5−A


 3月の中旬に企画書を提出し、そのあと会議にかけられてゴーサインが出た私の企画。

 当時は正輝ともラブラブ(死語?)だったし、結構な仕事モードだったからハイテンションでまとめることの出来た自分史上最大の企画は―――――――――大成功だった。

 それは今まで手を出したことのなかったファッション業界と水道会社のコラボレーション。その突飛な発想を思いつき、そして実現可能な企画へとまとめることが出来たのは神様からのギフトであると信じている。いや、そりゃあ勿論私の今までの経験と努力と根性と汗と涙の結晶ではあるはずだけれど。

 色んなところへ駆け回り、脳みそを何度も絞りまくって実現したその企画は、どう控えめに言っても大成功で、居並ぶ上司からも褒められたし、会社としても新たな路線を開発したということで社内メールで一斉報告(私と私のチームの名前入り)されたほどだったのだ。

 すーばーらーしいいい!!

 紙ふぶきにシャンパン、それに書類の雨嵐。

 嬌声と大歓声で終わったその日、私は私のチームと一緒に飲みに繰り出していた。

 最高潮にテンションが高かった。

 正輝から嬉しい言葉を貰って発揮された「天下統一モード」が二日間持続されていて、まだ怖いものナシだったのだ。だから終了と同時にクライアントと手を叩いて喜びあったし、亀山とハイタッチまでした(あの男にとっても嬉しかったようだった。よしよし)。私のその何でもウェルカム状態をクライアントは好ましく思ってくれたようだったから、また一緒に仕事をしましょう、と握手で別れたあとは、ぽっかりと空いた夜の時間があったってわけ。


 そりゃ飲みにいくでしょ。

 それも苦労を共にした仲間と共に。

 正輝に会いたい気持ちも勿論あったけど、でも今日は、今日までは仕事に生きると決めたのだから。


「飲みにいくわよーう!!」

 亀山と田島君と一緒に会社に戻って最初の発言がそれで、え?と驚いている牛田辺さんも田中さんも引っ張って、私達は夜の繁華街へと繰り出す。

 とにかく騒いで酔っ払いたい、そんな時のためにある、巨大なビアホールへと足をむけた。

 全員お酒は飲めるとわかっている。それにビアホールであって、お洒落で気取ったバーではない。というわけで、この店のうりである巨大ピッチャーをまずは注文し、全員で乾杯となったのだった。

「お疲れ様〜!!」

「うす」

「お疲れ様でした」

「大変でしたね〜」

「でも大成功よ!」
 
 皆が口々にそういってビールを飲む。田島君が注文係として店のおねーさんに色々頼んでいる時に、私は気がついた。

 いつもうるさいくらいの田中さんが、えらく大人しいってことに。

 飲んでいるし、笑顔は浮かべている。だけど以前の私、といって間違いなしの格好をした田中さんはやけに静かだったのだ。

 牛田辺さんと田島君が話している間も、心ここにあらずって感じでビアホールを見回したりしている。私の観察をしていなかった。ちょっと前までは、会えば全身舐めるように見られたものだったのだけれど。

 ・・・もしかして、観察は終わり?もうオールコピーしちゃったってことなのかしら?だったらもう平和な日々が戻ってくるの?私が外見のイメージを変えたので、今では二人とも違った個性になっているし、もしそうならつつくのは面倒くさいし、もうそれでいいって思えるんだけど―――――――

 私は仕事が終わった解放感も一気飲みしたビールの影響もあって、かなり陽気に田中さんに話しかけた。

「へーい、ヒナちゃん、飲んでる〜?ちゃんと食べなきゃダメよ、まだ成長期なんじゃないの?」

 隣から、亀山が突っ込んだ。

「いやさすがに成長期は終わってるだろ」

「喧しいわね亀。例えよたーとーえ。彼女はあんたよりかなり若いんだから」

 田中さんは変な顔をした。笑ってるような笑ってないような、微妙な表情。ただじいっと私を見詰めてくる。既に酔い始めていた私は、その前からの異常なテンションによってそれすらも平気だった。

「何何、何か私の顔についてる〜?ってかタバコ、いい?」

 ひょうきんにそう言ってバッグを漁っていたら、前からドン!と音がした。

 ビックリして顔をあげる。

 テーブルの上は一瞬静かになり、亀山も、田島君も、牛田辺さんも驚いた顔で見ていた。

 チームの新人を。

 音は、田中さんがジョッキをテーブルに置いた音だった。彼女はいびつな笑顔を見せると、いきなり首をぐるんと回して言ったのだ。

 蓮っ葉な言い方で。

「あぁーあ、もうやめよっかな。疲れちゃった、これ以上やってても何も期待出来そうにないしい〜」

 って。

 ・・・・・・・・・へ?

 田中さん以外の全員は、呆気に取られていた。私は鞄からタバコを出しつつあるままの格好で。田島君はジョッキを口元で止めたままで。牛田辺さんはフォークを持っていて、亀山はだらけた格好で椅子にもたれかかったままだった。

 一瞬、亀山と視線が合った。・・・何、今この子、何て言った?知らねー、何なんだ?視線でそう会話して、田中さんに目を戻す。

 するとそこにはピンストライプのぴっちりしたジャケットを脱いで、首をならす彼女がいた。

「うまくいかなかったな〜。何でですかねえ?ねえ梅沢さん、あたし、何がまずかった〜?」

 マスカラを上下からつけた睫毛をばさばさいわせ、彼女は上目遣いで私を見た。

 ・・・あら?性格が変わってるわよ、田中さん。私はまだ呆然としたままで、ようやくタバコを取り出す。

「・・・ええと・・・どうしたの、田中さん?キャラが変わってるわよ」

 さっきまでの可愛こぶりっ子はどこへ消えた?ピッタリ閉じていた彼女の股は開かれて、ふわふわの髪の毛に片手を突っ込んでばさばさと振っている。

 彼女はにんまりと笑うと、ジョッキの中のビールを勢いよく飲み干した。まるでオッサンの飲み方だった。

「組織に入ったら、先輩に可愛がられるのは基本でしょー?あたしよくやったと思うんですけど〜、なんで梅沢さんに避けられたのかなーって。折角もうちょっとで立場も代われたかもなのにい〜。避けられたお陰で彼氏にも接近できないし、亀山さん達には小言くらっちゃうしー、あーあ、つまんなーい」

 大体あたし、こんな趣味じゃないんですよね〜。そう言いながら、田中さんはおおぶりのピアスも外しだす。

 趣味じゃないって・・・いや、別に私、真似してねって頼んでないんだけどね。呆然としながらも、私は心の中でそう突っ込んだ。

「・・・なるほど、これが田中さんの素なんだな」

 田島君がそう呟いた。牛田辺さんが哀れむような目を田中さんに向けている。

「ねえ、田中さんもしかして、梅沢さんの彼氏にまでちょっかいかけてたの?」

 牛田辺さんの質問に、田中さんはケラケラと笑った。ケラケラと!今までみたいな、手で口元隠してうふふふ〜って笑いなんかじゃなく!

「うん。憧れの先輩にプレゼント買いたいんですけど、手伝って貰えませんか〜?ってプッシュしたの。わざわざ待ち伏せしてさ。でも今は時間ないからって言われちゃって、こっちの時間を無駄にしちゃった〜」

 くねくねと体を揺すり、またもや出現させた可愛いこぶりっこの姿に、亀山と私が仰け反った。

 ・・・そうか、と合点が行った。あの夜の繁華街。亀山と飲みに行く途中でみた二人の姿、あれは正輝を待ち伏せして買い物に誘うこの子だったのか!

 憧れの先輩、憧れの梅沢さんの為のプレゼント選びにって彼女がいったのなら、正輝が田中さんに好印象を持った理由も判るってものだ。あの鈍い常識の塊男は、ああいい子だな〜って思ったんだろう。言葉通りに受け取って。目の前の女の子がまさか自分を狙っているなどとは思いもせずに。

 私はまだ仰天中だったけれど、ようやく納得できたような気持ちになって、頷いた。そうか、つまり・・・やめるってのはそういう事を含めた今までの行動を、ってことなのね、って。

 田島君が心底嫌そうに横槍をいれた。

「うわ、それ最低だな。梅沢さんの彼氏さんが断ってくれて良かったよ」

 彼の隣で牛田辺さんが頷いている。彼女は心なしか田中さんから椅子の距離を取ったようだった。

「それに申し訳ないが、田中、先輩には可愛がられてなかったぞ」

 むしろ皆遠巻きにしてた、亀山が平然と付け足す。ヤツはすでに驚きから回復したらしく、運ばれてきていたジャーマンポテトをガツガツと食べ始めた。

「相手みて演技しろよ。するならな。それに前にも言っただろう、どれだけ梅沢の外見を真似たところで、お前は梅沢の変わりにはならないんだっつーの」

 おお、そんなこと言ってたのか、亀山!私は隣の同期をガン見した。

「そうだよ、職種も経験も全然違うじゃないか」

 田島君と亀山の意見に、ふん、と鼻をならして、田中さんが仏頂面をした。意地悪そうな顔だった。

「そんなことないわよ、とって代われるはずだったの。でもこの人逃げるからさ〜。まさかあんなに避けられるとは思ってなくて」

 超タメ口だった。表情まで気だるく変わってしまっている。今にもタバコ片手に串カツとか食べそうだった。

 ・・・いやいやいや。

 私は遅まきながら覚醒した。仕事が終わったら、この子に対処しようと思っていた。だけどどうやら相手が先に行動に出ることにしたらしい。

 ・・・あー良かった、こんな変わり身を、超多忙の時にされなくて。全部終わった今晩で。ああ、本当に助かった・・・。でないと、私は精神崩壊していたかもしれない。仰天のあまりに。いや、そこまではいかなくてもぎっくり腰くらいにはなっていたかも。

 そんなわけで、私もようやく反撃を開始する。

「・・・とって代わるったって、あなた企画は出来ないでしょうに」

 すんごーい重労働だよ?

 田島君が頷きながら同意する。隣で、亀山も。それから控えめではあったけれども、牛田辺さんも。田中さんは更に不機嫌になったようで、口を尖らせて唸った。

「出来るわよ!そのために男の同僚や上司がいるんでしょ?!」

「―――――は?」

 んなわけありますかいな。どんな理屈だそりゃ?

 田島君はもう口を開けっ放しで田中さんを凝視している。

「それに、普通はあれだけ外見のコピーをされたんじゃ気持ち悪いわよ?何ていうか・・・個性がなさすぎて変っていうか。会社の皆、私と混同してたもの。可愛く思うどころか迷惑な域よ、それ。田中さんは田中さんの個性で勝負するべきじゃない?」

 個性があるのならね、と心の中で付け足す。

 彼女は、その返事も気に入らないようだった。気持ち悪い!?と叫んで、ガタンと乱暴に立ち上がる。

「んもう!本当にやってらんなーい!つまんないわ、この会社!めぼしい男もいないし、上司はバカばっかり。男みたいな女ばかりがのさばって、変な場所よ!」

 男みたいな女ばかり・・・あ、私のことか。唖然とするあまり超冷静に田中さんの演説を聞いてしまった。

「男女平等なんてあり得るわけないのに、頑張っちゃって本当バカみたーい。大体女の子の扱い方をしらないヤツらばかりの所なんてサイテーよ!」

 テーブルに両手をついてそうのたもうた彼女に、今度はウィンナーを食べている亀山がぼそっと突っ込んだ。

「一応ね、ウチの会社は男女平等とは言ってねーんだぞ。男女対等ね」

「それが何よ!どう違うの!?」

 田島君がまた、なんだこの可哀想な女、という目をして田中さんを見上げた。

 彼女はイライラしているらしい。大きく舌打ちをして、そして鞄を持ち上げる。

 するとそれまで黙っていた牛田辺さんが、田中さんを見上げて言った。

「ねえ、いくら世間知らずでも、自分の分くらいの金額は置いて帰るものよ」

 って。

 途端に顔中を真っ赤にして、田中さんは叫んだ。

「あたし財布もってきてないからっ!!!」


 そして去っていた。

 きた時と同じくらい素早い動きで。まるで、春の嵐のように、周りの全てを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して。


「―――――――」

「・・・」

「・・・」

 皆、言葉が出ないようだった。

 周囲のテーブルからは好奇の視線が寄越される。その中で、呆然として、田中さんが去って行ったドアの方向を全員で見つめていた。

「・・・わお」

 私がそういうと、田島君が呆れた笑顔で振り返った。

「俺、自分の彼女があんなんだったら自己嫌悪で死にそうです」

 その言葉にくくく、と牛田辺さんが笑う。聞きました?あの子、財布もってきてないから、ですって、って。

「すげーよな、財布持たずに飲み屋にくることが」

 亀山がそう言うと、彼女は果たして本当に財布をもっていなかったのか、という話題でテーブルの上が盛り上がった。

 いや、持ってるでしょ。でも男が支払うべきだって思ってるタイプよありゃ。いやあ〜、もしかしたら本当にもってなかったかもですよ?持ってるけど金が入ってないってことに俺は1000円賭ける。とかとか。

 そして、嵐のような彼女が去って行ったことは皆で綺麗に忘れて、楽しいお疲れ様会へと移行していったのだった。

 よく飲んだ。そしてよく吸った。よく笑った。

 私はすごく私らしかった。

 例えスーツでも、スカートでもパンツでも。ネクタイしてようがスカーフをまいてようが、やっぱり梅沢は梅沢だよ、そのハチャメチャなところがな、って亀山が笑う。腹立たしいことに、その言葉にあとの二人も頷いていた。梅沢さんは、例え丸坊主でも梅沢さんです、って。

 だけど私は上機嫌だった。

 嵐は去って、仕事も終わった。しかも成果は上々。


 これであとは、愛しくて泣きたくなるような彼に会いにいくだけ――――――――――――





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