novel | ナノ


何十回、何百回、もしかしたら何千回
俺は、同じ言葉を繰り返してきた。

『池袋には来るな』

ただ、それだけを幾度となく。



お前が、池袋に来なければ。

俺の目の前をウロつかなければ。
俺の町を荒らさなければ。

俺は、お前の事を忘れてやる事が出来たかもしれないのに。





「げ、シズちゃん…」

目が合って、一番に浮かぶ表情はいつも苦い。面倒そうに、やれやれといった仕草が気に食わない。

池袋に来るなって、あと何回言えば分かるんだ?

言ってもわかんねぇヤツに、同じ言葉を何度も繰り返すなんて無駄な話だ。
言葉が通じないなら、捻り潰せばいい。

今日の喧嘩のはじまりも、そんな感じだった。






視界の端に黒いコートを入れてしまって、
朝から鼻についた臭いの主へ、真っ直ぐと距離を縮める。

通りすがりに目に入ったコンビニのゴミ箱を手に取って、歩くスピードは緩めずに振りかぶる。心底嫌そうな顔をしたノミ蟲は、いつものように避けようとしてーーその場で転んだ。しかも、顔から。

避ける地点を予測して振りかぶったゴミ箱は、ガシャリと間抜けな音を立てて地面に叩きつけられる。ゴミ箱から転がり落ちたペットボトルが、顔面を抑えて震えている男の足に当たったが、当然の如く爽快感は得られない。

ノミ蟲は、顔を抑えながらも立ち上がってーーその途中で、ペットボトルに躓いて、またコケた。今度は後頭部をぶつけたらしく、頭を抱えてもんどり打っている。

「……だいじょぶか?」

思わず、そんな言葉が出た。

「シズ、ちゃ…っ……」

痛みのせいか、涙目で見上げてくる顔を見て、
高校時代「臨也は顔だけは良いからね」と、新羅が言っていたのに、ようやく同意出来るような気持ちになった。
俺を見る時は、大抵眉を潜めているか、見下しているか、そんな感じの顔しかしないからなコイツ。

「………っやしい……」

「は?」

「ーー昨日からこんな感じで…秘書には蔑まれるような目線で見られるし、妹達は面白がって人で遊んでくし、取引先の相手は俺が噛んだって明らかにわかってるのに目を逸らしてくれたのは良い、けど…後ろのヤツらは確実に笑ってやがったし!散々だったのに、今更シズちゃんなんかに優しい言葉かけられて、一瞬でも気分が浮上した俺が悔しい!ねぇ、責任とって死んでよシズちゃん!」

「うっぜぇ…」

やっぱ殴っとくかと拳を握るが、ぶつくさ言いながら立ち上がろうとした臨也は、さっきコケた原因のペットボトルをもう一度踏んで、また地面に倒れ込んでいた。

なんつーか、ここまでいくと呪いじゃねぇの?コイツだったら、呪われるアテも沢山あるんだろうな…と、どこか遠い目をしていたら「…なんか、失礼な事考えてるだろ」と睨まれた。ごく自然な事を考えていただけなのだけれど。

「…シズちゃん、どこ行くの」

「あー。……マック」

こんな調子の臨也を、殴る気も失せてしまったし
殴らないなら、話すのも面倒になってきた。

「へぇ、見逃してくれるんだ?」

余裕あり気に笑ったつもりらしいが、足先でもう転ばないようにペットボトルを蹴ってる様は正直マヌケだ。

めんどくせぇ。
相手にしないで歩き出すと、ひょこひょこと足音が付いてくる。

「……んだよ」

「べつに。見逃してくれたお礼に、奢ってあげようかなーって思っただけ」

「うぜぇ。付いてくんな」

「マックじゃなくても奢ってあげるよ」

「……………………モス」

「いいよ」

てゆーか、シズちゃん安っ!とか、なんか後ろで騒いでたけど気にしない事にする。曲がるつもりだった角をUターンして、さっき見かけた公園を抜けて歩く。

ひょこひょこ、ひょこひょこ。

「……遅ぇ」

「うるさいな。誰がスポンサーだと思ってるのさ」

「………………」

ひょこひょこ、ひょこひょこ。
足を引きずって歩くのを見ているだけでイラついてくる。

「……わっ…? ちょっ……シズちゃん?!」

「昼になると混むんだよ」

「だからって…背負わなくても…。俺にだって、人並みの羞恥心はあるんだけど…まぁ、でも…どーでもいいか」

ブツブツと文句を言ったと思えば、急にボフリと肩に顔を押し付けてくる。本当、コイツは訳わかんねぇ。

「ちょっと貴重だもんね」

そう言って笑う声こそ、俺にとっては貴重に思えたけれど


結局口には、出せなかった。





end





テーマは「遅い受け」臨也さんでした。
誤字ではないの。襲い受けも大好きですけど…!!

臨也さんがドジっ子になったのは、初めは新羅先生のお薬でいいじゃないかと思っていたのに、書いていく内に"恨みからくる呪いでも全然納得!"と頷けてしまったので、それで。

だって、臨也さんだもの(え?)



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