虚しさ。

日を追って増していくそれに、俺はいつか飲み込まれてしまうのかもしれない。





「いざくん!」

「マスター」

目の前には、平和に笑う君と俺が居て
それはーー望んでいた理想、そのものだと言うのに。

感じるのはただ、疎外感。




『いざくんが、ギュって抱きつけばいいんじゃない?』



いつか聞いた言葉が、頭を過る。
振り払うように、二人に手を伸ばした。




「さぁ、もっと楽しい事をしようか」



そうして、現実すら
塗り替えてしまえばいい。




ここでは全てが思い通り。
小さな、小さな、俺の楽園。





end






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