3、綺麗で儚い絵のようで
デスクや椅子や私物があちこちにある狭い床の上で、大変な格好のままで寝転がる武藤主任の唇を柔らかく塞いだ。
「っ・・・ちょっと・・・待・・」
あの、うるさいです、主任。黙ってて貰えます?
あたしは夢中になって上司の唇を貪る。あははは、あたしったらダメじゃん。でも、ま、仕方ないよね。それに昨日もしてるんだし、もう一度やっちゃえば二度も三度も同じこと――――――――
「・・・・」
「・・・・」
無言で唇を合わせる。初めは逃げようともがいていた主任も、諦めたのかその内体の力を抜いた。
ペロリと舌で舐めると、お返しとばかりに主任の舌から反撃が来た。口の中をまさぐられて息が詰まる。
顔を離して彼の首筋に埋めると、同じく完全に床に頭をつけた主任がぼそっと言った。
「・・・よくも、また襲ってくれたな」
「ごめんなさーい」
「・・・勃っちまったじゃねーかよ。お前、煽るのもいい加減にしろ」
「はーい」
あたしの体もうずいていた。だけども昨日と同じ、ここで最後までする気は流石になかったのだ。・・・あたしには。
ゆっくりとやっと起き上がったら、主任も続いて体を起こした。
「ああ、痛てえ・・・」
「大丈夫ですか?」
あたしが聞くと、苦笑してみせる。大丈夫じゃねーよ、そう言って、ポンと頭に手を置かれた。
あたしはじっと見ていた。
彼と、その後ろに広がる夜の中を散る桜の光景を。
主任がチラリと振り返る。
「・・・ぼーっとしてると思ったら・・・さっきもあれ見てたな。夜桜か?」
はい、小さく声を零した。
綺麗でしょ、あれ。素敵だと思いませんか?あれを見ているとあたし、自分の欲望に正直になるみたいで――――――・・・
そう小さく呟いていたら、振り返った主任の片手があたしの胸を制服の上から包み込んだ。
「・・・ひゃっ」
びくんと体が反応したけど、それには何も言わずに主任は黙って手を動かす。
撫でて、ゆっくりと揉み、押しつぶす。
その動きを自分で目で追ってるみたいだった。
「しゅ、主―――――」
「しっ」
もう片手の人差し指を唇にあてて、主任はニヤリと笑う。
「・・・声は出さないって、決めてるんだろ、お前」
「―――――」
ぷちんとボタンが外されて、彼の手はするするとシャツの中へ侵入する。直に指の腹でブラのレースの縁取りを撫でられて、あたしは思わず腰を浮かせて目を瞑った。
もう片方の手も参入。大きくて熱い両手であたしの胸は包み込まれる。ブラの中にぐいぐい入ってきて、揉まれ、弄られて、意識が両胸に集中した。
震える吐息を零す。そのまま目を上げたらあたしを観察していたらしい主任が、ボソッと言った。
「・・・ダメだっつの」
「は・・・はい?」
サッと片手を抜いて、出したハンカチであたしの視界を塞ぐ。耳元で声が聞こえた。
「見ちゃダメなんだよ。―――――――俺がケダモノになるところなんてさ」
へ? その疑問符は声には出せず、また視界をハンカチで覆われた私は両脇に手を入れられて体を持ち上げられる。
「あ?あの、主任――――――」
「おお、今日は喘ぐのか?」
いや、今日はって―――――――――なんですか、と突っ込もうとしたら、椅子がガタンと音をたてて、どうやら主任が椅子に座り、向かいあわせになる形であたしを膝の上に座らせたのだと判った。
スカートがずり上がって腰まで丸見えになる。目隠しはされているけど相手にはこれが見えてるんだと思ったら、流石に恥かしくて顔が熱くなった。
「やっ・・・」
「うん?嫌なのか?」
しゅるりと音がした。主任はあたしの両手首を合わせて掴む。ああ、またネクタイで縛るのね、そう判った。
目隠し、両手も拘束、そのあたしを自分の上に向かい合わせで座らせて、あたしの両腕の中に自分の頭を突っ込み抱き寄せる。首筋から鎖骨までを主任の唇がゆっくりと往復した。
「・・・啼けよ」
あたしはふるふると首を振る。合間合間にキスの感触で体が飛び跳ねるのはどうしようもない。だけど、声は出さないぞ、そう、固く今日も決心した。
上からボタン4つ分だけ外してはだけ、主任はむき出しにしたあたしの胸に顔を埋める。そこに与えられる快感につい声を出しそうになって、慌てて唇をかみ締めた。
主任の頭はあたしの頬の横。シャンプーのいい香りがふわっと漂った。
さっきから、下半身に硬いものが当たって存在を主張している。ぶっ飛びそうになる理性をひっ捕まえて、あたしはさっき見た夜桜を瞼の裏側に再現した。
ひらひら。白い背を見せて。ハラハラ。ピンク色の残像が。ゆらゆら。雨みたいに降り注いで。
ああ――――――――――――
とても、綺麗、だ。
一度腰を浮かせられて、下着は簡単に剥ぎ取られる。自分でも濡れてしまっていると判るそこに、何の躊躇も焦らしもなく、武藤主任は一気に自分を突っ込んだ。
「!!」
「っ・・・ふ、・・・」
目の裏には白い花火が舞う。
椅子に座ったままであたしの腰を抱え上げては一気に降ろす。荒い息を吐きながら、主任はそれを黙って繰り返す。
彼の唇はあたしの胸と首筋と鎖骨を甘噛みしては唾液を垂らした。
声を我慢するあまり、吐息はどうしても早く荒くなった。体の中心がどろどろに溶けて熱く燃え上がる。ああ、叫びたい。だけどそれだけは死んでもしちゃ駄目だ。耐えて、あたし。耐えて――――――
「くっ・・・んな、締め付けんなよ・・・」
主任の声は掠れてる。その艶っぽい声の中には凄く耐えている感があって、彼の限界が近いことを知った。
わざとじゃないのだ。だけども究極に気持ちいいし、声を出せない分、どうしても弄られている箇所に集中してしまう。だから締め付けるなと言われても、無理なんですってば。
「しっ白、山、も・・・俺、無理」
胸と下半身に強烈な刺激があった。あたしの体温は上昇し、意識は細切れになる。彼とほぼ同時にあたしは果てて、最後に大きく息をはいてから主任にもたれかかった。
もう自分に腰から下、足がついているなんて信じられない。主任と繋がっている場所から完全に溶けてしまって、上半身しか持たない生き物になった気分だ。
「・・・畜生・・・お前、頑固だな・・・」
本当に悔しそうな声で耳元で彼が呟く。あたしは彼の肩に頭を預けながら、うっすらと笑った。
やった、今日もあたしの気持ちは叫ばずに済んだんだ・・・。
しばらく力もなくて、二人で抱き合ったままで呼吸を整えていた。
そして黙ったままで周囲を片付け、身支度をして、一緒に会社を出る。
ザアッと風が吹いて、残り少ない桜の花びらが盛大にあたしと主任に振り注いだ。
それを目を細めて見上げながら、武藤主任が呟いた。
「・・・桜も、もう終わりだな」
あたしは一枚の綺麗な絵を見ているようで、その場に立ち竦む。
夜の中に浮かび上がる、ピンク色の雨と、大好きな人。
手を伸ばして花びらに触れようとする武藤主任の切ない顔。
うわあ〜・・・何て贅沢な・・・。
残念だな、そう呟く主任に、あたしはぼーっとしたままで聞く。
「・・・桜が、好きなんですか?」
主任も、好きなんですか?風に光っては舞う夜桜が。
桜の木の下で花びらを全身に降らせながら、武藤主任は振り返った。
あたしはハッと息をのむ。
それは幻想的で、儚げな光景だったのだ。
いや、だって――――――― 彼の声が小さく聞こえた。
・・・お前は昨日も今日も、これに酔って、俺に抱かれたんだろう?って。
あたしは言葉もなく立ちすくむ。
もう終わりってことなのかな、と思って。
始まりはいつも受身の主任。あたしがぼーっと酔っ払って襲いかかっても最初は頑張って自分を抑えている主任。
・・・彼は、あたしが好きではない、多分、そうなんだと思った。
無駄にあたしを傷つけないように、あたしを抱くのを躊躇したんだろうな。そして自分も傷付かないように、あたしの両目を塞ぐんだろうな、って。
「送るよ」
主任の声に、あたしは首を振る。
彼はあたしを真っ直ぐに見た。あたしも真っ直ぐに見た。それから、笑顔を作って言った。
「お休みなさい、武藤主任。今までの勤務態度はお詫び申し上げます」
返事も待たずに背を向けて歩き出す。
声は聞こえなかった。追いかけてはこなかった。
あたしはまだ熱い体を引き摺って、何とか家に帰って行った。
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