3、自分を殺さずに済む相手@


 お盆休み、最後の二日間は、実家への里帰りだった。

 とは行っても今年はすでに先月祖父の誕生日祝いで一度帰っている。ダンつきで。だから、私としては普段よりも「自分の世界から抜け出す面倒臭さ」は感じなかったし、それに今回は煩い親戚一同はいないのだ。

 だから、そんなに足取りは重くなかった。

 休みに入ってからダンと同居生活を何となくやっていて、キスまでされちゃうという驚きモモの木山椒の木があったけれど、それからのダンはあの色気はあっさりと消してしまっていたって普通に接していたから、私は何だか狐につままれたような気がしていたのだ。

 ・・・な〜んだよ、おめえ、試しただけかよ。みたいに。面白くない、という感想も、頑張って書き消したけれども確かに心の中にはあった・・・かも。

 男と(といっても人間じゃないが)暮らし、男と(といっても人間じゃないんだけど)キスをした。それは考えれば考えるほど頭がこんがらがるような出来事なので、もう考えることをやめたかったのだ。

 それには現実的になるのが一番いい。

 だから、実家に帰るのも悪くないかもって思っていた。

 実家とは、ファンタジーなどは一切の関係がない、ものすご〜く現実的な場所であるからだ。

「睦、お帰り」

 やはり親戚がいないからプレッシャーから解放されているらしい母親が、先月には見られなかった笑顔での出迎えをしてくれた。

「はいただいま」

 私は玄関の片隅に荷物を置いて、暑いわね、と持参した団扇で風を送る。その時母親が、あら、と言った。

「ん?」

 顔を見るとちょっとハッとしたような表情。何よ、何かついてる?

 私は怪訝な顔を作って母親を見返した。

「お母さん?どうかした?」

「いえ・・・あの」

 珍しく母親が口ごもっている。何だ、一体何があったというのだ。私はいよいよ不気味に思って体を引いた。

「睦、元気そうね。いつもとちょっと違うから・・・なんていうのか、ほら、体が軽そうっていうか」

「え、そう?特に変わらないと思うけど」

 相変わらずここには出来たら来たくないわけだから、顔色だって冴えないだろうし。相変わらず運動不足だし。私は玄関間の壁にかけられた大きな鏡をマジマジと見る。・・・いつもの私よ、別に、変わってない。

「明るくなったっていうか・・・?まあいいわ、ほら、上がりなさいよ」

 最後には母親は苦笑して、そう切り上げた。

「お前の母親も、前と違って明るいよな〜」

 ダンがそう言いながらふわふわと部屋の中へ入っていく。やつは既に勝手知ったる他人の家ばりに、自由に私の実家を浮遊していた。

 私はちょっと不思議な気分のままで家へと入る。会ったばかりの母親の反応が解せなかったからだ。一体何なのよ?そう思っていた。

 判らないって気持ち悪いわ、って。

 ただし、この時の母親の微妙な言い方を、後で会ったうちの兄貴はもっとズバリと言い切ったのだった。

 相変わらず残業で忙しいらしい兄貴は、それでも盆休みはあったらしい。まあ外資系なので盆休みというか、分散した連休というわけだけれど。やつは先月よりは確実にまともな目をして(つまり疲れきってないってことで)私をじろじろと見た後、視線をそらしてからこう言ったのだ。

「何だお前、やたらと色気振りまいてるな。男でも出来たか?」

「え」

 私は驚きのあまり固まった。それと同時に同じ部屋のテーブルについていた父親が、新聞をカサカサさせる音が止まり、台所で母親が立てる包丁の音が止んだ。

「・・・え?」

 私は仰天したが為に見開いた瞳で兄貴を見詰める。

 相変わらずの音楽オタクらしい兄貴はそそくさとヘッドフォンを頭に装着しながら、こちらを見もせずにダラダラと言葉を流す。

「先月よりも明るい。それに、何だか色っぽい。つまり、男が出来たのかと思ったんだが」

 母親の顔が半分だけ、台所の仕切りから覗いた。そして、同じく父親の顔も半分だけが新聞のふちから。

 私はしばらく唖然として口を開けっ放しで固まってしまう。

 ・・・・・色・気ーっ!!!!?って、この私がかい!?

 嘘でしょ、一体私のどこから!?是非その場所を詳しく教えてくれ。つか、つーか、本当に本当なのバカ兄貴!?

 言葉にならないままで、私は驚きの表情を固定していた。それは、何だって〜?!という意思表示だったのだけれども、何と不幸なことに、その場にいた家族はそうとらなかったようだった。

「む、む、睦〜!」

 バタバタと荒い足音がして母親がすっとんできた。何と、手には包丁を持ったままで。

「そうなのっ!?そうなのね、むっちゃん!!彼氏が出来たの?それとも好きな人が?」

「は?いや――――――」

 怖いわよ、お母さん!私は冷や汗をかきながら家族の勘違いの訂正を試みる。だけどその声に被せるように、今度は父親が大声で言った。

「ああ〜、お父さん本当に安心したぞ。今晩はうまい酒が飲めるな、いやいや、睦、良かったなあ〜」

「へ?だから、ちょっと――――――」

 にやりと不気味に笑った兄貴まで、横目でこっちを見ながらダラダラと続ける。

「ま、良かったな。これで我が家初の嫁だしが出来るかもしれないんなら、親戚も黙るだろうし。俺もその点でかなり嬉しい」

「ちがっ・・・」

 ちょっと待って〜!!

 今や冷や汗をダラダラかきながら、私は急いで両手をバタバタと振り回す。だって、そりゃあ人間じゃない男とは同居しているけれども、それで色気が出るなんてことはないだろうって思ったからだ。

 まさかまさか、そんな!なら、私の色気が出た(らしい)原因は、やっぱり私も女だったんだなあ!と気付かせるに至った小暮の告白か!?

 ここで焦りまくった私は失言をしてしまったのだった。

 絡む舌で、かなりの期待に満ちた顔で娘を覗き込む両親のキラキラした瞳をみていたら、つい口が滑ったというか。

 仰け反って壁に背中をつきながら、私は叫んでいた。

「や、まだ付き合おうって言われただけで、返事もしてないから!」

 両親の目が更に見開かれた。

「おおおーっ!!!」


 ・・・あ、しまった。


 そうなの、お付き合いを申し込まれたのね〜!!それは素晴らしいわ!とはしゃいだ声を出す母親と、照れながらも嬉しそうに笑って新聞を畳む父親、既に興味を失ったように音楽の世界へと没頭する兄貴を視界の中に捉えて、私は全身の力が抜けていくのを感じた。

 ・・・・あああああ・・・・。

 ふわふわと天井近くを浮かびながらその全てを見ていた神が、にやりと笑ったのにも気がつかなかった。

 勿論、想像はつくと思いますが。

 その夜の食事時には、家族揃って私の「明るい未来」の話で持ちきりだったのだ。私は何度かお箸を折りそうになりながら、必死で母親の追撃をかわしていた。

 その方、一度お食事にでもお呼びしたら?などと言うのだ!

「どうして付き合ってもいない同僚を実家の食事に呼ぶ必要があるのよ!?」

 いい加減頭にきてそういう私に、既にお目目一杯にハートマークを浮かべて母親は言う。

「だってこんなにどうしようもない娘を女性として気に入ってくれる素晴らしい人なのよ!食事でもてなすくらいのことをしなくっちゃ、申し訳なくて!」

 ・・・あっそ。

 上機嫌の父親は私のコップにがばがばとビールを注ぎ、兄貴は食べるだけ食べたらさっさと居間へ移動して愛用の雑誌を寝転んで読んでいる。その兄貴に寄り添うようにして、ダンが同じように寝そべって雑誌を読んでいるのにはちょっと笑えたけれど、小暮の事を口滑らせてしまった後悔にさいなまれていた私はただただ帰りたかった。

 だけど、今日は実家で泊まりなのだった。

 毎年盆暮れはそうしているから、今日に限ってやっぱり帰るなどと言っても両親は許可しないだろう。

 私は重いため息をついて、祖父母の部屋へ逃げ込む。

 最近は横になっていることが多くなった祖父母はご飯も早いので、夕方の6時には自室へ切り上げていたのだった。

「おじいちゃんおばあちゃん、ちょっとお邪魔するね。匿って頂戴」

「あら、睦ちゃん」

 おばあちゃんが柔らかく微笑む。

 幼少時、両親が共働きだったので、私と兄貴の面倒を引き受けていたのはこの父方の祖母だ。故に未だに、祖母には頭が上がらずに、祖母の前にくると自分が小学生の頃の自分に戻ってしまうような気がする。

「何だか賑やかだったわねえ。何かいいことがあったの?」

 寝巻きに着替えてテレビを見ていたらしい祖母が、リモコンで画面を消してからそう聞いた。




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