・11月の学生達@



 1、まずは対象物をよく見ましょう

 2、それから鉛筆を軽くもって

 3、紙の上に対象物を描いていきます

 4、見たとおりの線を繋げて、影をつけていきましょう


「・・・何、これ」

 あたしの呟きに、隣のヒカリちゃんがケラケラと明るく笑う。

「せんせーが配った写生の仕方ですって。あははは、ですよね。こんなの今更配るってあたりがなんだかな〜」

「ほんとよね、マジで、今更?だ」

 あたしは苦笑してプリントを後ろへと放り投げる。

 ここは校庭の隅っこ。運動場や中庭や校舎や、つまり学校の全貌が見渡せる斜面になった草原。グランドのフェンス越しに野球部とサッカー部の練習風景が見えている。フェンスの近くにはタオルや飲み物をもった女の子が数人いて時折歓声をあげては笑っていた。

 それぞれのクラブのマネージャー達は汗だくになって土まみれになってボールの出し入れやカートを引いたりしているから、注意も何もする気配はない。

 結構うるさいな。・・・うーん、あれが優実が言っていたファンというやつか。

 あたしは草の上に座って足を放り出したままでそんなことを思っていた。


 11月に入って実力テストが終わった辺りで、いきなり美術部顧問が部室へきて言ったのだ。

 今月は写生月間よ〜!!って。にこにこと笑顔全開で。

「・・・・せんせー、どうしたんですか、いきなり」

 皆はぽかんとして顧問を見上げていた。

 短縮授業で時間もまだ早く、それぞれにジュースやお菓子をもっていて、気楽にしているところの襲撃だった。折角今は文化祭までに各自が作品をいくつか作ればいいって時期だから、部室でダラダラと放課後を過ごしていたのに。

 いきなり戸を開けて、普段はいない顧問が突撃してきて写生をしましょうって言ったのだった。

 そりゃあ皆驚くってもんで。

 部長の杉田さんが、代表で質問する。

 何ですか、せんせー。って。

 当然だ。皆全くその気はないのだから。

 先生は腰に手をあてて明るい笑顔で言ったのだ。

「文化祭の作品を作るだけじゃ暇でしょ?美術部なんだから、たまには美術部らしいことをしようかなって思って」

 途端にアチコチからブーイングが上がる。えー、とか、いやだ〜、とか。

 すると先生は口をぐっと結んで、仕方ないわね、と呟いてから言った。

「正直に言うとね、この部室を空けて欲しいのよ、数日。1年生の水彩画を仕舞う場所がないって相談を受けてね。だから、あなた達は外へでて写生をしてほしいの。ほら、今くらいなら暑くもなく寒くもないでしょ?」

 11月は普通寒いでしょう!!ってやっぱり盛大なブーイングが起きたけど、つべこべ言わない!って顧問命令で決定されてしまったのだった。

 それであたし達はそれぞれが鉛筆と紙をもって学校中に散っているというわけ。あたしは太陽が暖かくて空が見えるからって理由で外を選んだら、サッカー部にお目当ての男子がいるらしいヒカリちゃんがついてきたのだ。


 二人で斜面になった草地に腰を下ろしていたら、太陽はぽかぽかとあたたかくて気持ちがいい。

 そんなわけで、あたし達は写生もせずにおしゃべりをしていたのだ。

「ヒカリちゃんは好きな男の子がいるの、サッカー部に?」

 あたしの問いに、彼女はやだ〜!と笑う。

「好きな男子っていうか、彼氏です!夏前から付き合ってるんですよ〜!」

「・・・・・・へえ」

 そうですか。すごいね、1年生。心の中で呟いて、あたしは彼女が校庭の端で小さく見える男子を指差して説明しているのを聞いていた。

「サッカー部って人気があるんでしょ?ファンの子達もいるみたいだし、心配とかなるの、やっぱり?」

 好奇心からそうきくと、彼女はいえいえと手を振った。

「あそこにいるのは殆どが野球部のファンですよ!ほら2年7組の磯辺先輩の追っかけです。優実先輩も格好いいって言ってましたけど、あの人マジで格好いいですよね〜!あ、サッカー部にもファンはいるみたいですけど、一応ね、でも私の彼氏はもてるタイプじゃないんでその点安心」

「ふうん」

 7組の磯部・・・うん、確かに優実からその名前は聞いたことがあるような気がする。

 だけど結構な学生数がいるこの高校で、同学年とはいえ2組のあたしが7組の男子の顔を判別できることなんて、きっと卒業するまで無理だろうって思った。

 ヒカリちゃんが指差して教えてくれた野球部の磯部君とやらは、キャップで顔まではよく判らなかったけれど、すらりと背の高い体つきの良さげな男子だった。

 あれでイケメンだったら確かにもてるだろうなあ、というような。うーん、顔も見てみたい。だけどここからでは無理だよね。

 並んで両手を広げ、腰を捻りながら走って行く野球部をじっと見ていたら、隣からヒカリちゃんの声が飛んできた。

「佐伯先輩はお目当ての男子とかいないんですか?」

 ぐふっ・・・。いきなりだったので噴出しかけて、必死でそれを飲み込んだ。

「・・・いや、別に。ここは温かいかなって思って選んだだけ」

 そうですかー!と明るい返事が聞こえてほっとする。別に内緒にしなければならないことはないのだけど、ちゃっかり下心があったあたしは恥かしかったのだ。

 それで嘘をついてしまった。

 ちらりと斜め上を見上げる。

 そこは、軟式テニス部が使うコートがあった。

 あたしは軟式テニス部だけが使っているのだと思っていたけど、優実からの情報で、隔週ごとに硬式テニス部と中庭コートと入れ替えしているって知ったのだ。

 そして今日あのコートを使っているのは、男子硬式テニス部と女子硬式テニス部。

 ・・・折角部活に出たんだし、横内の練習が見られるかな、って期待したのだった。

 だけど残念、ここは斜面でコートより下にあるので、背伸びしたってテニスコートの中の練習風景はみることが出来ない。・・・ああ、詰めが甘いわあたし。

 そんなわけで、横内を盗み見ることも出来ないし太陽はあたたかいしで草原に寝転んでしまったのだった。

 学校の周囲に植えてある桜の木の葉っぱが風に揺れている。その下に寝転ぶあたし達の視界は光と影がちらちらと揺れ動く。

「・・・はあー。あったかーい・・・」

「本当ですねえ。眠くなっちゃうなあ・・・」

 二人でごろごろと寝転んでいた。草の匂いがして、グランドで練習する色んな運動部の声が聞こえてくる。風の音、それから――――――――――――草を踏みしめる足音。

「・・・何でこんなところで寝てるんだ?」

 それに、横内の声。

 ・・・・・うん?

「えっ!?」

 あたしはがばっと起き上がった。

 勢いよく上半身を起こして身を捻って振り返る。そこには、キャップを被っていつものジャージを着た噂の人、横内が立っていた。

 ――――――――うひゃあああああ〜!!

「よ、横・・・うち、くん」

 あたしがワタワタとそういうのに、彼はキョロキョロと視線を下の方へ彷徨わせる。

「あ、ボールならあそこですよ〜」

 隣からヒカリちゃんの声がして、それに横内が頷き、下へと駆け下りていく。

 ・・・・ああ、ボールが転がってしまったのを取りにきたのか。・・・び、びびびびビックリした〜!

 ドキドキする胸に手をあてていたら、隣からヒカリちゃんが覗き込んで言った。

「せんぱーい、お友達ですか?」

「へっ!?い、いやいや、ええと、クラスメイトで・・・」

「・・・ははあ!」

 あたしがまだ全部言い終わらないうちに、何故か納得したらしい後輩は大きな笑顔で言った。

「お邪魔虫ですよね!あたしは消えますから〜」

 って。

「え・・・え!?ちょっと?」

 まだ草に座ったままで両手をバタバタと動かすあたしを置き去りにして、ヒカリちゃんはあっさりと校舎の方へ走っていってしまう。

 えええええええ〜っ!!?ヒカリちゃーん!お、お邪魔虫って・・・まだ何も言ってないのに、もしかして、バレた??

 一人で取り残されたあたしが呆然としていると、ボールを見つけたらしい横内が斜面を上がってきた。

「ここで寝てたら寒くないか?」

「えっ!?」

 まだ混乱中のあたしはすぐに答えることが出来ず、草の斜面を上がりながらこっちを見る横内に過剰な反応をしてしまう。



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