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「あ、あの子だ。ほら航、あそこ見ろよ、あそこ」

 かなりニヤニヤした顔で、幸田が俺の肩をラケットで叩いた。そのバシンって音と痛みに顔をしかめるよりも早く、俺はつい視線をコートの外へと向けてしまう。

 11月に入ってすぐの、実力テストの後。

 今日は短縮授業で、昼食を食べたらもう放課後という学生にとってはいい日なのだった。

 で、俺はいつもの通りにクラブ中。場所は学校の外周に位置する山の上、学校全体とグラウンドが見渡せる外周コートだった。

 幸田が誰を指しているのかが判っているから反応してしまった。

 俺がいつも誰を見ているのかを、試合も終わって暇だったらしいテニス部の現エースは好奇心丸出しにして追跡調査をしたらしいのだ。

 いきなり言われたのだ、ある日の放課後、委員会が終わってから合流した部活で。

 お前が気にしてる女子って、2組の佐伯さんて子なのか?って。

 俺はその時唖然としてヤツを凝視した。だけど、幸田はデカイ体をくねくねとくねらせた後に笑って言ったのだ。お前を迎えにいったらいつもぼーっとある方向向いてるよなって思ってたんだ。それで、ちょっと好奇心が沸いてさ、って。3組の菊池さんも知ってるぞ、だって俺、廊下でお前らのこと話してたもんな、って。

 何だってー!!!だった。

 唖然としたあとに仏頂面になって、俺は幸田を黙ってしめる。放送委員会で一緒の隣のクラスの菊池さん、そういえばやけに美術部のこと、その一員である佐伯のことを教えてくれてたなってその時にようやく気がついたんだった。

 ・・・・・なんてこったい、第3者にそんなにバレるほど判りやすかったってことか??

 ならもしかして、本人にもバレてるんじゃ――――――――――

 そう思って羞恥心に震えまくったけど、その時いきなり素振りに没頭し始めた俺を見てゲラゲラと笑い、幸田は言ったのだ。

 いやいや、お前が自分を好きかどうかなんて、あの子はまだ気がついてないだろう、って。

 『大人しい子みたいだし、なんかちょっと変わってるよな〜。なんであんなのがいいんだ?悪いけど、野暮ったくねーか?』

 幸田がそういったときにはちょっと殺意すら覚えた。

 まあ特に外見が可愛いってわけでもない。それに存在感が薄くてあまり喋らない。だけど彼女の肌が白くて透明感があることや、瞳が茶色くて案外大きいってことを俺は知っている。

 いいんだ、佐伯のよさは俺だけが知ってれば!そう思って、あとは無視した。何かベラベラ喋っていたけれど、それでも幸田も菊池さんも他の誰かに面白おかしく話を広めようとは思っていないようだったから、数日間様子をみて安心したのだった。

 二人は一応、応援してますってスタンスを取っているつもりらしい。邪魔はしないよ〜だけど話題には出すよ〜、みたいな。

 その幸田がいう、あの子。それは佐伯に決まってる。

「どこ?」

 思わずそう声に出してしまって、かなりにやけた顔の幸田と目が会った。・・・くそ、殴りつけたい。弱みを握られた気分・・・いや、現実に握られてるよな、俺。

 幸田は俺の目に何かをみたのか、それ以上は俺をからかわずに大人しく指を向ける。


「あそこ。女子二人で寝転んでるよ。まあ今日はいい天気だし、寒くないしな〜」

 自分がいる外周コートの下側、一本細いあぜ道を挟んで芝生のように整備された斜面がある。その更に下は、もう土がむき出しのグランドだ。

 グランドでは野球部とサッカー部がアチコチでクラブ活動中で、それぞれについている追っかけの女子軍団が今日も黄色い声をあげているのが見えた。

 ・・・本当だ、寝ころんでる。

 スケッチか何かの途中らしい。スケッチブックと筆箱を頭の横に転がして、佐伯ともう一人の女の子が制服姿のままで草の斜面に寝転んでいた。多分美術部の活動なんだろうなと思う。

 斜面の上にグランドを囲む形で植えられている桜の木の葉で、日光を遮っているようだった。

 気持ち良さそうだけど・・・・そこで寝なくても。

 俺は黙って彼女を見下ろしていた。すると、いきなり横から幸田が言った。

「ほーら、航、とってこーい!」

「え?」

 聞き返すのと同時にヤツの手から黄色い何かが飛ぶ。

 それはテニスボールで、幸田はわざわざコートの周囲にあるフェンスの上を目掛けて放り投げたらしい。ボールはそのままあぜ道に落ち、当然のように転がって斜面を走って行った。

「ちょ・・・おい!」

 俺が振り返ると、そこにはまだにやけた顔の幸田。ラケットを肩にあてて悪そうな顔で言った。

「ほら、あの子と話すチャンスだろ?ボールとってこいよ、まだ俺達の順番こねーしさ」

 ラリーは一年生から始めているから、アップが終わったばかりの2年の順番は確かにまだまわってはこない。だけど、くそ。そういうのはお節介っていうんだよ!

 俺はぎろりとヤツを睨んで、仕方なくフェンスのドアをあけて外へ出た。

 風が吹き渡り、グランドの土を巻き上げていく。

 何やら小声で話しながら、気分が良さそうに寝転んでいる佐伯ともう一人の女子の方へ、俺は草を蹴って駆け下りて行った。

 幸田に感謝する気にはならない。だけど、会話は望む。

 距離が近づいたときに、挨拶もなしでいきなり言った。

「・・・何でこんなところで寝てるんだ?」

「えっ!?」

 ばちっと目を開いた佐伯が、すごい勢いで跳ね起きた。ちょっとびっくりするくらいの激しい反応だな、うん。

「よ、横・・・うち、くん」

 上ずった声、きっと、見開いている目。それは面白ろそうで是非見たかったけど、とりあえず俺は目で転がって消えたボールを探す。

 その時、彼女の隣で一緒に寝転んでいた女子が言った。

「あ、ボールならあそこですよ〜」

 発見。

 俺は感謝の変わりに頷いてみせて、更に斜面を降りて行った。・・・くそ、幸田。なんてヤツだ。とってこーいなんて、俺は犬じゃねーよ。

 幸田が投げたボールはグランドとの境のフェンスのところまで落ちていってしまっていた。

 佐伯と同じ美術部らしい女子に教えてもらって無事に発見し、俺はボールをジャージのポケットへ突っ込んで斜面を駆け上る。

 顔をあげると、かなり上のほうの斜面で佐伯が一人になっていた。

 あれ?もう一人はどこいった?

 不思議に思ったけど、知らない人がいないのは有難い。もうちょっとだけでも会話を試みよう。

 上半身を起こして別の方向を凝視している佐伯に、俺は上りながら声をかける。

「ここで寝てたら寒くないか?」

「えっ!?」

 これまた激しい反応で彼女が振り返った。

 太陽の光がキラキラと桜の葉っぱの間から零れ落ちて、彼女の黒くて長い髪に光を落とす。

 11月だというのに温かい昼過ぎの光に背中を照らされて、俺の体温もあがりつつあった。

 太陽だけのせいじゃないかもだけど。

「さ、寒くは・・・ないよ!大丈夫。ほら、お日様があったかくて・・・」

「うん、今日は晴れてるからな」

 ザクザクと草の上を上りながら言う。意地でも上のコートは見ないようにした。きっと、ニヤニヤ笑って見下ろしている幸田の顔が見えるだけだ。

「ええと・・・クラブで、写生しようってなって・・・」

 もごもごと小さな声で彼女が答える。俺は佐伯の場所までやっと上って、ちょっと立ち止まった。

「ふーん?」

 やっぱり美術部の活動だったんだ。でもそれで、どうしてこの場所を?もしかして野球部やサッカー部を写生の対象に選んだんだろうか。・・・・・・だとしたら、結構ダメージがでかいんだけど。

 自分で考えて凹んだ。

 頭の中に野球部やサッカー部の面々がずらずらと浮かんでは消えていく。ああ、あの中のどれか一人のことを佐伯が好きだったらどうしよう―――――――――――

 その時、上のコートから幸田の声が降ってきた。

「航〜!ボールあったかー?番、回るぞー」

 ・・・くそ。ここで邪魔すんのか、お前は。

 恨めしくそう思ったけど、幸田の声には慌てた感じがあったから、もしかしたら顧問が来たのかもしれない。そりゃ確かにやばいよな!そう思って俺は返事をする。

「おー、行く行く」

 残念感が半端ない――――――――そう思いながら斜面を上がり始めると、後ろからびっくりするような大声が飛んできた。

「あの・・・お守り!」

「え?」

 驚いて振り返る。

 今の声、もしかして佐伯?

 草の上に座り込んだ佐伯はちょっと顔が赤かったように思う。だけど少しだけ間をあけて、もういつもの声になって小さく言った。

「前に貰ったお守りね、あの、ありがとう。お陰で朝学習乗り切れたから」

 ・・・ああ、何かと思った。

 俺は驚いた反動で笑いそうになって、ちょっと口元を緩めてしまう。そんな前のこと、いきなりだなー。

「結構前の話だな。お礼はあの時も聞いたし、別によかったのに」

「あ、うん。でもその、かなり励みになったから」

 そう静かに言ってから、佐伯はちょっと下を向いた。

 そして、それから。

 上げた顔の彼女は笑顔で――――――――――

「ありがとう」

 って言ったのだ!!

 太陽の光がまだら模様を作る、その温かい昼下がりの校庭横斜面で、俺はちょっとぼうっとしてしまった。

 だって、あの子が目の前で笑ってる。目を細めて、ちょっと歯を見せて。親しい笑顔で、笑っている―――――――

 だけどそれは一瞬のことで、すぐに現実に追いついた俺は、何とか普通の返事をと頑張った。俺の高校受験の時の御守りだったんだ。効いたなら良かった、って。丁度思いついて無理やり渡したようなものだったけど、本当に喜んでくれたのかもって思ったんだった。

 じゃあな、と行こうとして、俺は一瞬足を止める。

 ちょっと待て待て!ここで、もう一度、どうしても――――――・・・

 俺を見ている佐伯を振り返って、何とか言った。

「もしかして、帰りの電車で会うかもだけど・・・またな、佐伯」

 よし、言った!だけど・・・

 これ以上は無理だあああああああ〜!!

 彼女は何か言ったのかもしれない。だけどそんなの聞く余裕が俺にはゼロだった。

 俺はもう後は振り返らず、ダッシュで斜面を駆け上がる。それからドキドキと煩い心臓を無視して戻ったコートで、今度は違う意味で心臓が凍りそうになったのだ。

「・・・・う」

「あ、横内が戻りました」

 緊張した幸田の声が聞こえる。

 そこに整列するのはうちのクラブの2年生。前には顧問。そしてそれを気まずそうに見る1年生達。

 ・・・・あ、超やべ。

 顧問がこっちをちらりと見て言った。

「横内、どこでサボってた?早く並べ」

「・・・はい」

 ・・・・電車、会えないかも。

 俺は引きつり顔を何とか押さえて、コートの中へと入って行った。





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