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 ここ最近、雨ばかりだ。

 俺は自分の席で片手に顎をのっけたままで、ぼーっと窓の外を見る。

 しとしとしと・・・って音が聞こえるようだった。今日も雨が降っていて、しかも風向きがこっち方向らしく教室の窓にざかざかぶつかって流れていく。窓はまだら模様になって、景色など見えないほどだ。

 ・・・結構な雨だよな〜・・・これじゃまた部活はなしかな。

 雨でも勿論、筋トレや素振りなどは食堂前の屋根があるところでするのだ。だけどこの秋の長雨でず〜っとそんな部活動だったから、飽きてきている。

 ああ、青空の下でラケット振り回したい・・・。つかとりあえず、青空がみたい。梅雨より酷いだろこの雨。

 授業中にもかかわらずそんな態度で俺がぼーっと窓の外を眺めていると、隣の席から小さな声がした。

「横内君、せっかく起きてても余所見してちゃ怒られちゃうよ?」

 目を窓の外からずらして隣を見ると、やたらといい姿勢で教科書を開いている竹崎さんがこっちをみて微笑んでいた。背筋が真っ直ぐにのび、両足を揃えて座っている。・・・見本みたいな生徒だな。

「あ、うん」

 俺は小さくそう答えて肘を机の上から離して前を向く。

 廊下側の一番後ろの席、そこが担任が決めた俺の定位置だ。席替えがあればその隣は変わるけど、俺は決まってここ。だから自分の席から窓側を見ようと思うと、自然と後方からクラス中を見回すようになる。

 その視線の途中には、勿論隣の席の女子も入ってしまうわけで。

 はあ、と思わずため息を零した。



 実はこの間、席替えがあったのだ。

 いつもながらいきなりの担任の提案だった。もうお前らも飽きただろ〜、横内以外は席替えするか!って。面倒臭いのと今のポジション(後の方とか、窓側とか)から動きたくないクラスメイトはブーイングをしたけれど、そのほかは大歓迎で受け入れてしまった席替え。

 いつもは気にならないその行事も、今回ばかりは俺も参加したかった。

 だって、あの子と離れてしまうから。もしかして動けば、また近くになれるかもしれないから。

「先生、たまには俺も動きたいー」

 手を挙げて一応そういってみたけど、あっさりと却下されたのだ。

「確かに最近寝てないらしいけど、横内はダメだ。うーん、どうしても移動したいなら一番前の真ん中にくるか?」

 クラスメイトが笑う中担任が朗らかにそう言ったので、俺は仕方なくここでいいっすと答えた。

 ガタガタと教室中が移動を始める。俺以外は。

 一度何か言いたそうな顔で佐伯がこっちを見た、と思う。だけど俺が口を開く前に、彼女は机を動かし始めてしまったのだ。

 ああ〜・・・行ってしまう。

 あれ以来、あの土曜日の体育倉庫での衝突以来、話せてないのに。

 隣の席だしまたチャンスはあるって軽く思っていた。

 だけど何も話せないまま、もしかしてあの日俺のきつい言葉に傷付いただろうかって聞けないままに、彼女ははるか遠くの前の方、窓際の席へと移動してしまった。

 あーうー。何てこったい。ちょっとは仲良くなれたかも、話せるクラスメイトくらいには地位も向上したかもって思ってたけど、席替えで離れたらそんなのなかったことになりそうな予感がする。

 俺は凹んだわけだ。そして、次に俺の隣の席にきたのはうちのクラスでも男子にも女子にも人気(らしい)竹崎さんて女子だった。

 ほとんど教室におらずいても寝てばかりだった俺は、実は2学期も真ん中の今になってもクラスメイトのことをそんなに知らない。

 竹崎ナントカ(下の名前は知らない)。儚い印象のある、綺麗な子。茶色い髪も細くてにこっと白い歯をみせて笑うのがいいと、男子が話していたのを覚えている。だからきっと彼女の隣になりやがってと後で妬まれるだろうなあ、とは思っていたのだった。

 宜しくね、横内くん。

 そういって笑う竹崎さんは確かに可愛かったと思うけど、その時に凹んでいた俺はろくろく見てはいなかった。

 それで、いつでも視界に入るようになってしまったのだ。竹崎さんが。窓際にいる佐伯を見ようと無意識に俺の目は窓側を向く。すると隣の席の竹崎さんが視線を感じるらしく俺の方を向く。そして言うのだ。ちゃんと授業聞いてる?って。

 俺は慌てて前を向く。くそ、邪魔すんなよ、そんな気分で。監視されてると思うのはさすがに申し訳ないが、どうもそんな気分だ。竹崎さん、よかったらもうちょっと机そのものを後へ移動させてくんないかな〜・・・。

 で、今もね。窓の外をみていて注意されたわけなんだけど・・・。ああ、もう。

 もう一度ため息をついて教科書をパラパラとめくる。

 授業はまだ、終わりそうにない。



 そんなこんなで消化不良を起こしたような微妙な毎日だったけど、放課後に、ちょっとしたハプニングが起きたのだ。

「え、休み?」

 廊下で俺はそういって突っ立つ。

「そう。流石に毎日雨すぎて。先生が先に鬱陶しくなったらしい」

 幸田はそういって、まだしつこく降り続く外の雨を指差した。

 なんと顧問からの通達で、今日の部活は休みになったようだった。わお、そんなこともあるんだな〜。

 こんなこと滅多にないし、帰りどっか寄らないか?って誘う幸田にあっさりと手を振って、俺は廊下を走り出す。

 だってさっき見たのだ。

 校門を出る、佐伯の姿を。

 今から追いかけたら、間に合うかも――――――――――

 話しかけるチャンスもなくずるずると過ごしていて、ラケットも握れないとなればここらで一つくらい嬉しい楽しいことがあってもいいはずだ!

 俺はぐんぐんとスピードを上げながら、雨の外へと飛び出す。

 あの子はオレンジに青い花が散ったような傘をさしている。普段は静かで目立たないタイプなのに、傘は派手目なんだな〜って思ってたから覚えていた。

 もう駅までいっちゃったかな?だとしたらショックだ。

 だけど、校門を出てダッシュで山道を登った先に、そのカラフルな傘を発見した。俺は静かに距離を縮めて、ほどほどに近づいたところでスピードを落とす。この荒い呼吸をなんとかしなければ!クールにいきたいところなのだ、出来るだけ、何てことないって感じに。

 まだあの子は気がついてないみたいだ。なんだかぼーっとしたような感じで、重くて灰色をした雲が広がる空を傘の中から見上げている。

 俺はそっと近づく。すると――――――――――おっきい、すんげーおも〜い、ため息が聞こえた。

 聞いてしまった俺が思わず感想を口にだして言ってしまうくらいのが。

「・・・すげーため息」

 がばっと彼女が振り返った。その勢いに、傘から雨の滴が飛んで舞う。わお、そんなに驚かせたかな、俺がその考えを口の中でかき消している間、佐伯は目を大きく見開いて一歩下がる。

「よ、横内、君・・・」

 わたわたしていた。

「よく降るな、雨」

 反応が面白かったけど、そこには突っ込まずに普通に返す。すると彼女はちょっとテンションが上がったような感じで体ごと向き直ってくれた。

 それから横目で一瞬信号を確認して、これまた大きく目を開いて言う。

「あれ、クラブは?」

 ・・・まあ、そうくるよな。俺が普段、こんな時間に電車にのってることないんだし、それは知ってるんだろうな。そう思ったから説明した。続く雨で顧問がたまにはって休みにしたこと。

 普段はクラブがないなんて何のために学校に来てるんだか判らないって感じになるんだけど、でもここで佐伯に会えたのは嬉しかった。会えた、なんて、走ってきたんだけどさ、俺は。

「あ、そうなんだ」

 そういって佐伯が頷く。黒い髪が肩を滑っておちていく。俺はそれを無意識に見ていて、ぼんやりと心の中で考えた。・・・長いよな〜・・・。何か不思議だ。ちょっと触りたい、か、も・・・。

 ―――――――いやいやいや!!

 パッと目線をそらすと丁度信号が変わったところだった。慌てて声をかける。

「信号変わったぞ」

 それから歩き出す。前だけを見ろ、って自分に言い聞かせていた。

 彼女がどうするのかわからなかった。一緒に歩いてくれるのか、別々の行動になるのか。目的地である駅は同じだけど、このままで離れてしまう可能性だって大なのだ。

 だけど足音と気配からすると後ろをついてきてくれているようだって判って、ぐぐっと嬉しさがこみ上げてきたのが判った。

 ・・・うお〜、ちょっと待て俺!そんな性格だったっけ?っていうくらいに、テンションがあがりつつある。にやける口元をかみ締めることで耐えた。

 ここのところずっと話せてなかった気になるクラスメイト。席替えしてからもどうしても彼女へと向かう視線に、自分でもヤバイだろうって思っていた。だけど一緒に歩きたいがために一生懸命雨の中を走り、それから今のこのテンション。

 ずん、と何か重いものが自分の頭の上に落ちてきたかのようだった。

 例えば、この頭上にびっしり広がる灰色の雲が全部とか。

 つまりそんな感じがしたってだけなんだけど、とにかく何か重いものが。くらっとした気分だ。

 つまり。

 つまりつまり。それだけ緊張して後ろに集中してるってことで。

 ・・・・うわあ〜・・・こんなに意識するなんてよ。全く。

 一人で照れてるのを誤魔化すために、欠伸をした。ああ眠いって言葉まで出して。

 佐伯がそれに反応するとは思ってなかったけど、彼女は後ろから話しかけてきた。

「授業中寝てたんじゃないの?まだ眠い?」

 声に笑いが含まれているのを感じた。ちぇ、ちょっとからかいモードってやつかな、これ。俺はいたって自然な状態を装って言う。

「・・・最近、俺あんまり授業中に寝てないんだけど・・・」

「え?あ、そうなの?」

 俺の言葉に佐伯はちょっと考えるような間をあけて言った。

「隣の人起こしてくれてるから?今は誰だっけ、隣の席」

 その応えが残念過ぎて、躓くかと思った。

 ―――――――――違っげーよ。佐伯が気になるからだよ。

 心の中ですぐにそう反応してしまった。だけどまさかそんなこと言えやしない。だから仕方なく、俺はまた誤魔化した。ま、竹崎さんが起こしてくれるだろう事は事実だろうし。なんせ余所見してるだけで毎回声が飛んでくるんだ。

「それもあるけど。・・・なんか、寝れなくて」

 君を見てしまうから。そんなこと言えない。だけど事実はそう。今までつっぷして寝ていた俺の授業中は、今では窓際で前の方の席に座る元隣の席の子をどうしても目で追ってしまうから。

 佐伯はしばらく黙って歩いていたけれど、駅の改札口が見えてきた頃になっていきなり喋りだした。




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