6−A
気になる子が出来た。その子を好きになったらしい、から、もう完全に、好きなんだろうって状態になってしまっている。
では?
じゃあじゃあ、その次はどうしたらいいんだ?
普通はどうする?どうしたらその気になる子、は彼女になるんだ?
当たり前だけど、本当は判っていた。だけど俺はそんな風に疑問を頭の中でぐるぐると回転させる。強くて冷たい風、それに頬を叩かれているみたいだった。
馬鹿だな〜、お前!って。
今だろ、二人っきりなんだよ?って。
とりあえずぐだぐだ考えないで、告白してみれば?って。
バシバシバシ!!
「寒い寒い寒い!」
つい口に出していってしまった言葉はそれだった。
世間の風は冷たいな、なんて冗談を言ってる場合じゃない。確かに、今はかなりのチャンスなんだろうって思うから。
可愛くなってしまった佐伯と、屋上で二人。こんな寒い日に屋上でぼーっとしてる奴らなんて絶対俺達だけに決まってる。だから暫くは邪魔もこない!
・・・言え。言えってば、俺!言えよー!
だけど勿論、いきなり「好き」だなんて言葉を言えるはずがない。だからとりあえず、最近の彼女と自分の行動から追うことにした。
「・・・よく来てるよな、ここに。下からいつも見てた」
え?って横から聞こえた。どうやら俺が見ているとは思ってなかったらしく、佐伯の驚いた声だった。
「えっと・・・その、夕日が・・・」
「うん。そんな話したの俺だから、来てるかなーって見上げてたんだ。そしたら結構な確率でいるからさ、寒くないのかなって思ってた」
俺の言葉にもごもごと小さく返事をする。彼女がどんな表情なのかがわからないけど、自分でもいっぱいいっぱいでそっちなんて見れない。
「・・・さ、寒いのは大丈夫、だった、けど」
「ここで何みてんだ?長い時間、いつも」
「えっ!?いやあ、あの・・・だから、空とか」
うん、知ってるけど。でももしかしたら・・・たまには中庭も見下ろしてくれてたかも、って思ってつい聞いてしまったのだ。バカか俺は。そらそーですよね、見てませんよね、俺のことなんてね。
勝手に撃沈していると、彼女はワタワタと説明しだした。どうやら俺が、こんな寒いところにいるヤツは変人だぜ的なことを言ったと思ったのかもしれない。
「ら、来年のね、絵画展にはね、そのー、夕焼け空をって」
「ああ、そうか」
頷いた。佐伯、美術部だもんなー・・・。
真っ直ぐ前、フェンスの向こう側。ビルや家々が立ち並ぶ山すその小さな町の向こう側から、キラキラとピンク色の光の帯が出だした。
つい呟いた。
「夕日になるな」
フェンスを掴んだ佐伯が、前を向いたのがわかった。
空は高く風は強く、今日も綺麗な夕日の時間が来る。
学校中をオレンジに染めて、クラブをしていたらとても空など見上げることが出来ないような、窓に反射して視界を奪い邪魔ですらある夕日。
それをとても好きな子が横にいる。
そして、俺はその子がとても好きだ。
一緒に見てるのに。
どうしてこんなに遠いんだ。
理由は判っていた。
もう一歩近づけないのは、勇気がない俺のせい。
また夕日に彼女を取られてしまって、それから下校のチャイムが鳴るんだろう。で、別々に帰る。俺はいつもみたいに電車の中で一人反省会?そんなの――――――――――・・・
ポケットの中で拳を握り締めた。
・・・そんなの、ごめんだ。
「・・・行きたいなって思ってた」
ようやく出たその言葉に、隣の彼女が振り返る。
「え?」
うわあ、って思った。こっち向いた!
前に同じようなことがあった時、佐伯は俺が一緒にいるのも忘れて夕焼けに没頭していたのだった。それは本気の見惚れで完全に自分の世界に入っていたのに。今は、俺の言葉に気がついた!
一気に体温が上昇する。もう一息だ。もう一息、頑張れ俺。
汗すらかいた拳に更に力が入る。
「隣に行きたいなって。・・・佐伯の、隣に」
やっと、言った。
彼女は完全に体をこっちへと向けて、両目を見開いているようだった。そりゃ驚くよな、そりゃあな。
「あの・・・」
「――――――――」
何て言っていいのか判らないんだろう。だって反対の立場なら――――――――俺だって、何て言えばいいか判らないはずだ。
だから、ここはもう一頑張りが必要だ。水中のキックも陸上のサーブも外せない。俺は勝負運があったはず。それは確かにあったし、本番には強かったはず。だからだからだからだからだから、大丈夫――――――――――
コホンと一度咳払いをして、前を見たままで口を開いた。
「そういうわけ、だから・・・俺、そのー・・・」
「うん」
「・・・」
「・・・」
・・・ダメ。もう無理っす。息が続かない。体力ももたない〜!
好きなんだ、とは言えないままで、汗をかいた手のひらを握りしめた。
「うわー、マジでこれって・・・恥かしいもんだな」
もう死にそうになって言った俺の言葉に、相変わらず小さい声で佐伯が返す。
「えーっと・・・うん」
苦笑した。なんか二人で幼稚園児みたいだって思って。
だけどその笑いで、肩の力が抜けたのだ。もうどうせ顔が真っ赤なのはばれてるはずだ。俺はやっと佐伯に向かって言葉を出した。今の一番の望みを。
「一緒に帰ろっか・・・」
頷いてくれただけで、俺は生き返れたって思えたんだ。
横内航、無事に荒波から生還いたしました。そんな気持ちで、彼女と一緒に学校を後にした。
人生で初めて、付き合いたいって思うほどに女の子を好きになって、ようやく一緒に帰るなんてことが出来て、しかも携帯アドレスの交換なんて個人的なことをしたせいで、俺は勿論浮かれまくっていた。
だって仕方ないでしょ、スポーツや勉強なんかでは味わえない達成感というか、この幸福感。ああ、って納得した気分だった。悔しさとか誰かに勝ったとかの優越感じゃない。ただ嬉しいというか、自分が自分でよかったという感じだった。
恋愛って辛いとか苦しいとか、確かに色々いうけどさ、こんな気持ちが味わえるから、皆するんだよなって。
誰かを好きになってうまくいかなくて、もう人なんて好きにならないって歌も世の中にはたくさんあるけれど、でもやっぱりまた誰かを好きになるんだろう。だから恋愛小説も歌も映画もなくならないんだろう。
自分の思いが満たされるとき、それは本当に、ジタバタしたいほどの幸福感だった。
その日の深夜、手に入れたばかりの佐伯のメールアドレスに向けて、俺はもう一度頑張りを発揮する。
付き合ってくれる?って、送ったのだ。
ベッドの中で、毛布の中に全身をいれた状態で。
時間が時間だから返信は期待してなかった。
もしかしたらスルーされる可能性だってあるわけだしなって、ずっと自分に言い聞かせていた夜の間中。お守りみたいに携帯電話を握り締めて、二段ベッドの上の階でただ転がっていた。
だって彼女の気持ちは聞いてないままだ。
俺に誘われて、断れなくて一緒に帰ってくれただけかもしれない。どうせ電車も一緒だしいいか、って佐伯は考えてたかもしれない。
だから実際は、それだけはないと思いたいけど「うわー、面倒くさい」とか思われてるかも!
明け方近く、そんな悪夢を見て目を覚ます。いつの間にか眠ってしまっていて、悪夢で目覚めるなんて最悪だ・・・そう思っていたら。
返信が来ていた。緑色に光る携帯のお知らせランプ。悪夢のせいでかいた嫌な汗を体中に覚えながら、俺はゆっくりと携帯を開く。
寝ぼけた目に突き刺さる、眩しい光を放つディスプレイ。そこに浮かび上がる文字は。
『ありがとう。どうぞよろしく』
キラキラと光って、俺の視界を幸福色で染め上げていった。
・・・・わお。嬉しすぎて、泣くかも。
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