5ーA


 文化祭の練習が始まった。

 山の上にあるうちのマンモス学校の文化祭は有名で、各クラブや委員会がかなりしっかりとしている為に生徒数にちゃんと比例して出し物が多い。

 それぞれの委員会、それからクラブ、それから勿論各クラスごとに、出し物があるのだ。それに参加する生徒は、ほんとーに大変・・・。

 火を使ってもいいしグランドや屋上の使用も許可されている。歴代生徒会が頑張りまくってまとめているのだと思うけど、とにかく他の街にまで有名であるらしいうちの高校の文化祭を目当てにして受験する生徒もいるらしいから、その盛り上がりたるや凄まじいものがあるのだ。

 だから勿論、練習にも身が入るってもので。

 委員会やクラブで食べ物屋の屋台や博物館系見世物が多いので、クラスの出し物としては合唱や演劇が普通だ。

 うちのクラスは合唱に決まったらしい。

 俺は知らなかった。だって、寝てたから。

 とにかく合唱部に入っているらしいクラス委員の飯森さんの指導で、俺達は今、音楽室にいるのだ。合唱の練習の為に。そうして、俺と寺坂はガッツリと飯森さんに怒られている。

 主に、口パクしたことについて。

「ちょっとー!!寺坂君、それから横内君も!口パクしてんじゃないわよ、ちゃんと判るんですからねー!!」

 クラス中から笑いが巻き起こる。

 俺達を怒る飯森さんの顔が申し訳ないが滑稽で。それに、寺坂が元々調子のりっていうのもある。

 隣でふざけた事を言うから、一緒に怒られているのについ笑ってしまうのだ。

 ふざけて謝る俺達をビシビシとしごいて、飯森さんは他のクラスメイトにも激を飛ばす。

「ほらほらそこも!ちゃんと声出してよお願いだから〜!」

 口パク、そんなに悪いだろうか。

 だって歌うのって苦手だ。上手くないし、特別いい声でもない。そんなのハーモニーにいれるだけ無駄だろう、って思うんだけど。

 俺は面倒くさくなって窓の外を見る。・・・もうすぐ、佐伯の好きな夕焼けがくる。


 やっと練習が終わりに近づいたと思ったその時、飯森さんがじろりと俺と寺坂を睨みつけてこう言ったのには驚いた。

「ちょーっと寺坂君と横内君、待ってくれる?」

「え」

「うお?何だよ飯森〜。俺これからクラブいかねーと・・・」

 なんか、嫌な予感。

 俺と寺坂が身構えたその時、彼女は腰に両手をあてて威嚇ポーズをとりながら言った。

「あなた達は特訓がいると思うの。竹崎さんも協力してくれるっていうから、今から練習よ!」

 え、マジで?

「ほら、折角竹崎さんが付き合ってくれるっていうんだからさ!」

 俺がぽかーんとしていると、さっきまで迷惑そうにしていた寺坂が、急にわき腹をつついてきた。

「・・・そりゃ仕方ないよな!よし、もう今日はクラブ諦めて俺らも協力しようぜ、横内!」

 は?

 俺は隣を振り返って、にやけ顔の寺坂の顔をガン見した。すると後ろから飯森さんが噛み付く。

「協力って言葉を使っていいのはあたしらだけよ!君たちが口パクなんかするからー」

 え、残って練習ってマジで?それってめちゃくちゃ嫌なんだけど!

 俺がそう思っている間にも着々と物事は進んでいって、どうやらそれは決定事項になったみたいだった。ええーだ、ええ〜・・・。ちらりと周囲を見回すと、既に音楽室にはピアノ前の竹崎さん、それから飯森さんと寺坂と俺だけになっていた。

 ・・・あ、佐伯、帰っちゃった?

 うわー、嘘だろ、何だよこの修行!そんなんだったら俺が勿論部活に行きたい!

 どうやら竹崎さんがお気に入りらしい寺坂はすっかり残る気でいるけれど、俺はそんなのご免状態だった。

 ペロリと唇を舐めてチャンスを伺う。決めた。・・・とっとと逃げてやる。

「さ、やるわよ〜。じゃあ初めからね」

 竹崎さん、お願い。と飯森さんが彼女を見、頷いた竹崎さんがゆっくりと伴奏を始める。寺坂と飯森さんがピアノに注目した。

 今だ。

 俺は拳を握り締めて――――――――――少しだけ空いているドア目掛けて突進した。

「え、よ、横内!?」

「ちょっと!」

 寺坂と飯森さんが叫ぶ。俺はそれを背中に聞きながら派手な音をたてて廊下へ飛び出した。そして。

 人気のいない長い廊下の途中、佐伯の後姿を見つけたのだ。

 わお!まだいた!

 何も考えずに走った。

 あの背中を目指して。

 俺が走る音に気がついたらしい彼女が振り返った。そして、目を丸くする。

「え・・・」

 俺はちょっとハイテンションで走りながら叫んだ。

「巻き添えになるぞ!佐伯も走れ!」

 後ろでは俺の逃走に怒り狂う(想像だけど)飯森さんと、取り残された寺坂が何かを叫んでいるらしかった。

 無視だ無視!その怒りは明日受けるから。明日ちゃんと怒られるから〜今は勘弁して〜!

 唖然としているらしい佐伯の横を通り過ぎざま、最後のチャンスと俺は叫んだ。

「ほら、走れって!」

 まさか、着いてきてくれるとは思わなかった。



 一緒に走って屋上に転がりこんだ佐伯の荒い息が聞こえる。

 俺は上機嫌で屋上のドアをしめて、空を仰いだ。

 ああ、広い空を発見だ。・・・それも、佐伯と。ははは、すんげーいい気分。

 呼吸を落ち着けるためにドアへと凭れこんで、俺は彼女を見て笑った。

「・・・悪ぃな、佐伯。飯森達が後ろ向いてる間に逃げてきたから、あのままだとお前も捕まると思ってさ」

 あははは、つい笑い声まで出る。最高にいい気分だった。

 嫌な歌の練習から脱走して、好きな女の子と二人で屋上だ。これが青春ってやつなんだ?そんな気分だった。

 彼女は疲れたようでまだ荒い呼吸をしながら、呆れたような困ったような顔で俺を見ている。

「大丈夫、なの?それって」

 心配もしているらしい。

 俺はにやっと笑った。

「さあな。ま、何とかなるって。下に逃げたら部活行かなきゃだし、上だって思ったけど、屋上は正解だったなー」

 初めから屋上を目指していたわけじゃなくて、たまたま目についた階段を上がったら屋上に直通だっただけだ。

 でもそれは、かなりいい結果をもたらした。

 明日にはきっと俺は寺坂と飯森さんにボコボコにされるだろうけど。でもそんなこと、どうでもいい、そう思えるような光景が、俺の目の前に広がっていたのだ。

「え?」

 聞き返してきた佐伯はまだ気がついていないらしい。

 だから俺は、指をさした。素晴らしいこの光景を、見て欲しくて。

 彼女が振り返る。

 それから―――――――――ぴたりと、体の動きを停めた。


 そこには眼下に広がる街の光景と、様々な色が重なって交じり合う夕方の空があったのだ。

 ピンク色やらオレンジ色やら濃い青色やら。

 俺が知らない色の名前がたくさん、たくさんそこに散らばっていた。

 大きな雲がいたるところにあって、その端から今日最後の力を振り絞る太陽が輝いている。

「わあ・・・」

 彼女が体を起こして空へと向き直った。

 俺はじわじわと迫り来る感動に浸りながら、つい声に出して言った。

「すげーよな、ここからの眺めはマジで」

 感動ついでに彼女の隣へと進む。ぼーっと光景を眺めながら、佐伯が小さく頷くのが判った。

「・・・綺麗。凄いたくさんの色」

「うん」

 俺の返事は聞こえてないようだった。これが菊池さん曰くの夕焼けオタクか、と納得するような没頭さ。彼女は目を大きくあけて、ひたすら暮れ行く空を眺めている。

 おーい、目が乾いちゃうぞー。

 おーい、ちなみに俺も隣にいるんだぞー。

 テレパシーは全く届いてないようだったから、苦笑してから俺も空の観賞に戻る。

 空の上は風が強いらしく、雲が飛んで流れていく。そのスピードに目が奪われた。

 やがて太陽がちらちらと最後の光を飛ばして、そのまま地平線に沈んで消えていった。

 隣から残念そうな佐伯の声。

「・・・消えちゃったー」

 その、本気でガッカリしてますって声に俺はつい笑ってしまう。

 きっと俺のことなんか忘れてるんだろう、だけどそれに悲しむよりも、目の前の佐伯のリアルな反応が楽しかったのだ。

 笑い声にハッとしたように彼女が振り返る。その顔は、真っ赤だった。

「・・・・な、何?」

 ダメだ、面白い。俺はとうとう声に出して大きく笑ってしまった。あはははは!って。

「いやあ、夕焼けファンって本当だったんだな、と思って。すごい陶酔した顔だった。佐伯って午後4時半の女って呼ばれてるって聞いたけど、それって夕焼けに関係あるんだろ?」

 俺がそういうやいなや、彼女がいきなり両手で自分の両頬をぶったたいたからビックリした。

 は?ええ?

「・・・佐伯、何してんの?」

 思わず真顔になって聞いたのに、佐伯からの返事がまた俺の笑いスイッチを押してしまう。

「いやいやいやいやいや!ほら、あのね、ええーっと・・・どうしてそのあだ名をそなたが知っているのでござるかと思って!」

 ―――――――あ?

「あはははははは!」

 なんだその口調は!どうしていきなり時代劇なんだ〜!!

 もう本当に面白くて俺は腹を抱えて爆笑する。地味で大人しい女の子。たまにする、かなり激しい反応とこの焦った口調。

 ああ、面白い。こんなに笑ったの、マジで久しぶりだ。

「ほんと、静かなようで実はおもしれーんだなあ、その慌てたときに言うことがさ。あはははは」

「・・・」

「ござるって!あはははは!」

 佐伯は恥かしがっていたみたいだけど、とめることが出来なかった。だってまさかのこんな会話。ござるって何だよ〜。

 すると少しだけ間をあけて、きっと彼女がこっちを向いた。それから大きな声で言う。

「夕焼けをね、見るのが好きだから!」

「え?」

 5時になって、学校中に響き渡る下校チャイム。だけどそれに負けないようにって声を出しているらしかった。

「学校をね、4時半くらいに出たらね、電車の車輌一つを一人じめできて、しかも凄ーい夕日が見られるの。だから大体いつでも4時半には学校を出ちゃうの!それで美術部のメンバーはあたしをそう呼ぶんだけど・・・横内君、誰に聞いたの?」

 もう出ないと、って佐伯が促す。ああそうか、屋上にいつまでもいたら見回りの先生に見付かって怒られるよな、そう気がついて、俺も鞄を持って歩きながら言った。

「えーっと、ほら、3組の菊池。委員会が一緒で話すことがあって」

 驚いた顔で彼女が振り返る。ドアを開けて、そのままで俺を見ていた。

「え・・・・。よ、横内君って委員会何?」

「ん?放送部。だから当番の時は、昼の放送で菊池に会う」

 一体何をそんなに驚いてるんだ?俺はちょっと不思議に思いながらこたえた。菊池って佐伯と友達じゃなかったのか?知らなかったんだな、放送委員って。・・・俺は君と同じクラスなんだけどね。

 最後のところでちょっとテンションが下がったけれど、何故かよろめいて階段にひっつかまる佐伯を見て慌てた。

「え、佐伯大丈夫?」

「え?うん、はいはいはい。大丈夫でござる」

 やけくそのようにそう言いながら、佐伯は何かを忙しく考えているようだった。出た、ござる言葉。あはははは!俺がまた笑いながら階段を降りていると、後から佐伯の声が降ってきた。

「あのー・・・優実は・・・ええと菊池さんは他にも何か言ってた?」

「ん?」

「いや、だから、あたしのそのあだ名以外に、ってことで・・・」

 うん、そりゃあまあ、色々と。

 そう思ったけど、ここは一応否定しておこう。そう思っていいやと答えたら、目に見えてほっとしていたのが面白かった。

 階段を降りながらぐぐっと伸びをする。

 今日は一日寝てるか立って歌っていただけで体がなまっているみたいな感じだな・・・。やっぱ、ちょっとでもクラブ行くか。

「あー・・・もうほとんど意味ないけど、仕方ないからちょっと顔出すかな」

 それに驚いたらしく、後から佐伯が聞いてくる。

「え?今から部活いくの?だってもう5時過ぎてるよ?」

 だってさ、と俺は振り返って、階段の上にいる彼女を見る。こんなに話せたのはちょっとすごいことだよな、って思いながら。

「クラスの練習でって遅れる理由出してるのに、結局行きませんでしたーは通らないだろ?顧問だけでも会ってこないと。行ったけど遅かったってことにしねーとさ」

「あ、そうなのか」

 小さな声で佐伯がそういって頷いた。

 どうかちょっとでいいからガッカリしてくれてますように、と無意識に心の中で祈る。一緒に電車で帰りたかったけど、まだその勇気は俺には・・・ないし。

 階段を下りきったところで、あ、と思った。

 それは主に夕焼けについてだ。彼女の好きな、夕焼けに関して。

「でもさ」

 急に俺が振り返ってそう言うと、彼女は驚いて立ち止まる。驚かせたかな?いや、でもこれは言いたいんだ。だって盲点とも言うべき特別な場所を教えたい。

「電車でも綺麗だと思うけど、もっといい場所もあるじゃないか。それも初めから人がいないって保障つきでさ」

 何も人のいない時間を、公共の電車内で狙わなくても。もっと簡単な場所が。

 だけど佐伯はぽかんとしているようだった。よく判ってないようだ。俺は言葉が足りなかったと継ぎ足す。

「夕焼けだよ。綺麗な夕焼けを見るんだったら――――――――ウチの学校の屋上が、ベストだと思う」

 あ、という形に佐伯の口があいた。

 俺はまた笑いそうになって、でもそれを我慢して靴を履きかえる。

「ついさっきだって、あんなすげー夕暮れみたじゃないか。・・・じゃーなー、佐伯、逃亡につき合わせてごめんなー」

 最後はほぼ言い逃げの勢いだったけど、とにかく上機嫌だった俺は手を大きく振ってみせた。

 それからもうかなり暗くなってきている中、急いで部活に顔を出すべく鞄をもって走り出す。

 楽しかった、今日の放課後は。

 そう思いながら。




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