・二人とも、染まる@
『もう1週間もYと話せてない!』
朝からそう書き込んで、あたしは電車の中でため息をついた。
朝の電車は混んでいる。それでも最終駅である学校の最寄の駅にいくまでの間には、ちゃんと呼吸が出来てこうやって生徒手帳に一行日記を書き込めるくらいには、空いてくるのだった。
11月に話した時には「最近寝てない」と横内は言っていたけど、また授業中は眠りん坊になっているようだった。前の方の席にいるあたしにはそれが先生の注意で判る。
こらー、横内、一回くらい起きろ!そう叫ぶ先生方の声が、また復活したのだ。
眠りん坊再び・・・。今の隣の竹崎さんにも慣れたのかな、とか考えたりした。
いずれにせよ、あたしは横内とは話せてない。彼は動いている時はほぼ一人ではないし、あたしはあまり動かない。すれ違いというよりも、接点がほとんどないのだった。
隣の席って・・・偉大な舞台設定だったんだなあ〜・・・。
ぼーっと朝の空を眺めた。
・・・ああ、今日は綺麗な青空。きっと夕焼けも見れるんだろう。
もうすぐで期末試験が始まってしまう。そうすると5日間ほどその地獄に耐えて、休みに突入するのだ。クリスマスもお正月も、勿論あたしは予定などない。今更サンタさんって年でもないし、今年もまた母親と二人で外食するのだろう。数少ない友達にはみーんな彼氏がいるし、高校生ではまだ家族で団欒するところも多いのだ。
うちは毎年、父親が不在のお正月には母親の実家へ帰るけど、今年はおじいちゃんが入院していて帰省はしないってお母さんが言っていた。だから家からは出ないし、寝正月決定だ。
うーん・・・・それってかなり暇だろーなー・・・・。正月。テレビも面白くないし。横内も見れないし・・・。ちぇ。
だからあまり気分が明るくなかったのだ。
あたしの気持ちや気分などにはお構いなしで、今日も空は青々として大きく広がり、駅前の大木たちも風に気持ち良さそうに揺れている。
あたしはマフラーを巻きなおしてしばらくそれを下から眺めた。
髪は短くなったけど、相変わらずあたしは友達も少ない地味な女子高生だ。
ぐっとクラスに溶け込んでるわけじゃないし、学校が楽しくって仕方ないなんてこともない。横内が隣じゃないから成績だって低空飛行で、大して目標もない学生なのだ。
だけど!無駄に力んで、前方を睨みつけてみた。
だけど、人を好きになったよ。
あたしが男の子を好きになったよー!
「・・・ま、上々だよねー」
優実が言うようには行動に出れないけど、それも仕方ない。だって性格ってものがある。あたしは自分で思っていたよりも小心者だったってことも判ったし。
気分を取り直して学校へ向かった。
あと二日で試験が始まってしまう。
だから、屋上で夕焼けがみれるのも、あと二日だけ――――――――――――――
冬で晴れている時は、すごく寒いって決まっているらしい。
「さっぶうううううううううううい!!」
もう濁音つけて言っちゃうぞ。
何この寒さ!そう思いながら、あたしは夕焼けに会いに屋上に上ったのだ。その日の放課後、いつものように。
今日は昼間も雲ひとつなかったから、きっと久しぶりで強烈な真正面からの夕日が見れるはず。そうしたら覚えておいてまた絵に描こうかな、そう思った。
来年の作品展では夕日を出す。そのために今あたしの記憶に焼き付けておかなくちゃ、って。どんな光や色なのか。線のぼやけ具合はどんな感じなのか。
だーけーど、夕焼けの前に、これ。
ポケットの中にいれたカイロを握り締めて、あたしはそーっと東よりのフェンスに近寄った。ここからだと中庭で練習する男子テニス部が見えるのだ。声も少しなら届く。だからお気に入りの場所。
「・・・あれ?」
そーっと覗き込んでから、あたしはガバッとフェンスに近づく。・・・あれ?あれれれ?いないじゃん、男テニ。
え?今日は中庭の日じゃなかったっけ?あたしは学校の外周に設置されているほうのテニスコートを見ようとして目をこらす。
だけどそこにも動いている人影はなかった。
えー・・・。今日部活なかったのかなあ・・・。
その割には、いつものようにさっさと教室を出てしまっていたけど。横内。誰よりも早いんだよね、教室出るの。
ガックリ。あたしは悲しく唇を尖らせて、仕方なしにフェンスに寄りかかる。
夕日が出てくるまでのお楽しみ時間だったのに。見れなかったな、練習・・・。
大して広くない屋上で、その時、ドアが音をたてて開くのに気がついた。
慌てて振り返ってドアを見詰める。え、まさか今日も理科部が実験するとか?そう思って、また更に気分が凹みそうになったところで、あたしは目を見開いた。
「あ、やっぱりいた」
そう言って屋上に出てきたのが横内だからだった。
「―――――――え!?」
出た声は小さかった。だけど驚いたことは彼には伝わったらしい。苦笑したような顔で、大きな鞄をもってこちらへ近づいてい来る。
「夕焼けウォッチ?俺も今日天気がいいから、また凄いのが見れるかなって思って」
「・・・あー・・・はい」
制服の上にコートをきて、彼もマフラーでぐるぐるまきになっている。相変わらず大きな鞄だったけど、ラケットケースが見当たらなかった。
「ええと・・・今日、部活は?」
あたしはポケットの中で拳をにぎりしめて聞いた。その時、あ、と思った。
・・・・横内、背が伸びてる。
前はもうちょっと下で会っていた視線が、今は見上げる形になってるって気がついたのだ。
うわあ〜・・・。
よいしょ、と鞄を床において、ほどほどの距離を開けて止まった横内が風景を眺めながら言った。
「顧問の急用やら部員のインフルエンザが重なって休み。しかし寒いな〜ここ!」
そうなんだ。あたしはつい嬉しくなって笑顔になる。わーい、ラッキーだ。クラブが休みになったのに、ここに来てくれるとは!
久しぶりに話す彼の背が伸びているとか、声がまっすぐあたしに向かってるとか、実は二人っきりではないか!という事実とか、色んなものがとても嬉しかった。
「こんな寒いのに、平気なの、佐伯は?」
ちらっとだけあたしを見て、横内がそういった。あたしはポケットからカイロを出して振ってみせる。
「手袋にカイロも準備してくるので。それに購買で温かい飲み物も!顔が寒くて痛いけどね〜」
「ああ、風が当たるとこは痛いよな、やっぱ」
「うん。厳しい風だよね、真冬のさ」
ニコニコと答えてしまう。さっきまでは確かに凍えるような気持ちだった。だけどもう大丈夫。今のあたしは、全身でぽっかぽかだ!
寒い寒いと数回言ってから、横内はぶるっと体を震わせる。ポケットの中のカイロ、貸そうか?そう言いたかったけど、勇気のないあたしの口から言葉は出なかった。
これ、あったかいよ。使う?よかったら。・・・そう言いたい。ううー、どうしてこんなに難しいのよ!もごもごと口の中で言葉を転がして、あたしはしかめっ面をした。
その時、マフラーに半分ほど顔を埋めて、横内がぼそっと言った。
「・・・よく来てるよな、ここに。下からいつも見てた」
――――――――――――へっ!?
言葉の意味を理解して、それと同時にあたしの体は凝固する。・・・見てた。見てた!?って下からって、えええー、まさか気づかれてた!?
「えっと・・・その、夕日が・・・」
「うん。そんな話したの俺だから、来てるかなーって見上げてたんだ。そしたら結構な確率でいるからさ、寒くないのかなって思ってた」
うわー、うわー、うわあああああー!!
一気に顔が熱くなったのが判った。ばれてたんだ、ここにいるのが。それも、見られてたんだ!こっそり覗き見してたつもりだったのに!
うぎゃあ、それって恥かしい〜!へ、変な顔とかしてなかったでしょうか・・・鼻かんだりとか、欠伸とか。ううう・・・。
「・・・さ、寒いのは大丈夫、だった、けど」
言葉がうまく喉から出てこない。ダラダラと冷や汗をかいたような状態で、あたしは無意識にフェンスを握り締めていた。
「ここで何みてんだ?長い時間、いつも」
「えっ!?いやあ、あの・・・だから、空とか」
それに君とか君とか君とか。
「ら、来年のね、絵画展にはね、そのー、夕焼け空をって」
心の中の声を消して、わたわたと何とかそう続ける。君を見てました、なんて言葉、いえるくらいならカイロを貸せている。
ああ、そっか。そう言って横内が納得したように頷く。
その時、ぼんやりと周囲が明るくなってきたのに気がついた。
「夕日になるな」
横内の小さな声がした。
さっきまでは確かにお昼の太陽の明るさがあったのに、いつの間にやらお日様は赤くそまりつつある。空が全体的にピンク色を帯びて、キラキラと光線のようなものが出ているようだった。
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