・遠距離恋愛予備組@



 冬の頂点が近づきつつあった。

 もうすぐ年末で、この一年の残り日数が少なくなるにつれてイベント事の好きな日本人を喜ばせ、ガッカリさせ、または興奮させて疲れさせる催しが目白押しになす。

 例えば、クリスマス。

 例えば、冬休み。

 例えば、冬のボーナス。

 そして年の暮れと新年だ。

 私は田舎から出てきた大学生の一人暮らしの人間なので、年末年始は実家に戻る。

 それを告げると、夕波店長からは盛大なブーイングが起こった。

「えええー!?実家に帰るの〜?」

 私は驚いて彼を振り返る。

「・・・そりゃあ、年末年始ですからねえ。家族も楽しみにしてますし、私も楽しみですから」

 地元に戻れば友達もいるし、既に初詣に一緒にいく約束だってしているのだ。それに、両親は私が帰るのを楽しみにしているし、4つ下の妹だって「たまにはお姉ちゃんの顔見ないと忘れそう〜」などと言っていた。

 高校生の妹に二人部屋だったところを譲っているので、私が帰ると部屋が狭くなると文句も言うが、休みの間はなんだかんだと一緒にいる妹なのだ。私も会いたい。

「俺と離れるのは寂しくないの、シカ坊」

 大人のくせに、もうすぐ三十路だっていうのに、店長はそういってふんと拗ねていた。

 正直なところ、寂しくないです。そう思ったけど、それは勿論言わなかった。だって毎日毎日山神でも会っていて、彼はそのまま私の部屋に帰ることが多いので(何せ店から近いから便利でもあるらしい)、同棲してるの?ってくらいには一緒にいるのだ。

 それに、一昨日のクリスマスは、イブも25日当日も、それはそれは甘くて甘くて聞いている方が一瞬で虫歯になりそうな濃厚デートをしたではないか!私は思い出すたびに赤面するその二日間を思い出して、また頬を熱くしてしまった。

 とにかく、もういいのではないだろうかってほど、恋愛経験値の低かった私が3人分の彼氏と経験するくらいの濃い内容を、この一人の男性とここ2ヶ月くらいの間にしてきたのだ。

 ゲームで言えば、経験地がいきなり30倍くらいになった感じ。

 ちょっと、休憩頂戴って心境だった。

 それにまさか、ブーイングをくらうとは思ってなかった。店長の性格から考えて、アッサリと行ってらっしゃいって言ってくれるのではないかと思っていた。

「ほんの3日間じゃないですか」

 私はそう言う。

 なんせ、山神は年末30日まで店を開けるらしいから、それが終わってから31日に実家へ帰るつもりだった。そして1月の1,2と地元でゆっくりとして、3日にはこっちに帰ってくる。

 4日からは山神は開くらしいので、それに間に合うように、そう思っていた。

「ほんの、でなくて、3日も、でしょ〜」

「いやいや、店長だって実家に帰るんでしょ?だって片山さんの後片付けは全部終わってないって言ってたし・・・それに親友が亡くなったばかりだったらお母さんも寂しいんじゃないですか?」

 私が諭すようにそう言うと、ふん、とベッドの上で転がって私に背中を向けてしまった。

 ・・・・・いじけても、私は帰りますけどね。ため息をついてよしよしと店長の頭を撫でる。

「それとも店長はご実家には帰らないんですか?」

「・・・帰るけどー」

「だったらその間私が実家に帰るのは何の問題もないですよね?」

「・・・ないけどー」

 何だ、この面倒臭い生き物は?私は今や巨大な猫と化しているベッドの上の店長を呆れて見ていた。

 男の人って、普段はあんなに男であることや年上であることなんかを誇示しようとするところがあるのに、二人になると、どうしていきなり子供みたいになるのだろうか。・・・謎だわ、ほんと。

 私が思い通りに構ってくれないと諦めたらしく、店長がぶーぶー言うのを止めた。きっと、ならもうちょっと早く帰ってきます、とかの言葉を期待していたに違いない。

 彼はこちらを向いて、改めて聞く。

「それで、シカはいつまでうちの店に入れるんだっけ?」

「あ、2月の中旬までです。卒論は大丈夫と思うので1月は今まで通りに入れますけど、3月からは新入社員の企業研修も始まりますし、それまでに友達と卒業旅行いこうって言ってて」

「あら、忙しそう」

「そうですね〜、でも楽しみです」

 私がニコニコとそう言うと、店長が呟いた。

「卒業旅行か。まだ、若いんだよなあ〜・・・シカって」

「店長だっておじさんとは言えない年齢でしょ」

 そうかもだけど〜、そう言いながらそのデカイ体でごろごろとベッドの上を転がっている。

 全く、もう。

 私は放っておくことにして、ご飯を作るためにキッチンへ行く。一人暮らしでも小さなキッチンは、二人分のご飯を作るのには更に小さく感じる。結構毎回苦労してご飯を作っていた。

 うーん、大きな台所が欲しい。

 でもそうか、会社に入ったら、私はここから引っ越すし、次の部屋の台所をもうちょっと大きくすれば――――――――――――そう考えて、ハッとした。

 まだ言ってなかったことに気がついたのだ。

 来年の春、私は正社員で会社に入る。だから2月までしか入れませんって言って山神には雇ってもらった。

 だからそのまま辞めるつもりでいたし、店長は私が2月までって言ったことすら忘れていたのだから、就職先がどこの会社で、その所在地がどこか、なんて聞かれていないのだ。

 私も山神に行ってからは色々あって、あったなんてどころじゃなくありすぎて、そんなことを話するのをすっかり忘れていた。

 そしてそのままで店長とは恋人同士になってしまったのだ。

 だけど、だけど――――――――――――

 3月の大学の卒業式が終わったら、私はこの町から出て行く。


 それもまだ、言ってなかった。


 しかも。

 私は、それを言えなかったのだ。

 別に黙っている方がいいかな、とか、そこまで付き合いも続かないだろうし、とか、そんなことを思ったわけじゃない。

 言おうとも、何度もしたのだ。

 それに気付いたあの昼間の台所でも、山神で、終わってから皆で飲んでいる時にウマ君が就職の話を振ってくれたときも。今年最後の山神に入って、皆で掃除した時も、店長、私、春にはこの町から出て行くんですって、言おうとはしたのだ。

 でも言えなかったのだった。

 喉のところに固まりが生まれて声を塞がれるみたいだった。

 その話題を出すために、店長って呼びかけると、その後言葉が続かない。うん?って振り返る優しい笑顔をみていたら、どうしても言えないのだ。

 やだやだ〜!!だってこれは言わなきゃでしょ!店長は、もしかしなくても私が今の部屋から出勤するんだろうなって思ってそうだし!!

 自分に腹を立てながら山神の年末大掃除に参加した。

 皆で寒い寒いって言いながら店の中全部を拭き掃除している時に、山神様の飾りに目が行く。

 何度も行った。

 その度に、私は心の中で合掌してお願いした。


 山神様、私に勇気を下さいって。


 ちゃんと店長にこれからのことを話す勇気を、私に下さいって。




「え、じゃあお姉ちゃん遠距離恋愛になるの?」

 よく考えたら、阪上君と同じ年の私の妹、飛鳥が正月のお雑煮を食べながらそう言った。

 私は行儀悪くお箸をかんだままでしばらく固まる。

 ・・・・遠距離恋愛・・・・うわ〜、確かに、そうかも!そう思って。

 目の前で固まった私をしみじみと眺め、飛鳥はため息をついた。

 妹の飛鳥(あすか)17歳。私と違って母親似のこの子は、アーモンド形の目をしていて細くて柔らかい髪を持っている。暫く会ってなかったけど、去年よりは格段に大人っぽくなった・・・というか、色気が出た妹を見て、実家に戻るなり驚いた私に、飛鳥は長い髪を掻き揚げながら言ったのだ。

 あたし、今3人目の彼氏がいるんだ〜って!!!

「あんた、ちょっとこっちに来なさい!」

 私は鞄を玄関に放り投げてそう言った。

 だけど妹を問い詰める前に母と父に捕まって、あれこれと世話をやかれてしまった私だ。

 ようやく両親の大量かつちょっとばかり迷惑な愛情表現を受け取って、その晩は家族の大晦日を過ごした。

 そして、年が明けた午前中。私は飛鳥と炬燵へ入っていた。

 そこで、飛鳥が言ったのだ。

 お姉ちゃん、何か色っぽくなったみたい。男、変えたの?って。

 私は姉の権限でコンコンと説教をした。男とは、一体なんていい方ですかって。でも妹はぺろっと舌を出して笑い、強引に私から話を引き出したのだ。小泉君から夕波店長に彼氏が変わった経緯を。気がついたら山神のことまでベラベラと話してしまって、私は頭を抱えた。・・・この子ったら、いつの間にそんな話術を。

 それで、そういうことを言われたというわけ。

「・・・まあ、そう、かも」

「そうかもじゃなくて、そうでしょ〜!せっかく店長さんとラブラブになったのに、バカだね〜」

「ば、バカ?」

「あたしなら就職蹴っちゃうな〜!だって彼氏いい年齢でしょ?しんどい新入社員の正社員でなくて、永久就職目指すわ〜」

 ケラケラと笑っている。

 私は唖然として我が妹を眺めた。・・・・・いつの間にこの子、こんなことを言うように!?パート2。そう思って。まだまだ17歳なのに!阪上君といいうちの飛鳥といい、まったく最近の17歳は!

 悲しい・・・とよろめいていたら、クッションを投げつけられた。

「早くテンチョーさんに言っちゃえばいいじゃん。結婚して下さいってさ」

「えっ!?私からっ!?」

「お姉ちゃん古い〜!女から言うのだって最近はフツーだよ、フツー!」

 いやいやいやいやいや、そこはやっぱり普通じゃないでしょ!?私はもう目を白黒させるばかりだ。

 だって、そんな、永久就職なんて、ちいーっとも考えてみなかった!けけけけけ、結婚!?まさかまさか、店長と私が!

 脳内が一瞬お花畑になったけど、目の前でニヤニヤ笑う飛鳥の顔にハッとして咳払いをする。

「そんな話は早いです。それに、まだ付き合って3ヶ月だし」

「でも部屋出ることは言わなきゃなんないし。言ってみたら、同棲しようって言われるかもよ〜?俺が君を養っていくよ、な〜んてさ」

「飛鳥!」

 うきゃきゃきゃきゃ〜、楽しそうに妹は笑う。・・・ああ、この子に話をしてしまったのが間違いだった。私はがっくりと肩を落として炬燵のテーブルに額をつけた。

 名前の通り、この子は昔から自由奔放な子ではあったのだ。日本バードウォッチング研究会に属すうちの父親が、自分の娘姉妹につけた名前は空を羽ばたく鳥の名前。ひばりと飛鳥。飛鳥は雀になるところだったらしく、それには母親がハンガーストライキに出て反対したとか。

 まあ、お陰で山神に拾ってもらえたのだから、父には感謝している。私と同じく飛鳥だって名前に動物が入っているから山神で働けるはずだ。募集のタイミングさえあえば。

 昔から猪突猛進のこの子をハラハラしながら見ていたけど、私が家を出てからそれはさらにヒートアップしたらしい。

 高校生になってからは服装の自由な学校へ行っていることもあって、頭なんぞ金髪といって間違いないような色をしていた。

 その明るい色が、正月の光満ち溢れる居間でキラキラと光っている。

「何の話してるの?ひばりが凹んでるじゃないのよ」

 母親がお茶を持ってきてくれたので、私は顔を上げた。そして妹を指差す。

「ちょっとこの子、問題じゃない?高校生でいいの、この発言」

 そしてこの外見。今朝も妹のへそ出しルックを早速叱ったところだった。女の子がお腹出してちゃいけません!て言う私に、飛鳥は胸出すよりいいでしょ〜?って言ったのだ。

 本当に私の妹か!?と思って愕然とした。

 母親は肩を竦める。

「今更どうしようもないでしょ、躾係のひばりが出て行ってからやりたい放題なのよ。まあ、バカな男には引っかかるなって言うしかないなってお父さんは言ってるわ」

「バカな男なんて、あたしが食べちゃうわよ!そんなヤツといたって面白くもないわ〜」

 飛鳥が寝転びながら笑った。

 ・・・・・ああ、何かこの子、龍さんでさえも自分の思い通りに操りそうで怖い。そう心の中で感想を述べて、私は立ち上がった。

「ご馳走様、ちょっと散歩してくるね」

 友達といく初詣は昼過ぎの予定だった。

 それまでちょっと、自分が生まれ育った町を見てみたかった。まだ朝だけど、新年の空気は澄んで気持ちいいはずだ、そう思って。

 行ってらっさ〜い、帰りにポテチ買ってきてね〜、そう言う妹に手を振って、私はブーツを履く。

 ちょっと頭を冷やすべきだ、そう思ったのだ。

 新年の住宅街は、静かだった。

 皆家の中で温かくして、家族と過ごしているんだろう。朝からずっとやっている正月番組を見ながら、お酒なんか飲んでいるんだろう。

 白い息が目の前の光景を霞めては消えていく。

 私は何ともなしに、ゆっくりと出身校までの道のりを歩く。

 この小さな郊外の町はコンパクトで、小学校も中学校も高校もほとんどひっついて建っている。

 皆は大体同じようにそのまま高校までを過ごし、巣立って行ったのだ。だから幼友達は皆高校までがほとんど一緒だった。

 小さくて、狭くて濃い、だけど居心地のよい安心出来る世界がそこにはあった。

 店長が生きてきたような荒れた時代は、私にはない。

 学校はいつだって友達がいて、笑ったりはしゃいだりする場所だったし、暴力とは無縁だった。テストが嫌だ〜って嘆いたり、先生を好きになってしまった友達の応援をしたりしていた。

 全然違う生き方をしてきた、年上の男の人。

 小学校の校門前で私は懐かしい校庭をじっくりと眺める。

 誰もいなくて風の吹き通るその校庭には、かつての私が遊んだ遊具が色を変えてまだあった。

 ――――――――――信用してないわけではない、と思う。

 それに、彼が好きだ。それは痛いくらいにハッキリしている。なのにどうして春からの話が私には出来ないのだろうか。どうしてよ、何でなの。

 怖い?ううん、怖がることなんて何もないでしょ。彼は優しい。攻撃をしてくる人に対しては容赦ないかもしれないが、その分その力でもって私を守ってくれるだろう。それは恐怖というよりも安心だった。

 では何を悩む?

 多分、多分―――――――――――自分に自信が、ないだけなんだ。

 遠距離になってしまったら、店長と離れてしまうかもしれないって、どこかで思っているんだ、私は。

 新しい生活。自分より年上の人たちの集団、仕事をしてお金を稼ぐということ、新人研修、会社の先輩や上司との新しい関係。

 それらを体験していくうちに、忙しくて山神のことを忘れちゃったらどうしよう、そんな風に、未来を勝手に暗くして予想しているのかもしれない。




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