A


「優先順位って言葉があるの、知ってるか?」

 くらりと来そうになった。・・・・これよね。何だかんだと言って、いつも正輝が惚れた女を彼女に出来た理由は。

 フェイントで、真っ直ぐくる言葉に揺れるんだ。

「・・・そういうのは好きな女に言う台詞じゃないの?まだ新しい恋は見つからないわけ?」

 視線をそらしてそれだけ言った。目を見てなんか、絶対いえない。

 雨音がザーザーうるさくて、言葉が届かないからつい近寄る。湿った空気で髪の毛が額にひっつくのが不快だった。

「そういえば、無いな、最近。いいなって思うような女の子」

 どうでもよさそうに言うなっつーの。こっちは死活問題なんだよ。イライラと頭の中で突っ込む。

「お願いだから、さっさと新しい恋愛してちょうだい。そして私を放っておいて」

 私が放り投げるようにそう言うと、隣から飛んで来るのがむすっとした声に変わった。

「お前なしで、安心して恋愛なんて出来ない」

「は!?」

 私は思わずヤツを振り返って凝視する。もうガン見だ、ガン見。・・・何だって?今、この男、なんて言った?

「支えてくれるのに甘えてたらダメなのは判ってるんだ。でも、大きいんだよ。後ろで翔子が居て――――」

「はああ!??」

 ふーざーけーんーなああああ〜!!!

 大爆発だ。もう、ムカついたぞ〜!!頭の中のイメージは火山の爆発。真っ赤なマグマがドロドロと襲い掛かる映像だった。

 手で鞄をきつくきつく握り締めた。

「私はあんたのママじゃないわよ!!」

 風で吹き込んでくる雨を傘でよけながら、私の剣幕に正輝は大げさにのけぞった。

「勿論だ。そんな事思ってない。翔子は俺の大事な―――――」

「「友達」」

 またハモってやったぜ、と。

 ちっとも向上しない地位にイライラする。だから手放したのに。一生懸命逃げてるのに。何で何で何で―――――――

 私の殺意が宿っているだろう瞳を見て多少たじろいだようだが、正輝は果敢にもまだ続けた。

「不安なんだ!翔子に会えないかと思うと会いたくなるし――――」

「・・・それを歴代の元カノに言って、復縁を願ったらどうなのよ?毎回振られてあっさり諦めてないで」

 ヤツはポカンとした顔をした。

 全く、ちぃーっとも、そんな事考えてませんでした、てマヌケ面が語っていた。

 くそう、イライラする。私は雨が叩きつけるコンクリートを睨みつけた。

「話になりゃしないわ。私が今言ったことを今度の恋愛では実行して頂戴。以上、話は終わり!これ以上私はあんたの面倒を見切れない――――」

「好きな男がいるのか?」

 遮られた。その、正輝の真剣な声に、思わず目を合わせてしまった。

 いそいで逸らして下を向き、ぼそりと呟く。

「―――――――いる」

 告白しよう。私はちょっと期待した。

 判るよね?期待したって仕方ないでしょ?

 でもちょっとだけだ。ほんとーうに、ちょっとだけ。そのくらいは許されるべきでしょ。だって、この流れのままいけばもしかしてって。ドラマや漫画ではよくある展開だもの、もしかしたら―――――――

 私をじっと見下ろしながら、正輝は真剣な声と表情でこう続けた。

「俺がお前につきまとうと、それの邪魔になるのか?」



 ・・・・ダメだ、こりゃ。


 私はがっくりと肩を落とした。

 だーめだ、こりゃ。全然脈なし。さすがに気付くかな、と思ったんだけど。ここまで何にもないと逆に笑えてくる。

 周囲は雨風、台風並みの大嵐。恋が実らない私と完璧な舞台設定。私の物語は4年前から停滞状態。晴れ間を求めて踏み出したのに、低気圧は背中に引っ付いてきた。

 疲れて私は雨の中足を踏み出した。

 もう全身濡れても鞄がダメになっても化粧がおちて酷い顔になってもいいやと思った。このバカ男と一緒にいたら、体力も気力も全部なくなってしまう。

 帰ろう。自分の部屋へ。帰ろうっと。

 豪雨の中スタスタと歩いていく私を慌てて追いかけて、正輝が傘を差し出してくる。

「おい、翔子―――――」

 私は無視した。まっすぐ前だけをむいて歩いていた。

 話しかけることを諦めて、正輝は傘を持って私と並んで歩く。強い雨風で頭だけしか傘では守れず、すぐに腰から下がびしょ濡れになった。

 足がヒールの靴の中で滑ってイライラする。全く、どれだけいい靴だって、雨の中ではヒールなんてちっとも役に立たないんだから!

 あ〜・・・裸足で歩きたい・・・。そんな事を考えながら徒歩8分の私の部屋まで歩いていく。

 一人用の傘で二人。ほとんど傘の意味はなくなってしまっていた。

 今日に限ってやたらと遠く感じるな。まだつかないの?もう、雨が冷たくて、足が疲れてきた―――――・・・

 と、思ったら、ついにヒールがマンホールの上で滑った。

「きゃあ!」

「うわ!」

 とっさに私の腕を摘もうとして、正輝まで雨に滑る。

 傘が飛ぶ。

 鞄が宙を舞う。

 私達は二人で水溜りの中へ。

 唯一濡れてなかった頭までもびしょ濡れで、強風豪雨の中、しばらく呆然と座り込んでいた。

 お互いに降りしきる雨の隙間からぼけっと見合う。

「・・・・くっ・・・」

 先に、正輝が笑い出した。

「・・・・はははは」

 私もつられて笑う。

 大人になってから、地面に直接座り込むなんてことない。しかも水溜りの中に。お互いのスーツも持ち物も全部完全に濡れてしまって、降りしきる雨の中二人でゲラゲラ笑っていた。

 口の中にも雨が流れ込んで、苦労しながら爆笑した。

 この雨の中何としても外に出なくてはならなかった人たちが、こいつら何してんだろうって顔で見ながら通り過ぎていく。

 しばらく手を叩いて散々バカ笑いをした後、体が冷えだしたことに気付いてやっとヨタヨタと散らばった荷物を集めた。

 ずぶぬれのままで取り合えずと私の部屋に駆け込む。

 もう最後はヒールも脱いでそのまま歩いたから、ストッキングは破れてぼろぼろになり、それがまた可笑しくて玄関先で座り込んで笑った。

 笑いの発作のまま居間にあがり、それからずぶ濡れの正輝を浴室へ案内する。

「先シャワー浴びて。正輝の方が早いでしょう」

 やっと笑いの発作を退治してからテキパキと指示をして、彼を浴室へ押し込んだ。実家から持ってきて寝巻きに使っている男物のTシャツとゴムが伸びてぶかぶかではけないスウェットのズボン(多分、男性なら大丈夫)、バスタオルも放り込む。

 私は重くなって張り付くスーツも服も脱いで、タオルで一通り拭いてから部屋着に着替え、鞄やその他の処理をした。

 ・・・・あーあ。書類も全部台無しだ。良かった、今日大切な仕事は持って帰ってないで。どうでもいいものばっかで。代えがきくメモ程度のものばっかりだったので、全部ゴミ箱に突っ込んだ。

 ハンドタオルに包まれた形になっていたのが幸いして、携帯だけは無事だった。あ〜・・・助かった。これないと仕事にならない。これは、充電器にセット。

 お湯を沸かしてコーヒーの支度をする。

 バタバタと動いていたら、正輝が上がってきた。

「ごめん、お先」

 声に思わずパッと振り返って、風呂上りの超ラフ&レアな正輝を見てしまった。

 6年の付き合いで部屋に上げたことはあったけど、お風呂を使わせたことは勿論ないから、一瞬固まって見詰めてしまった。

 ・・・・・うわあ。

 やつの登場と共に、どっかのコーヒー会社がCM使っていた「だばだ〜だ〜ば〜だばだ〜だばだ〜♪」って音楽が頭の中を流れた。

「翔子?」



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