4−A



 ちゃんと話をするには私は気持ちの全部をさらけ出さなきゃならない。それには自分では見たくもない醜い感情が山ほど入っていて、嫉妬も僻みも焦りもイライラも悲しみも、全部ぜーんぶをさらけ出すことになってしまう。だから、一大イベントを完了させるまでは自己崩壊は避けなきゃならない私には出来そうもない。

 正輝は、ただ、鈍くて、ただ、いい人すぎた。それだけのこと。

 だから、彼には多少申し訳ない気持ちもある。

 いきなり無愛想になって会えなくなった恋人を彼が心配しているのも、そして傷付いているのも判っている。

 だけど今はまだ!会えないし話せない。あの時判ってくれたなら・・・ちょっとは違ったかもしれないけれど。

 私が嫌がる気持ちを。それは口に出して説明もしたはずだった。だけど伝わらなかった。私がただ田中さんの若さや可愛さに嫉妬しているだけって感じに思われたこと、あれが本当にショックだったのだ。

 畜生・・・。


 だから今日も、正輝のメールにはこう答えた。

「地獄みたいに忙しくて、まだ時間はとれそうにないの」って。


 あの問題の夜から13日目。

 あれから正輝と田中さんが近づいたのかは知らない。私を追いかけるあの情熱をもってすれば、彼女なら正輝を追いかけることだって可能であるとは思いながら、私はひたすら目を塞いで仕事に没頭する。

 あと二日。

 あと二日なのよ神様!

 あさってのイベントがつつがなく終了すれば、そうすれば―――――――――・・・


 正輝に、会いにいくから。




 ・・・ただし、必死でそう思っていたのは私だけ。

 まあそりゃそうよね。だって無視も逃走も、私が一人で考えてやっていたことなんだもの。それに私も若干の疲れが出ていたのだと認めよう。

 会社の中では田中さんから逃げて、会社の外では正輝から隠れる。それはストレスフルな生活に違いなかったのだから。

 だからこんなことになったのだ。

 ああ、神様。恨みます。あの日、正輝を私にむかわせてくれて確かに感謝したのに!なのにあなたは、同じ声で命じるのですね。

 『三者面談をしろ』って。


「梅沢さーん、いたいた!来客なの。ブースに案内してる」

 そう声がかかったのは、田中さんと話をしないためにチーム会議を6分で強制終了させて会議室から出てきたときだった。

「はい、判りました」

 すぐにそう返事をしたのは、田中さんが私を追って会議室からすぐに飛んで出てくるって判っていたから。

 来客、ナイス!ありがとう〜!!ってな気持ちで、私は人事のユリコから名刺を笑顔で受け取る。ええと、誰誰?丁度よく来てくれたお客さんは―――――――――

 そして、フリーズした。

『営業主任 井谷正輝』

 の文字が、目に飛び込んできたからだった。

 ――――――――マイ・ガッ!!

 クラクラと眩暈に襲われながら、私は一度廊下の壁にもたれかかる。・・・・正輝。正輝じゃないの!何度見直してもどこからどう見ても正輝の名刺だ!ってか何だってここに来てるのよ!?あんたの会社とウチは取引なんてない―――――――――

「梅沢さ〜ん!いたいた〜!もう待ってくださいよう!今日こそはあたしお聞きしたいことが―――――――」

 バタバタと足音を立てて、田中さんまで登場した。

 クラクラクラ〜・・・。

 アウチ。もう・・・本当・・・勘弁して。

 涙目だったかもしれない。このアクセサリー素敵です〜とまとわりつく田中さんから目を離して、私は一度盛大なため息を吐いた。

 ・・・畜生、全くなんだってこんなことに・・・。今ここに正輝が来ていることがバレたら、絶対この子はひっついてくるはず。そうしたら強制的に三者面談になってしまう!オーノー。ちょっと待ってよ、まだそんな覚悟も余裕もないのよ私!!

 その時、額を押さえる私と引っ付いてくる田中さんにむかって、横から声が飛んできた。

「おーい、田中。戻るぞ、話がある」

 二人で同時に振り返った。

 廊下に立つのは我がチームメンバー。亀山、田島君、それから牛田辺さん。亀山はいつものように愛読している雑誌を丸めて肩にのせてこっちを見ていて、田島君は心なしか厳しい顔つきだった。牛田辺さんがにっこりと私に微笑んでから、田中さんに向かって手でおいでおいでをした。

「ほら田中さん、いらっしゃい。梅沢さんは来客のようだし、邪魔はダメよ」

 田島君も言う。

「行こう。まだ仕事中だ」

 こんな言い方を田島君はしたことはないはず。私はちょっと驚いて後輩を見詰める。あら、田島君たらどうしたのかしら――――――。

 その時、通りすがりに亀山がぼそっと呟いたのが聞こえた。

「片付けてこい。こっちはやるから」

 って。

「・・・あ、はあーい」

 田中さんは悔しそうな顔をして、しぶしぶ私から離れる。いつの間にか私と同じようにボブになっていた彼女は、最後まで名残惜しそうに私を振り返っていた。

 ・・・・助けてくれたんだ、皆。

 私は力が抜けたあまり、ずるずると廊下に座り込みそうになってしまった。もしかしたら、亀山が田島君と牛田辺さんに何か話したのかも。有り得る、あの二人の表情は、ちょっといつもと違っていた。

 ・・・・ああ、有難いっす。

 タバコもアルコールもない中で、こんなにしんどい3者面談はご免だって思っていた。そうしたら、頼りになるメンバーが田中さんを連れ去ってくれた。嬉しい。助かる。最高〜・・・。

 私は足に力をいれて、踏ん張った。

 なら、正輝は私がちゃんと対応しないと。

 アルコールもタバコもないけど。

 私は私を支えることが出来るはず―――――――――――


 ゆ〜っくりと近づいて静かに来客ブースを覗いたら、椅子に腰掛けた正輝とバッチリ目が会った。

「――――――」

 私は一瞬声をなくしてしまう。

 今までだって、2週間やそこら会えないことなんて普通だった。どっちかが出張していたり、繁忙期だったりすれば。

 だけど今回みたいな感じで離れていたことは、恋人になって初めてのことだ。

 顔を見た時。

 強烈に、感情がこみ上げてきた。

 ぐぐっとお腹の底から。すぐに全身にまわって、私の冷静でない頭を更に混乱させていく。

 ・・・・ああ、正輝。正輝だ。わお、本物だよ。うわー・・・・。

 衝撃に震える私の目の前で、彼が立ち上がった。まるで営業同士の挨拶をするようなタイミングで。

「髪型、変えたんだな。色も長さも」

「・・・うん」

 イメチェン中の私を観察するようにじっと見て、それから笑顔ナシの顔で言った。

「悪いけど」

 周囲を気にしてだろう、声は抑えられていて低かった。だけどそれは真っ直ぐに私の元へと飛んできて、胸のところで当たって消える。

「話し合いが必要だけど毎回逃げられるから、仕事中に来た。忙しいのは判ってるし邪魔したいわけじゃないから、5分ほどでまとめてくれないか?どうして俺は、翔子に避けられてるんだ?」

「――――――・・・」

 とりあえず、口は開けた。

 だけど何も言葉が出てこないから、私は諦めてため息をつく。

 ・・・この複雑な状態を、会社の来客ブースで5分でまとめて話せって?


 無理でしょ、それ。


「・・・あ〜・・・」

 完全に困った状態で、私は冷や汗をかきながらとりあえず笑う。

 こういう時に自動的に笑顔が出るのは、長年の営業生活のくせだ。それは正輝も同じはず。端からみたらニコニコと挨拶を交わしているように見えていたかもしれない。

 だけど、やめてくれーな修羅場だった。うん、個人的には、よ。正輝がどう思ってるかは知らないし。

 意味もなく両手を振ってみたけれど、妙案は浮かばなかった。

 ああ・・・今すぐ昔薬局の前によくいたカエルに変身したい。ケロリンとかいった、あの緑の置物。あのなんだかな〜な人畜無害の顔をして、正輝をやり過ごしたかった。・・・無理だろうけど。

 まさか会社に来るとは思ってなかった。それも午前中に。きっとミーティングのあとしか捕まえられないって考えたんだろう。一度そんな話をしたことがあったし。

 職種は同じ営業なのだ。会社は違えど、普段の行動は読めるはず。

 ・・・ってことは、正輝は自分の会社のミーティングをすっとばして来たのかも。

 ・・・ってことは・・・かなり、本気モードなのよね。

 ガックリ。

 私はそこまで考えて肩を落とす。それから彼の方を見もせずに言った。

「お茶しにいきましょ。ジャケット取って来る」

 正輝の返事が聞こえなかったので、私はちらりと後ろを振り返った。すると首を傾げた正輝。相変わらず私をじいーっと見ている。

 ・・・くそ。私は仏頂面でぼそぼそと言った。

「・・・逃げないわよ。財布もいるからちょっと待ってて」

 彼は頷いた。

「じゃ、エレベーターのところにいる。非常階段もあそこにしかないしな」

 ・・・・ちっ、信用ゼロだわ。

「ちょっと行ってくるわね〜。皆今日も一日宜しくね!」

 そう言いながらバタバタと自席に戻り、鞄とジャケットを引っつかむ。おう、と亀山が返事を寄越して、私はふと顔を上げる。

 そこにはいつものチームメンバー。だけど雰囲気がいつもとは違う。珍しく厳しい顔をした田島君。窓際の席では、仕事に没頭する牛田辺さんと――――――――仏頂面の田中さん。珍しく私の方をみずに、マシンガンのようにキーボートを連打している。

 ・・・・・何、言ったのよ、亀山。

 だけど今は時間がない。

 私は険悪な雰囲気のチームを見なかったことにして、フロアーを飛び出した。

「お待たせ」

 エレベーターまでかけていくと、正輝がちょっと笑った。

「ようやくまともな会話になった感じだな。どこ行く?」

「人気のないとこ」

「うん?・・・何すんの?」

「正輝を襲うの」

 は?そう言いながら彼が真顔を私に向けた。私はエレベーターを呼びながら、苦笑してみせる。

「冗談よ、そんなわけないでしょ」

 実は8割方本気だったけれど、そんなわけにはいかない。

「あまり愉快な話じゃないし、時間もないの」

「ああ、えっと・・・うん」

 私が逃げずに来たことに安心したのか、さっきまでの戦闘モードの消えた正輝がエレベーターに乗り込む。私はお腹にぐっと力を込めて彼の後に続いた。

 覚悟、決めたわよ。




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