novel | ナノ


例えるなら、最悪。
目の前の光景の感想は、その一言で十分だった。



「シズちゃん、シズちゃん。あーん」

自分と同じ顔をしているクセに、やけに甘えた声で大きく口を開ける存在も。

「なに言ってんだ。冷蔵庫に新しいの入ってるだろ」

自分には、決して向けない困ったような声で返事をする男も。

「だって、シズちゃんが食べてるの美味しそうなんだもん。だめ?」

「…ちっ、しょうがねぇな」

「わーい!ありがとう、シズちゃん!…むぐ、うん。おいしー!」

「そうかよ。そりゃあ良かったな」

そのままサイケを撫でようとして、俺の視線に気付いてピタリと手を止めたその一連の仕草も。

「ほんっと、最悪なんだけど」

もはやため息すら出てこない。
此処をどこだと思ってるんだろう。俺の家だ。

「いざくんも、アイス食べたいの?」

「元々俺の買ってきたアイスだよ!」

あのシリーズのモカが食べたくて、こっそりコンビニを巡ったのに
気付けば自分が食べる前に、居候と、この家を休憩所代わりにしているヤツらに食い尽くされかけるなんて、ほんと最悪。

「アイスくらいで拗ねてんじゃねぇよ」

俺が機嫌悪いのは、アイスなんかのせいじゃないんだけど。
そうこうしているうちに、サイケはシズちゃんの背中にべったりと張り付いて、シズちゃんの髪を引っ張ってる。「…楽しいのか?」「うん!」なんて微笑ましい会話がされているけど、よく見てシズちゃん。サイケの目は笑ってない。

残念ながら、自己の性格の歪みに自覚がある俺は知っている。
あれは、悪巧みをしている時の俺の目だと。

「サイケ、離れろ」

「なんでー?」

「なんででも!ほら、見たがってたアニメ始まるよ!」

「いざくん、お母さんみたい〜」

いいよ、お母さんでもお父さんでも、金稼いでくる家主でも何でもいいから。
とにかくそこを、離れろって言うんだよ!!

「いざくん、俺がシズちゃんと一緒にいるとヤキモチなんだね?」

そうだよ、なんて言えたら苦労はしない。
そしてサイケは、シズちゃんから見えない位置でニヤニヤとしながら言葉を選んでいる。確信犯だ。憎らしい。親の顔が見てみたい。そうか、俺か。仕方ない。

「…そんなわけないだろ。いいかいサイケ。シズちゃんは凶暴なの。像とシズちゃんどっちが人類にとって強敵か問われれば間違いなく後者だし、宇宙人とシズちゃんでも敵意が明確な分シズちゃんの方がタチが悪い。俺はせっかくの成功作をこんな形で無くしたくないんだよ」

サイケは、アンドロイドだ。
持てる限り全ての知識を詰め込んだ”最も人に近い、完璧なアンドロイド”。
姿形はもちろん、思考回路、感情、どれもが他の追随を許さない最先端の発明品。

ただ、性格ベースを俺にしたら似すぎてしまったのが…唯一悔やまれる点だ。
俺ってこんな人の性格逆撫でるのが上手かったのか。さすが俺。

「………おい」

「なにかな、シズちゃん?」

「さっきから聞いてれば、ずいぶん散々な事言ってくれるんだなぁ?なぁ、臨也くんよぉ?」

あ、怒ってる。
でもシズちゃんが俺の事だけ見てくれて嬉しい。なんて末期だ。どうかしてる。

「シズちゃん、いざくん殺すの?」

「いいや、ちょっと壁に埋めるだけだ」

「そっか!」

「いやいや、それ死んでるよね?むしろ死体処理の具体例じゃないの?!」

パキパキと指を鳴らすシズちゃんと、その肩でニコニコと微笑むサイケ。
最悪だ。人生最後の日がこんなに早く来るなんて予想外過ぎる。

「サイケ」

「んー?なに、いざくん?」

「君にはマスターを守ろうって気はないのかい?」

「だって…」

ああ、そんな事言ってる間にシズちゃんがどんどん近づいてくる。
やだな、俺…壁のシミになって終わるのか。そんな悲惨な人生、最悪じゃないか。

振り上げられる手に、ギュっと目を瞑る。
ヤダな、最後くらいもっと素直になればよかった。こんな最悪な終わり方…するはずじゃ…


……

…………


「…え?」

訪れたのは衝撃ではなく、温もりだった。
シズちゃんの腕の中、痛いくらいに抱きしめられる。



「だって、"このシズちゃん"が、いざくん殺すわけないでしょう?」

クスクスと聞こえる笑い声。

「お仕事終わったなら、俺たちと遊ぼう?俺たち、ずっとマスターの事待ってたんだからね」

「…ああ、そうか。そうだったね。津軽…もう、いいよ。シズちゃんのマネは、おしまい」

「ーーああ」

すとん、と怒りの表情を落とした"シズちゃん"は、穏やかな微笑みを浮かべ、俺を腕から解放した。

「マスター、次は何をして遊ぶんだ?」

「もっと楽しい遊びにしようよ。ほら、こないだ三人でやったやつとか!」

「いいよ」

「やったー!」



全てを捨てて、俺は小さな箱庭を手に入れた。
欲しかったもの、全てが詰まっている小さな楽園。

でも、本当に欲しいモノはーーもうずっと昔に、この手をすり抜けてしまったのだけど。




いつもは忘れている虚しさに気付いてしまった。
ああ、なんて最低で、幸せな日々なのだろう。







end











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