・八雲と対決@
昼過ぎにラブホを出た。
また彼のバイクの後ろに捕まって、今度は私の家までを走る。
ホテルの部屋で、抱きしめたままで店長が言った一言は、確実に私の心臓を打ち抜いて、体の熱を一瞬で奪い、そのまま凝固させた。
彼は私を離して微笑んだ。
「メール貰ったよ。その後の訂正メールも、一応ね。最初のメールはシカと文体が違った。言いな、お前、誰にケータイ触られたんだ?」
店長の、お前、という呼び方に冷や汗が垂れる。・・・ああ、不機嫌でいらっしゃるのですねえええええ〜・・・・。
私は非常に小さな声で、恐る恐る言った。
「・・・・・・やっぱり届いてましたか?」
「うん」
「あの・・・悪戯だったんです。だから訂正メールを・・・」
「で、誰に触られたの」
「触られてません!!」
「シカじゃなくて、ケータイを」
「・・・・・・・・生徒です」
「帰って話、聞くよ〜」
「え、あの!今ここで話します!」
「ここでなくてシカの部屋がいい。お仕置きする場所は気軽に声が出せない場所がいいだろ?」
ひいいいいいいいい〜っ!
思わず涙目になった私を見て、店長は爆笑した。
「面白いな〜!うん、まあそれは冗談にしても、とりあえず帰ろうぜ〜。時間ももうすぐだし」
で、そうなった。
彼の後ろに捕まっている間、私はどうしたらいいのだ〜!!って一人でパニっく中だったのだ。
お陰で行きは楽しんだバイクの後ろの席って場所も、全然感動しなかった。
むしろ、こんな間を開けられたことで恐怖が増していた。
店長が暴れるとは思えない。だけども、言葉攻めでも十分私を殺すことは出来る人なのだ。
うううう・・・こ、怖いっす!
でもまあ、仕方ないことではある。だって、メールにキレた返信をするとかでもなく、戻ってきたら最初に会いにきてくれて、抱いてくれて、自分の方の説明をした後での問いただしなのだ。それって凄いことだと思う。
心に不安が忍び込んでいたなら、そんな余裕はないって思うから。
少なくとも、私には出来ないから。
だから私のアパートの下についた時には、話すためのロープレを頭の中でしていた私だ。
先にあっち?それともこっち?みたいな。阪上君の性格から話すべきか、それとも今回のことだけを話すべきか、なんて。ブツブツと一人で考え込んでいて、着いたよ〜って言われるまでしがみついていた手を離さなかったほどだ。
「どうやって俺に話そうか、考えてる顔してるな〜」
ケラケラと店長は笑う。・・・笑えるんですね、それほどの余裕があるなら、もうこの件はなかったことにして下さいませんかね・・・そう思って肩を落とした私だった。
やっぱりバイクで冷え切った体を温める為に、暖房を入れてから熱いコーヒーを入れた。
店長はブラックで飲む。どうぞ、と出したらおー、サンキューと軽い返事。それで若干気分が楽になった。
「生徒?ってことは、高校生なのか?」
ベッドにもたれて長い足を放り出し、店長の尋問が始まった。私はつい正座をしそうになって、慌てて足を崩す。何か・・・すでに気持ちから負けている気がする。
「はい、今高2の男の子です」
話し出した。最初に家庭教師として阪上家に行ったときからのことを。担当となった男の子の性格、色々あったエピソード、彼のご両親にお願いされて家庭教師を続けたこと、ちょっかいを出してきたのは先生を女性としてみてるからだと言われて家庭教師を辞めたこと。
夕波店長はたまにコーヒーを飲みながら、聞いているのかいないのかよく判らない態度で黙っていた。
寝てるのかと思ったほどだ。あまりに微動だにせずに目を瞑っているので。
「―――――――で、この間の水曜日に大学前に阪上君がいて、お茶しようって言われたんです。断ったら手首を・・・捕まれてしまったので、取り敢えず喫茶店に行きました。やっぱりあの子のペースにはまってしまって、これではダメだって思って中座したら、その時にあの子、私の鞄からケータイを取っていたみたいなんです。それでメールを作成して、一括送信したってことなんですけど・・・」
襲っていい?とか、ちゅーしよう、とか、プロポーズされたとか、起こったことは全部言ったけど、かなりの勇気がいった。その度にどもってしまった私だ。山神の皆に話した時も、そんな露骨なことを言われたとはやっぱり言えなかったもの。あまりに恥かしくて。
その時の恥かしさや悔しさやショックやを思い出しながら何とか全部話すと、力が抜けてヘロヘロになった。
・・・・ああ、疲れた。
コン、と音がして、びくっと顔を上げる。店長がコップをテーブルに置いた音で、驚いた私に気付いたらしく、苦笑していた。
「ガチガチだな、シカ坊」
「・・・・す、すみません・・・」
うーん、と呟いて、店長はそのまま頭を仰け反らせてベッドにつける。その体勢のままで口を開いた。
「好きなんだろうなあ、本当に、シカが。ただ・・・伝え方が著しく間違ってるな。その子にとって、シカは最初の失敗なんだろうな。だから執着するのもかね〜」
「・・・迷惑な話ですよ、それって」
本当に迷惑を受けたのだ。もう、警察にいっちゃうぞ!ってくらいには腹が立ったのだ。
私が膨れっ面でそう言うと、店長が頭をあげて私を見た。口元はきゅっと上がって、意地悪そうな顔をしている。
「無視するのが一番なんだろうけどねー、だって、怒ったシカが問い詰めにやってくるのを待ってる感じがするでしょ」
「楽しそうですね店長!」
「楽しいね〜。あははは、そんなことで混乱して困惑して膨れてるんだな、可愛いねー、シカ。でも問い詰めにいくのは止めたほうがいいんじゃなーい?俺だったら襲うからね」
襲うのか!!私は身を仰け反らして叫んだ。
「何てことをーっ!!」
店長はその反応を見て、目の前で豪快に笑っている。手まで叩いて笑っている。ちょっとちょっと、ヤキモチとか妬かないんですか、あなたは!?
「私が襲われても店長は平気なんですねっ!」
ムカついた私がそう言うと、まだ笑った顔のままで店長はこっちを見た。目の玉だけを動かして。その不気味さに、私は思わず動けなくなる。
「何いってんの。許すわけないでしょ〜。そんなことになったら、その子を殺しちゃうよ、俺」
・・・・・ひいいいいいいいいい〜っ!!
そ、そんな怖い台詞を笑いながら言わないで下さい!引きつっただけでそう口に出来なかった私はヘタレだ。
「え・・・ええと・・・じゃあ、む、無視する方向で・・・」
何とかそう言うと、少しの間真面目な顔で店長が何やら考え込んだ。
私は引きつりを抑えてそれを見る。滅多にない真面目な顔をして、どこかを見詰めて考えこんでいる模様だ。
「・・・あのー店長?」
「ちょっと待って」
「はい、すみません・・・」
その後もしばらく無言の思考タイムが続く。私はやることがなくて、仕方なく二人のコーヒーカップを流しに運び、それを洗ったりしていた。
「・・・まあ、それでいいか」
そう呟きが聞こえて、私は振り返る。
「え?」
店長はいつもの微笑みでにっこりと笑うと、よいしょと腰を上げた。
「じゃあ俺、帰るね〜。まだ荷物といてないし、あと2時間で山神に出勤だからさー。シカは今日何時入りなの?」
「え、あ、私は8時入りです。って、店長帰るんですか?」
「帰って欲しくない?」
ニヤニヤとそうきくので、キッパリハッキリと首を横に振る。
「そうじゃなくて!何を考えたのか教えて下さいよ。私、阪上君を無視してればいいんですか?」
「うん、まあ取り敢えずは」
そう頷いてから、店長はブツブツと言う。甘えるってことしないよな〜シカ坊は、だって。
「じゃあね」
あっさりとそう言って、ほぼ一日一緒にいた夕波店長は帰っていってしまった。
私は何だかもやもやする頭で、取り敢えずは家事をすることにする。
・・・・・何だろう。無視・・・阪上君、また来るのかな〜・・・。やっぱり自分から抗議しにいったほうがよくない?それか、阪上家のご両親に言ってみるか・・・。
掃除機をかけながら色々考えたけど、最後には思考そのものを放り出した。
「やーめた!」
無視でいいって言われたんだから、そうしよう!それが一番今はストレスがたまらないだろうし。
それに今晩山神にいけば、きっとまた暇な獣達が店長にその話をするはずだ。その時に何て言うかを聞いておこうっと。
もう嫌なことは考えないぞ。少なくとも仕事の時間までは。そう思って一人で頷く。
だって、私には、好きな人が戻って来てくれたんだから。
テーブルを拭きながらニコニコしてしまった。
昨日からのたくさんのことを、暫くは一人で思い出しては照れて転がっていよう。そしてこの嬉しい気持ちに十分すぎるくらいに浸っていようっと―――――――
でも、山神ではそんな話は出なかったのだ。
私が8時に出勤すると、あまりにも久しぶりの「山神の光景」だった。つまり、カウンターの中でタオルで頭を縛った龍さんが汗を垂らしながら料理をじゃかじゃか作っていて、ホール内をツルさんがいきいきと動き回っていて、ホールとキッチンの間で店長が笑いながらドリンクを作っていた。
おはようございまーす、そう声を掛けて鞄をしまい、顔を上げたところで少しだけ、私は止まってその愛しい風景をじっくりと眺める。
・・・ああ、いいなあ。
そう思ったのだ。
いいなあ、やっぱり、これでこそ、山神だよね、って。欠けていたものがやっと埋まったのだ、と思った。この光景には、この人たち全員が必要だ。私はそう考えて嬉しく笑った。
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