・A
このまま待っていれば。
世界は皆同じ色に染まるんだな。
そう例えば、どこにいても空は繋がっている。
世界中のどこにいても、空と海は繋がっていく。その時々で表情も違うし、泣いていたり笑っていたりするのだろうけど。雨でも嵐でも晴天でも雪でも曇りでも、空は、繋がっている。
あたしが描く空も―――――――――――横内が見惚れた青空も、同じ場所に存在しているんだ。
何だかハッとした。
急にそれを思いついたのだ。
彼が言っていた、ラケットでボールを打っている時につい見てしまう空も。
あたしが描いていた、紅葉の向こうに映える青空も。
同じだ。
同じなんだ。
今までのいつか、この学校の中で、場所が違ってもみていたものが同じ。
ぶわっとトリハダが立ったのが判った。
・・・繋がってた、ちゃんと。
ゆっくりと紅色が混じりだして、真正面からは見れなくなってくる。眩しくて目を細めた。ちゃんと見たいけど、目がつぶれそう〜・・・。
「・・・行きたいなって思ってた」
「え?」
横内の小さな声が聞こえて、あたしは横を向く。
人二人分の距離を空けて、同じようにフェンスに寄りかかった横内の顔は、マフラーでほとんどみえない。出ているのは目のとこと、耳だけ。
その目は細められながらも、真っ直ぐ夕焼けに向けられている。
「隣に行きたいなって」
佐伯の、隣に。そう呟く彼の声が、吹き荒れる風にも負けずに確かにあたしの鼓膜を揺らした。
・・・・・・・・・待って。
待って待って、ちょっと待って。今この人、何て言った?ええ?いやいやいや、聞こえたよね、あたし?ちゃんと、ちゃんと。
茜色に染まりだした世界の中、あたしの喉は乾燥してからっから。このままだと風邪ひいちゃうよ。体は十分あたたかいけど、でも!
「あの・・・」
「――――――――」
どうしていいのか判らない。あたしは彼から目を離せないままで、ぐんぐん上昇していく体温を感じていた。
折角の雄大な光景も、自然の素晴らしさをもってしても、今はこの男の子から目を離せない。だってだって――――――――・・・
あたしはもう、全身でまっかっかだったはず。だけどそれは横内も同じだとわかった。だってマフラーから出ている彼の耳、あれは夕焼けのせいだけじゃない・・・。
コホン、と小さな咳が聞こえて、あたしの方を見ないままで横内が言った。
「そういうわけ、だから・・・俺、そのー・・・」
「うん」
「・・・」
「・・・」
「うわー、マジでこれって・・・恥かしいもんだな」
「えーっと・・・うん」
これ以上は無理だ、そんな声が聞こえて来そうだった。だけどそれはあたしも同じ。すでに容量マックスのいっぱいいっぱいで、気持ちが溢れかえりそうだった。
同じように染まる。
君もあたしも、この世界と同じようにまっかっかだ。
「一緒に帰ろっか・・・」
それに頷くので、精一杯だった。
うーん、どうしよう・・・・・。
もう滅茶苦茶、好きだ、横内が。
そんなこと、恥かしすぎて日記にもかけないけど。
その日の帰り、電車の中で。
携帯情報を交換した。
何だかとても緊張して指が震え、あたしはうまく赤外線が操作できなくてまた横内に笑われる。
でもいいのだ。
嬉しかったから。
いいんだよ、全然、ぜんぜーんいいのだ!
交換したばかりのその情報を使って、横内がトロトロになる言葉をくれたのは深夜1時23分。
自動販売機くらいしか光ってない黒い夜の世界の中、あたしの家の、あたしの部屋の、あたしのベッドの中だけは春の昼間みたいにふんわりと柔らかくて暖かい、そして明るい空気に満ちていた。
『俺とつきあってくれる?』
声にならない絶叫を上げて布団の中でのた打ち回ること10分。
センスの良い言葉の返信を、と考えて3分。
ダメダメ、ここはそんなこと考えている場合じゃない、と自分を叱ること2分。
何度も何度も読み返して散々ニヤニヤした時間は、隣の部屋で寝る母親の朝の目覚まし時計が鳴るまで。
あたしは結局、午前4時2分、こう返信した。
『ありがとう。どうぞよろしく』
『何と、Yが彼氏になった!』
一行日記にそう書いて、朝の電車の中、あたしは一人でニヤニヤと笑う。
ここ数日、結構な興奮状態だったあたしは、何と一行日記をかくことすら忘れていたのだった。それだけ人生ひゃっほー状態にいたってこと。
横内がああ言ってくれたあと、学校はすぐに期末テストに突入した。お互いに照れまくって教室では相変わらず話せなかったけど、テスト後の図書室に彼が誘ってくれたので、実は二人で勉強していたのだった。
興奮するでしょ?するとこなんです、これは事件だ!
だってあたしが男子と二人で勉強してんだよ!マジで事件だ!
その結果、最初は頭に血がのぼって勉強どころじゃないよ〜!なんて思っていたあたしは、横内が意外にもスパルタだと知って驚く羽目になった。
・・・意外、ではないのか?だって彼は運動部だしな。根性はそりゃあ、あたしよりは元からあるのか。それに、顧問が勉強には厳しいって言っていたし。朝錬昼練夕練にしっかりと出て土日祝日も部活に励む高校生は、勉強すると決めた時間に必死でやらないと両立できないのかもしれない。
とにかく、彼はガンガン勉強していた。照れたり妄想したりしているあたしのシャーペンの音が止まったならば、横内は容赦なく突っ込みをいれてくるのだ。
もう終わった?とか。
で、ほとんど何も進んでないあたしの問題集をみて、苦笑する。それから何と、時間中にこれできなかったらバツゲームな、とか言い出したのだ!
「ええー!?」
[ 17/18 ]
←|→
[目次へ]
[しおりを挟む]