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でも本当に長くなかったんだ。結局組長は、その半年後に亡くなった。亡くなってしまえば娘が相続を放棄して、父親の愛人であった母親の姓になったから、別の優秀な組頭が後を継いだんだ。そこで、片山さんの元ダンナからは、ありがとうって礼を言われたよ。娘からも。もう、自由よって。
「・・・で、どうしてそこで婚約破棄してなかったんですか?」
「うーん、それはまた別の話になるんだけど〜・・・」
「聞きたいです!」
「・・・へいへい」
店長はため息を吐くと、深呼吸をしてまた話出す。
娘は、自由になった。だけどそれは、彼女にとっては危険なことだった。なぜなら、娘は結構な美人で、組の中にはお嬢さんに憧れている野郎もたくさんいたらしいんだな。
それで―――――――――――――
「ストーカー被害にあった」
「え」
「組長は死んだ。娘は組から出て行った。だから普通の娘なんだ。もう組長に遠慮して見ているってだけでなくてもいいんだ、そう思ったバカ共が、彼女に襲い掛かったりした」
「そそそっ・・・それで!?彼女は無事だったんですか?」
うん、と簡単に店長は頷いた。だって、まだ婚約解消してなかったし、高校の間はって言ってたから、俺が送り迎えしてたんだって。
喧嘩では負けない。そういう意味でも彼女を守れたから良かったって。
私はつい息を止めて聞いていて、その言葉を聞いて息を吐き出した。・・・ああ、その時の彼女に、店長がついていて良かった〜って。
娘さんが可哀想だ、私には想像もつかないそんな環境で、それでも普通を目指して生きて行こうって思う強さには感服した。
「そして、あまりにバカ共の数が多いのを見かねた片山さんの元ダンナが、娘を隠そうとした」
その時に、驚いたことに片山さんが名乗り出たらしい。私が預かるわって。高校生の間、俺がいたから結構な頻度で娘も片山さんに会っていた。それで情が湧いていたらしいんだな。
あの子は、今度は私が守るって、そう言ってた。
「それからは、うちの母さんも一緒に面倒を見ていて、娘のようになってしまったんだよね」
「・・・はあ。よかった、ですね」
「うん、まあ、彼女にとっては心安らぐ環境だったみたいだよね。愛人の子として生まれたから本物の母親には会えず、男ばっかに囲まれて育ち、年頃になってからは視線にも敏感になってたらしいけど、片山さんと住みだしてからは片山さんと母とで、女ばかりでしょ。買い物いったりね、楽しかったらしい」
それを想像して、彼女の為に私は喜んだ。
「・・・そうでしょうねえ」
「で、母がその内言い出したんだよ。もうあなた達、本当に結婚しちゃったら?って」
「あら」
私の一言に店長は頷いた。
「それも正直、俺はどっちでもよかったね。自分は好きな女はいない。店も楽しいけど、組と関係なくなったならもう危なくないし、地元に戻ってもいい。そう思ってたんだ、春までは」
・・・春?そう考えて、私はハッとした。その顔を見て、店長が前で笑う。
「シカが来て、この子は気になるな〜って思い出してから、そんなつもりはなくなったんだよ」
かあっと顔が熱くなったのを感じた。でもでも、だけど―――――――――
「で、でも店長!お母さんと娘さん達がそのつもりなら―――――――」
私が焦って舌が絡まりながら言うのを、店長は右手をひらりと振って飛ばす。
「うんにゃ。そのつもりだったのは母達だけ。俺は興味がなかったし、彼女にはちゃんと好きな男がいるんだ。だから、戻って婚約解消したいって言ったら、彼女は喜んでたよ。やったーって」
「そ・・・そうです、か・・・」
私はそう呟いた。
やったー、って言うんだ?その人・・・。何か、組長の娘っていう恐ろしげなイメージから、ストーカー被害にあってる可哀想で可憐なイメージから、どんどん変わるんですけど・・・。どんな人なんだろ、一体。
「母達もこればっかりは仕方ないよねってね。まあ娘みたいになってるから、それはそれでここを実家だと思って帰ってきてね、って言ってた」
結構ドライなんだよ、母親は、そう言って店長はけらけらと笑う。私は一緒に笑うべきなのか激しく悩んだあとで、取り敢えず真面目な顔を維持していた。
「・・・で。片山さんに去年、末期のガンが見付かったんだよ」
話す店長の顔から、笑顔が消えた。
私も無意識に姿勢を正す。
「もう手術はしないと本人が決めて、ホスピスに入っていたんだ。母さんと、俺と彼女で交代で世話をしてた。・・・あの人には自分の家族は元ダンナのヤクザしかいないんだ。だから息子のようになってた俺と、娘のようになってたその彼女とで、遺品を整理していて、それが・・・まあ、大変でねえ〜」
「あ・・・ええと、お疲れ様でした」
「うん。で、二人でちゃんと話して、お互いに好きな人がいるしさっさと解消しようってなって、もう組とは関係ないっていっても一応今の組長と幹部には婚約解消しましたって言いに行かなきゃならなくて。でないと不義になって、俺しめられちゃうからねえ〜」
あははは〜と彼は笑う。目を細めて、楽しそうだった。私は思わず突っ込んでしまう。
「そ、そこ笑うところじゃないのでは、店長?!」
「正座とか久しぶりにしたら足が痺れてやばかった〜。総会で皆の前で転ぶところだった。あははは〜」
あははは〜じゃないでしょうよ!!ヤクザの団体さんの前でもってもこの飄々とした感じなんだ!?て、店長の腹の座り方って半端ないかも・・・。
笑い終えてから、店長はゆっくりと私に視線を戻した。
「これが俺の今まで。面白かった?」
「おも・・?いやいや、面白くはないですけど・・・ええーっと・・・よく判りました」
私はそう言って、少し、目を閉じた。
夕波店長のこと、確かにさっきまでの時間で、かなり色んなことが判ったって思いながら。
山や自然や動物達が好きだってわけが。
若い時にこっちに出てきてずっと一人暮らしをしていたってわけも。
説明が簡単には出来ないって言ってたわけも。
それと、店長がやたらと喧嘩が強いってわけも。
それと、暴行事件の時にえらく落ち着いていたわけも。
全部、ぜーんぶ、ちゃんと判りました。たまーにするどい目をするところとか、いきなりやんちゃになっちゃうわけも、それだったんですね。
つまりは、元々気合の入ったヤンキーってこと・・・。
私は俯きがちになってじっくりゆっくりその言葉を頭の中で転がした。
元は不良、ヤクザとも係わりがあった。彼の心の奥底には私なんかには到底理解出来ない暗闇があるのかもしれない。
そう思った。
私が色々自問自答していることは店長はわかっているらしかった。椅子の上であぐらをかいて、黙って待っている。
・・・多分、緊張しているんだろうと思う。何となくいつもの柔らかさが彼から消えている。
ひばり、どう?
あなたが知りたかった、色んなことを話してくれた。それは思った以上に大きな話で、私が今まで知らなかった世界、別にこれからも必要ではない世界の話だ。
だけど。
だけど・・・・。
――――――――――だからって、好きなのは変わらない。
ゆっくりと目を開けて瞬きをする。
だからって、この人を嫌いになったりはしない。
それが物凄く、自分の中でハッキリした。
「店長」
「うーん?」
私は顔をあげてにっこりと、出来る限りの大きな笑顔でこう言った。
「私の半生、知りたいですか?」
微笑を浮かべたままで、彼が私を見る。その釣り目とバッチリ視線が出会ってしまって、私は一瞬目を逸らしそうになった。だけど耐えた。今は、頑張るときなんだって判っていた。
「・・・どっちでもいいかな」
結構な間をあけて彼が言う。その声には楽しそうな響きが含まれていた。
その狐目を細めて、彼が笑っている。
私はそれを見ていて、店長の体から緊張が溶けたのが判った。
「俺が興味あるのは」
ぎしっと音を立てて店長は立ち上がる。そして一歩で私の前の前に来て、ぐいーっと私を引っ張りあげた。
「今と、これからからのシカだ」
抱きしめられて体が熱くなる。そろそろと私も彼の背中に手を回して抱きしめた。
・・・・あったかい。この人は、温かい。いじめっ子で無茶苦茶なところもあるけれど、だけど私は、この人が好きなんだ。
それが判っていればそれでいい。
少なくとも今は、それだけでいいんだ。
ぎゅう〜っと抱きしめる。腕の中で、微笑んでいた。
その時、私の耳元で、店長がぼそっと低い声で呟く。そしてその呟きは、私の心臓を一気に打ちぬいた。
「――――――――で、シカは卒業後、誰と結婚するんだ?」
うぎゃあ。
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