B
整えてない黒髪の頭を傾けて正輝が不思議そうに聞くのにハッと意識が戻り、慌てて背中を向けて照れ隠しにベラベラと喋る。
「こっ・・・コーヒー淹れといたから飲んでおいてね。服は乾燥機に入れるから、乾くまでしばらくそのままでいて。じゃあ私入ってくる!」
そしてまた無駄にバタバタと浴室まで走る。
ドアを後ろ手にしめて背中をつき、はあ〜っとため息をついた。
・・・・ああ、やばかった。あんまりにレアすぎて、凝視してしまった。
いつもの爽やかなスーツ姿でなく、はたまたベロベロに酔っ払って潰れたどうしようもない姿でもなく、プライベートな、風呂上りなんていう物凄くプライベートな格好を見てしまって頭に血が上がってしまった。
ダメダメ。落ち着け、私。あっさりとそのままやつの裸まで想像してしまった自分をきつく戒める。それは浴室の壁に頭を打ち付けることでパスした。
取り合えず体を温めないと風邪を引いてしまう。痛む額を手で押さえて体を動かした。
深呼吸をして、正輝の服を洗濯機に突っ込み、洗濯のち乾燥コースでセットして、お風呂場に突入する。
シャワーをダイナミックに被りながら、頭の中ではさっきの正輝がちらつく。
私にはぶかぶかのTシャツが、ぴったりだった・・・。整えてない髪があんなにぐっとくるものだとは知らなかった・・・。無防備な表情で・・・。お湯であたたまって上気した顔。なんて・・・ラブリーな・・・。
ダメだったらー!!!
石鹸で頭をはたく。その勢いで浴室でも滑って転びそうになり、一人で暴れていた。
何なのよ、今晩は!こんなに同じ方法で命かけることないってーの!いい加減落ち着けよ、私!!
もうほとんど残ってなんかなかったけど、化粧をちゃんと落として全身洗い、やっと体が温まって浴室から出た。
・・・・ああ。お腹空いて、水の攻撃ばっかで、もうフラフラじゃん。一人で暴れすぎて、それも疲れた・・・。マジで不毛な女かも、私。
タオルで拭いて化粧水だけつけて、また部屋着を着てから今度は動揺しないようにと覚悟を決め、ゆっくりと居間に戻る。
正輝はテレビをつけて、ソファーに座っていた。
「・・・・コーヒー飲んだ?」
声をかけつつ台所に入ったら、おう、ありがとう、と返答が帰ってきた。照れくさいからシンクで立ったままコーヒーを飲んでいると、テレビを消して正輝がやってきた。
「腹減ってるだろ?勝手にご飯頼んだけど」
手にはピザ屋のチラシを持っていた。
「・・・助かる。今日お昼もちゃんと取れてなかったから、実は餓死寸前で」
有難さについいつもの調子で答えてしまった。思わずほころんだ笑顔つきで。
正輝はホッとしたように頷いた。
「30分だって。もうあと15分ほどだけど」
「洗濯と乾くのに、そのくらいかかるから丁度いいね」
どうせ会話をするなら狭い台所である必要はないしな、と、肩の力を抜いて私は居間へいく。後ろから正輝がついてきた。
そして、呆れたような口調で私に言った。
「お前ドライヤーしてないの?髪短くしたからって、それじゃあ風邪引くぞ」
え?と思ってる間に洗面所からドライヤーを持ってきた正輝が、ほれ、座れ、とソファーを指差す。
「え、いいよ。自分でやるし」
「まあまあ、俺うまいんだぜ。実家の犬のドライヤーは俺担当だったんだ」
犬か、私は。
友達かペットかよ。ムカついたけど、もうお腹が減りすぎたのと水の攻撃とに疲れていたので、言い争いは避けて、横向きにソファーの上であぐらをかいた。
よしよし、といいながら、正輝が後ろに座ってドライヤーのスイッチを入れる。
適度な距離でドライヤーを動かして私の短くなった髪を乾かし始めた。確かに、上手い。熱さを感じることもなく、指で髪をすいてくれるのは心地よかった。
お腹空いてなかったら寝てるかも、と思うくらいに。
俯き加減にして、黙ってされるがままにしていたら、後ろでうーん・・と正輝の唸りが聞こえた。
「・・・何?」
心地よさにぼーっとしながら、私は聞く。
すると暫くの間をあけて、正輝の低い声が聞こえた。
「・・・いや、何でも」
何なんだよ、気になるけど追求するのも面倒臭いしな。
うなじの辺りを正輝の指が触れる。私はぼーっとしながらその感触を楽しんでいた。
「・・・はあ〜・・・・気持ちいい・・・」
つい、声が漏れる。
大事にされてるペットってのは毎日こんなことされてんだろうか・・・。ならもうこのさい、ペットでもいいっす。そんくらい気持ちよかった。
「・・・終わり」
ドライヤーのスイッチを切って、正輝がぼそっと言った。
私はうーんとそのままで伸びをして、御礼を言う。
「ありがと。本当に上手かった、びっくりー」
振り返ると、微妙な表情の正輝が私を見ていた。
「うん?」
「・・・・いや、何でも」
また同じ返答をして、目を逸らし、ドライヤーをなおしに立ち上がった。
何だ、あいつ。言いたいことがあるなら言えっつーの。私はソファーの上で、気持ち悪さに膨れる。
手持ち無沙汰になったから、テーブルの支度でもしようと動き出したら、ちょうどインターフォンが来客を告げた。
この豪雨の中、立派にピザ屋がご飯を運んできてくれたのだ。素晴らしい。
わーい、と喜んでいたら、洗面所から戻ってきた正輝が財布を手にして玄関に向かった。
いい匂いが玄関から漂ってくる。
風呂上りの状態で人前に出るのがいやだったので、私は居間で待機していた。
あああ〜・・・もう、本当に空腹。早く早く!
素敵な素敵なピザを持って、正輝が笑顔と共に登場した。その光景だけで、色んな要素が組み合わさって、もう一回惚れるかと思った。
・・・危ない危ない。思わず片手で額を叩く。落ち着くんだ、私。
「いただきまーす!」
向かい合わせになって座り、二人で勢いよくピザを食べだした。美味しい!と同時に声を上げる。
「うわあ〜美味しい!何かピザ、ひさしぶり。一人じゃ頼まないもん」
私が言うと、正輝が頷いた。
「そうだよな。俺も彼女と別れてから食べてない。そう言えば」
・・・・・くそう。聞きたくなかったぜ、そんな台詞は。
テレビをつけ、そのバラエティ番組でまた笑いながらご飯を食べる。お風呂で温まり空腹も満たされて、幸せな気分になっていた。
やっぱり動物だわ。空腹だとムカつくことも満腹だと許せることってたくさんある。
「ビール、飲む?」
気分がよくなってそう聞いたら、正輝がまたあの微妙な顔で私を見た。
「あん?」
首を傾げる私に、うーん・・・と煮え切らない態度で唸り、指をティッシュで拭いて立ち上がった。
「・・・いや、俺お茶でいい。取ってくる」
台所でお茶をつぎ、私にビールを運んでくる。
「・・・ありがと」
取り合えず受け取って御礼を言う。・・・・何だこいつ。いきなりのノリの悪さじゃない?せっかくこっちが打ち解け態度で接してるのに。
「もう服終わったかな」
ぼそりと正輝が言うから、時計を見て頷いた。
「終わってると思うよ。着る?皺だらけだと思うけど・・・」
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