「え、熱っぽいの、大丈夫?私もやめて、そっち行こうか?正月のお礼に今度は私が平野を看病して――――――」

『や、大丈夫。寝てりゃ治るだろ。時間だから切るよ、そっちは楽しんで』

「え、あ、うん――――――」

 まだ言葉途中で電話は切れてしまった。

 私は立ち止まって手の中のスマホを見る。・・・どうしたんだろ、平野。飲み会がそんなに嫌だったのかな?でも前、高校の同窓会とかないのかなって言ってたのはヤツの方なんだけど。あれ?

 何が何だかよくわからない。だけど特別用事があるというわけではないらしい。だから、ただ単に―――――――飲み会いくのが、嫌だったんだろう・・・ね。それとも私と一緒にいくのが嫌だとか?

 自分で考えて、どーんと凹んだ。

「うわあ〜・・・」

 嫌なのかも。高校生の時の同級生との飲み会に、私といくの。だって私が平野を追っかけしていたことは全員が知っていたはずなのだ。そこに二人でいくとなると、そりゃあからかいも入るだろう。それが嫌だとか?ううう・・・そりゃ私だってそこを突っ込まれると辛いんだけど・・・。

 どんどん落ち込んで、私はとぼとぼと実家へと帰る。折角盛り上がった気持ちが一気にさめてしまって、その反動でご飯は要らないと伝えた両親にぶーぶー文句を言われたことすら聞こえてこなかった。

 悲しい気持ちで着替える。それから部屋へ帰る荷物を整えていたら、噂の吉田君からメールが入った。

『4人来れるって。藤さんいれて6人、駅前で待ち合わせで。時間は6時で宜しく!』

 私はとにかくメールを打つ。はーいと返事をして、それから頭を振った。

 いいや!平野のことは、今日は忘れてしまおう!もしかしたら本当に風邪引きかけなのかもしれないじゃない?だから考えた結果、飲み会はパスだな、って思ったのかもしれないし。私は久しぶりの人達と積もる話をして、楽しくお酒を飲もう!よし!

 きっぱりとそう決めて、それから私は急いで立ち上がった。

 金銭的に寂しいということに気がついたので、怒らせてしまった両親を宥めて、ついでにお小遣いを貰う為に。


 かんぱーい!そう声が店に響いて、それぞれが中ジョッキをぐいーっと飲みだす。

 それから、ぷはーっ!と息を吐くのまで一緒。集まった同級生6人で、あまりにも同じだって笑い合う。

 約束の時間に荷物を持って高校の最寄の駅前にいった私に、既に集まっていた懐かしい顔ぶれが手を振っていたのだった。そしてあとのメンバーはよく飲み会もしているらしく、全体的に私に質問や注意が集中した状態で吉田君が見つけてくれた居酒屋へと移動したのだ。

 仕事何してるの?今どこに住んでる?誰かとコンタクト取ってる?ねえ、あの子のこと覚えてる?

 私は忙しいな、と思いながらもあっちこっちに顔をむけては質問に答える。合間に相手に対しての質問も投げかけたけど、それは本人ではなくて周囲が答える始末。

 それによると皆正社員で働いているらしい。この不景気の世の中で、頑張ってるよね、って話す。

「ほんと久しぶりだよね、6年ぶり?藤さんってそんなに変わってないけど、なんかしっとり落ち着いた感じになったよ!大人になったっていうか」

 伊上さんがそう言ってケラケラと笑う。この子はそうだ、吉田君とあの頃から仲がよかったな、そう思い出しつつ私は口を尖らせる。

「どうせ落ち着きがなかったですよー。やっぱり年なのよ、もう25歳だし。四捨五入したら三十路だよ」

 そう言うと皆がはあ、と重いため息をついた。・・・禁句だったらしい。

「死語だけどさ、やっぱり高校生ってキャピキャピしてるよね。なんか全身にエネルギー溢れてるって感じで」

 もう一人の女子、澤田さんがそう言いながら煮物の小鉢をすすめてくれる。その隣に座ったのは前川君。実はすっかり忘れていた元クラスメートだけど、顔を見た時に思い出した。彼とは、こっそりと化学のノートを交換したことがあったはずだ。

「だよな。あまり疲れも感じなかったし。いつでも腹は減ってたし、ハードなクラブの後だけ、死にそうにはなったけど」

「前川君て何部だった?」

 私が聞くと、彼は、ん?とこっちを向いた。

「あ、俺バスケ部」

「へえ〜。知らなかった・・・」

 私がそう呟くと、前川君はにやっと笑う。

「そりゃあ藤が俺に興味を持ってなかったからだろ。藤はいつでも平野を追いかけてたしなあ!」

 ぶっ。私はついビールを噴出しかけた。咄嗟に横を向いたから被害者はなかったけれど、それは皆の好奇心を大いに満足させたらしい。一気に顔を輝かせてこっちを見ている。

「ねえねえそういえば藤さんて、あれから平野とどうなったの?もう高3の冬からあたしはほぼ学校にいってないからさあ!」

 推薦で大学進学した澤田さんがそう言いながら私を覗き込む。

「ずっと追いかけてたけど、結局告白とかしたの?」

「え、何これ。公開処刑かなんかなの?」

 私が呆気に取られてそういうと、皆がだって〜!と囃す。

「凄かったからさ、あんなに行動出ることなんて出来ないって皆が思ってたし。藤さんは俺らの希望の星だ!って尊敬してたくらい。だけど仲が進展しないから、どうなってんだって同窓会では言ってたんだよ。藤は参加しないし、平野は一回来たけど何聞いても答えないしで」

 へえ、やっぱり平野は一回参加してたんだ!私は納得した。その時に、ヤツもこんな感じになったに違いない。だから今日来たがらなかったんだー・・・。

 納得しつつビールを飲んでいると、それで?と前川君の隣に座る畠中君が聞いた。

「平野とはどうなった?ってか、そういえば今はカレシいるの、藤?」

 どう答えたものか。私は真顔で停止する。だけどその態度から、彼氏がいるらしい、というのは全員に伝わってしまったようだった。

「あ、いるんだ彼氏。そりゃそうか!で、年上?やっぱり職場の人?多いんだよね、職場恋愛」

 澤田さんがそう言って喜ぶ。きっと彼女もそうなのだろう。だってこの興奮・・・職場恋愛をしているとしか思えない。そして多分年上の彼氏なのだろう。

 答えずにビールを飲んでいたけれど、皆の視線が痛い。

 私は一度ため息をついてから覚悟を決めた。もうさっさとカミングアウトしてしまって、他の話題にうつってもらおう、そう思って。

 こほん、と無駄に咳払いをしてから、私はテーブルの上の刺身を凝視しつつ一気に言った。

「実は、彼氏がその平野なの」

 うおおおおおお〜っ!!って声が上がる。それは結構な音量で、居酒屋の店員さんの声もBGMも全部かき消すほど。勿論店内の視線が私達に集まってしまったから、私は真っ赤になってしーっ!と言いまくる。

「ちょっと皆叫びすぎだよ!」

 だけど興奮した奴らは聞いちゃいなかった。

「すげー!マジでマジで!?」

「ひょえええ〜噂のカップルが本物になってる!」

「おおお〜・・・これは、ちょっと感動ネタだな」

 皆が口々にそういう中で、ヒュウ、と口笛を吹いた吉田君が言った。

「じゃあまさしく今、平野と付き合ってるのか、藤さん?」

 私は恥かしさに消えたいと思いつつも、ビールジョッキを抱えたままで頷いた。

「うん、そういうことになって」

 ごにょごにょごにょ。これ以上はいくら突っ込まれても答えないぞ!そう決意した。

「それって大願成就だよな!おめでとう〜」

 皆またジョッキをぶつけ合いながら、おめでとう〜!て盛り上がっている。・・・大願成就。まあそうなるのかな。なにせ、ここにいる全員が私の高校時代を知っているのだから。

 だけど、冷やかしというよりは本物の喜びのようだった。だから私も照れながらも、皆にありがとうと言う。あの頃、きっと色々な人に心配をかけていたに違いない。私は必死だったから判らなかっただけで。

 飲みきってなくなったジョッキのお代わりを頼みながら、吉田君が笑った。

「まあ両思いだったからな、ちゃんと収まるだろうって思ってたけど、やっぱりそれを聞くと嬉しいなあ!藤さん、平野と付き合ってるのは卒業してすぐ?俺も3年の最後ほとんど学校行ってないから知らないけど、もしかして卒業する前から?何であいつ教えてくれないんだよー」

 ―――――――うん?

 私はぴたっと静止した。

 一瞬周囲の音が遠ざかったけれど、それは再び騒がしく耳の中に入ってくる。

 ・・・あれ、吉田君、今何て言った?今確か、両思いって・・・?

 だけどそれを聞いてくれたのは澤田さんだった。

「ちょっとちょっと吉田ー!何か今聞き捨てならないこと言ったけど!?両思いって誰と誰が?まさか―――――」

「そりゃ藤さんと平野だろ」

 吉田君があっさりとそういう。

 ええー?と私を含む女子三人が叫んだ。隣に座る前川君も畠中君も、ぽかんとした顔をして吉田君を見ている。あれ?俺だけ?って呟くように言って、吉田君が皆を見回した。

「・・・平野、藤さんのことが好きだったはずだぜ、高3の時。俺知ってるもん」

「は?」

 私は目を見開く。吉田君はちょっと考えるような顔をしたけれど、皆の視線を受けて話し出した。

「えーっと・・・俺あいつとそんな話したぞ、3年の夏終わりにも。藤さんが平野を好きなのは皆知ってるし、ならなんでお前は彼女と付き合わないの?って聞いたし」

 ・・・何だって?

 私は驚いて言葉が出ない。

「え、え、どういうこと!?じゃあ両思いだったの、二人!?」

 澤田さんがそう叫んで、吉田君は頷く。

「だからそう言ってるじゃないか。だから俺は、冬にでもどっちかが告白してて、そのまま付き合ってるんだと・・・。あれ?違うの、藤さん?」

 今度は全員が私を見た。

 ・・・ええと・・・あれ?どういうこと?

 私は混乱していたけれど、ねえねえと女子に急かされてとにかく口をこじ開ける。

「・・・いや、ちが、う。あの・・・付き合いだしたのはつい最近で――――――」

 え?という顔を、そこにいた皆がした。

「最近?ってああ、職場で会ったってこと?」

「え、じゃあ大学から付き合ってるんじゃないの?」

 更に突っ込まれたけれど、私は呆然とするばかりでろくに答えられない。その内これは触れてはいけなかったことなのではないか、という暗黙の了解のような雰囲気になって、露骨に話題は変えられた。

「そういえばねえ、あたし谷本センセにこの前偶然会って―――――」

 私は皆と飲みながら、それでも会話に参加出来なかった。

 だって混乱していて。

 平野が、私を好きだった・・・?高校の時?だって告白したよ?だけど断られたんだよ?それってどういうこと。同じ大学にいけなかったからとか?ああ・・・よく判らない。

 笑ってはいるけれど、ちっとも話の中身を聞いてはいない、そんな状態で、私はジョッキを握り締めてそこにいた。

 結局4時間もわいわいと騒いで、お開きとなる。

 駅前まで皆で行って解散ってなった時、キップを買おうと券売機の方へ行きかけた私を止めて、吉田君が言った。

「藤さん、今日はごめんね」

「え?」

 私は振り返る。

「吉田君何も悪いことしてないじゃない、どうしたの?」

 いつもの明るい笑顔を消してしょげた顔をしている吉田君は、かりかりと頭を掻いた。

「いや、俺が余計なこと言った、と思って。あれから藤さん楽しんでなかっただろ。俺には関係ない過去のことなのに、申し訳ない」

 あ、ううん、と私は手を振る。

「私こそごめんね、皆に気を使わせちゃったよね。飲み会、久しぶりの人達ばっかで楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」

 ついでに笑顔も見せる。それで吉田君はちょっと安心したようだったけれど、それでも更に言った。

「平野にも宜しく言って。それに・・・あいつ、あの頃色々大変だったんだ。だから恋愛どころじゃなかったのかも。・・・俺はこれ以上言えないけど、藤さんが不安になるようなこと口走って悪かった」

 うん、がっつり気になるよね、それも!この野郎、吉田〜!

 そう思ったけれど、頷くだけにした。

「今は仲がいいんだろ?追いかけた恋がかなったって聞いて嬉しかったし、これからも仲良くね」

「・・・努力するよ。ありがとう」

 あははと笑う。そして手を振ると、吉田君は行ってしまった。あとに残った私は一人、のろのろとキップを買う。

 一人で揺られる電車の中、今日入って来た情報を整理するのが大変だった。

 あのころは平野が、大変だった・・・?何があったんだろ。それにやっぱり判らない。だってあんな厳しい断られ方したんだもん。違う大学でだって付き合ってる人達はたくさんいるのに・・・。むしろ知らない人ばかりになる大学では、付き合いやすいんじゃないのかなあ?

 温められた電車の中で、私は酔って熱くなった頬を手で挟む。体はむやみに熱かったけれど、頭は冷え冷えと冴えきっていた。

 仁美の声が蘇る。『どうして聞かないの?』って。私は自分に関係ないし、と答えたのだった。だけど、本当にそうなのかな?気にしないって思ってたけれど、今はこんなに気にしてる。

 ・・・平野が、わからない。

 あとはやたらと静かな心のままで、部屋に帰った。

 無言で荷物を片付けて、親に帰宅の電話だけを入れる。それから化粧を落としてベッドに潜り込んだ。皆の笑い声の余韻を鞄やコートの隅に残したままで、眠りにつく。

 一人で小さく丸まって。




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