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「お待たせしました」

 ちゃんと体も頭も乾かして服を着た上で、店長が待つ部屋に戻る。彼は大きな椅子に深くもたれて腰掛け、テレビを見ていた。

 私をちらりと見て微笑を零す。

「・・・覚悟してきたって顔だな」

「してきました!どんな話でも大丈夫です!」

 私がそう言うと、あははは〜といつもみたいに彼は笑う。

「俺はどんな話をしそうなんだよ〜。ま、別にいいけどさ〜」

 とりあえず、座ったら。そう言われてやっと自分が突っ立っていたことに気がついた。

 店長は、よっこらせ、と椅子に座りなおすと、立膝をしてテレビを消してからゆっくりと話し出した。

「俺の留守中に山神の皆に何か聞いたかもだけど・・・俺は昔いきがってたんだよねー、中学と高校の時ね」

「いきがってた?」

 中学と高校の頃?龍さんがいってた、虎は喧嘩慣れしてるんだろうってアレかな?

「そうそう、世に言う不良だったんだよ。結構悪い部類のね」

 店長は片手で自分の目元を覆って、淡々と、でも途切れることなく喋りだした。集中するのに私の視線が邪魔なようだった。でもお陰で私もドギマギすることなく話を聞けたのだ。

 それは、ちょっと前、今から10年前までの店長の話だった。

 小学生の頃、夕波家は離婚したらしい。両親はその前から不仲で、それまでは専業主婦だったお母さんを、子供ながらに慰めていた。だけど別れることになって、父親は出て行ったらしい。

 まだ幼い店長への影響を考えて、お母さんはお父さんの姓を名乗ったままでほとんど何も変えなかったと。違ったのは、家に父親がいないってだけ、そんな状態だったらしい。

 離婚をした後、母親は社会に復帰した。慣れない営業職で懸命に働きだして、その大変さは見ているだけの彼にも判ったって。彼は小学生ながらに母親の手助けをしようと、家事にも勤しむ子供だった。

 今から考えても、よくやったと思うよ。店長は過去の自分を振り返ってそう評価した。

 だけど、やっぱり寂しい気持ちがあったって。この世に一人きりで放り出されたような、震えるような寂しさが襲ってくるときがあった。仕事に打ち込む母親は夜も遅いことが多かった。そんな時、彼は近所の山に一人でこもっては誰にもバレないようにと泣いた。

 母親は家で寝ていると思っていたはずだって。夜に仕事が入った日は、一度夕食を作りに戻って来て、彼をお風呂にいれ、それからまた職場へ戻る、そんな母親を玄関で見送る日々。母親が会社に戻ってから、彼は家を抜け出して山へと行った。もしくは休日出勤の母親が出て行った後に。何度も何度もそうしている間に、気持ちの整理はついてきたらしい。

 緑は彼に優しかった。太陽が出ている内には日陰にもなってくれ、水をくれ、爽やかな風や酸素をくれた。夜中に山に登って一人で座っていたこともあったとか。

 何度か沢に落ちかけたり動物に鉢合わせしたりで危ない目にもあったそうだけど、やっぱり山に行くのは変わらなかったって。


 私は聞きながら、思わず口元を手で押さえていた。


 寂しかった、という言葉では説明出来ないような、何かの大きな感情をみてしまった気がしたのだ。

 だけど、と話は続く。

 自分のことをよく見てくれていた人もいたんだって。それが、この前に亡くなってしまった女性だそうだ。

 その女性は片山さんという。夕波店長のお母さんの幼馴染で親友の人だった。

 彼女は事故で、自分の息子を幼少時代に亡くしていた。それもあってか、近くに住むシングルマザーになった夕波親子のところへきて、育児や家事の手伝いをしてくれていたらしい。

 俺には二人の母親がいるのと同じだったんだ、って店長が笑う。毎日とはいかないけど、暇を見つけては来てくれていた。母親が遅くなる日には片山さんが来て、寝るまで一緒にいてくれた。叱って、甘えさせてくれた。

 だから、その頃から山へ行くのが減ったんだって。そんな必要はなくなったから。泣きたければ、片山さんはいつでも抱きしめてくれたし、そもそももう既に慣れてしまっていて、泣くようなこともなくなっていた。

 だけど、そう言って、店長は口元を自嘲気味に歪める。

 だけど、中学で道をそれてしまったって。ちょっとばかり悪い友達が出来て、彼はその世界へのめり込んだ。決められたことを破ること、規則に従わないこと、自分の決めた格好いい世界にだけに属すること、それが彼に安心感を与えた。憧れた先輩が学校きっての問題児だったってこともあるらしく、彼に近づこうとどんどん普通の生活を切り捨てていったのだって。

 欲しいものを手に入れる為に、イライラを解消するために、喧嘩もしまくったって。

「・・・それで一人前になっていたような気になっていたんだ」

「一人前?」

「そう。・・・俺はもう一人で何でも出来るって。仲間がいる、金だって稼げるし、無ければある所から盗めばいい。必要なものは自力で手にいれられるって」

 その間、母親は嘆いて呆れ、最後にはあんたの面倒は見れないって言っていた。泣くのにも、怒るのにも、絶望するのにも疲れたわ、って。だけど片山さんはそんな時も俺の話を聞いてくれたんだ。

 あなたは悪い子なんかじゃない、って。今は、色々やってみてるだけよ。大丈夫、また元に戻って、この世界を愛せるようになるから。そう言っていた。

 だから、高校生になる頃には落ち着いてきた。

 悪いことも散々した後で、もうこんなもんかな、的な状態になったらしい。目立つことに興味がなくなり、外見がマトモになった。そしてその頃、片山さんが離婚した。

 子供もおらず、色々を問題を抱えたダンナに、とばっちりを受けないようにって離婚を頼まれたらしい。

「とばっちり?」

 黙って聞いていたのに、ついまた私はそう聞いてしまった。

 パッと店長が目元を覆っていた手を離して私を見た。・・・・ああ〜・・・邪魔しちゃった〜!

「す、すみません・・・」

「別に謝らないでいいよ。とばっちりってのは・・・・片山さんのダンナさんて、極道なんだよね」

「へ?」

 ゴクドウ?ゴクドウって、何だ?まさか―――――――

 私の顔を見て、彼はそうだって頷く。

「極道。ヤクザなんだよ。それで、その当時組長含めて組の中がちょっと荒れてたんだ。それで副組長であった片山さんのダンナさんが、妻に被害があるといけないと思って、関係ない人にしようとしたんだな。離婚することで、赤の他人に戻れって」

 ・・・・・ヤクザまで、出てきた。私は内心驚愕したけど、店長にバレないように下をむいて表情を隠した。

 おおおおお、落ち着くのよひばり!だってだって店長には関係ないじゃないの!その、お母さんの親友さんのダンナさんなんだから。心の中で関係を整理するのに少し時間がかかった。


 店長は私の反応を気にしなかったらしい。またすぐ話を続けた。

 片山さんが離婚して、彼のお母さんは大変喜んだらしい。息子が荒れていた時から、いつかその方面に行ってしまったらどうしようと危惧していたらしいから、息子に近い自分の親友が普通の人間に戻ってくれて嬉しかったのだって。

 だけど、そこから店長の婚約話に繋がるのだ。

 その組の相模組長には一人娘がいた。その娘さんは組長が67歳の時に愛人に出来た子供で、組長は溺愛していたらしい。

 子種がないと思っていた自分に、娘が出来たと。

 そして組中での揉め事に、跡継ぎの話が出てこじれたってことだった。

 娘に婿をつけて組を守りたい組長と、有能なbQに運営させて組を継続させたい幹部のものたち。肝心の娘は本妻の子ではなく愛人の子供で、本妻は彼女が組みを継ぐことに反対していた。

 それに娘本人は、一般人になって外へ出て行くつもりだった。好きな人と結婚して、私は自由にやるの!と言っていたらしい。

 困ったのは間に挟まれた副組長だった。高齢で考えも意固地になってきた組長の意見をこのまま通してしまうと組は更に荒れる。本妻も立てたい。若いものに示しのつくような形に何とか出来ないものか。それに対抗する組からの攻撃もあるかもしれないのに、今組の中で争っている場合ではない。

 このままでは組が崩壊する。

 それは避けたいが、肝心のお嬢さんも継ぐ気はない。

 せめて自分の思い通りになると思ったまま組長が亡くなったら――――――――――


「え!?そ、そそそその組長さん、殺されちゃったんですかっ!?」

 私が思わず叫ぶと、その声に驚いたらしい店長がわあ!と声をあげた。そして胸に手を当てながら、いやいや、と首を振る。

「そんなわけないでしょ。シカが考えてるより極道ものの忠義って凄いものがあるんだよ。まさか、組長を攻撃なんか出来ない。自分の家族も惨殺される覚悟がないと」

「そ、そうなんですか」

 私はつい乗り出してしまっていた体を椅子に戻す。

 家族まで惨殺〜!!ここって日本でしょ〜!?私の全く知らない世界に、すでに思考はイマイチついていけなかった。

「まあ、ともかく、それで副組長、つまり片山さんの元ダンナさんは、娘に聞いたんだってよ、誰か適当な男はいないかって」

「はあ」

 どこかに適当な男がいたら、その男に頼みごとをしたいんだって。組員や既にヤクザ者になってるヤツではなくて、口が堅くてヤクザの世界を恐れずに、常識など気にしない男はいないですか、と。

「それで、娘は考えた。当時自分の周りでそれなりにグレてて、でもチンピラってほどにはいかなくて、この策略にのってくれそうなヤツは誰だ?ってね。で、それが俺だったってわけ」

「・・・はあ?」

 だから、クラスメートって言ったの?

 店長は以前、俺のいたバカ高校の後輩だって、ヤンキーみたいな例の人たちのことを説明したんだった。

 つまり、周りには勉強に興味のない、ちょっとばかし荒れた高校だった、というわけなんだな。それで娘さんは学校内で条件に合う男を捜した・・・・こういうわけ??

 私が何とか情報を整理したらしいってのを表情で確認して、店長は続ける。

「組長にこの人と結婚して組を継ぎますって説明するのに、他の一般学校の、クラブ活動や勉強に勤しむ普通の高校生を連れていけないだろ?組の中の下っ端から選べば後々面倒臭いことになるだろうし、ただのヤンキーで母子家庭の俺が都合が良かったんだろうよ」

 私、この人と結婚するの。でもまだ彼は高校生だから、組のしきたりを教えたりするのは卒業してからでいいわよね?それが最低の条件よ、パパ。

 娘は組長に、俺の写真を見せてそう言ったらしい。高校の間は婚約者でいる。卒業したら組に入る。そこから教育してヤクザに育てればいい。それまでは、彼のことは放っておいて。

 組長は驚いて徹底的に俺のことを調べたらしい。すると、中学からしてきた悪いことや副組長の妻が可愛がっている子だと判った。つまり、見込みがあるかもしれないと。うちの組を継げそうな男かもしれないと。

 それは全て、片山さんの元ダンナの仕組んだ通りになったんだ。

 片山も面識があるらしいな、あの坊主、どうなんだ?そう聞かれる。あの子は素質がありますよ、そう言ったと聞いた。組長も気に入りますよって。

 娘が写真を父親の組長に見せる前、娘と片山さんの元ダンナが俺に会いにきて、話を聞いたんだ。組長が亡くなるまで、私の婚約者になって欲しいのって。うちのパパはもうガンが転移している状態よ。長くはもたないわって。だから、案外早く夕波君を解放してあげられるかもしれないわ。勿論お礼はするし、万が一パパが長生きしても、卒業してしまったら私が何とかするから。

 そういわれた。


「・・・で?」

「で―――――――――俺は頷いた」

「ええええええ〜っ!?だってだってヤクザですよ!店長!そんな・・・そんな思い通りにいけないかもしれないじゃないですかっ!!」

 私の目の前で、彼はひょうきんな顔して肩をすくめた。

「なっただろ?実際のところ、俺は自由の身だ」

「それは結果論でしょう!」

「結果が大切なんだよ、シカ。まあともかく、その時の俺にとってはどうでも良かったんだ。ヤクザでも良かった。ただの不良にはもう飽きていた。それ以上踏み込んだ世界に入るかどうかの選択肢をくれたんだ、って思ってたな」

 せ、選択肢〜!?私は驚きの余り、また口が開けっぱなしになってしまう。

 普通の高校生が大学行くか就職するかで悩む時期、この人は一般人でいるかヤクザになるかで悩んでいたんだってこと〜!? 

 くらくらくら・・・私は暖房の効いた部屋の中で眩暈に襲われる。

 ああ、本当に、色々と新しい世界が出てくるわ、この人といると・・・そう思っていた。

 相手の家に事情がって、こういうことだったんだ!?組を継ぐかどうかなんて大きな問題だとは思えないくらいに淡々と話すから、せいぜい家族の誰かが病気だとか借金があるとか、そんなのだと思っていた。

 ・・・・わお!だ。私が惚れた人は、もしかしたらヤクザの組頭あたりになっていた人なのかもしれないのか〜!!

「片山さんとうちの母さんは勿論大反対した。どうしてあの子を巻き込むのって、片山さんは刃物を持って元ダンナのところへ怒鳴り込んだらしい」

 それも結構なお話で。既にショート寸前の私はそんな感想を胸の内で漏らした。

 母の心配は勿論だし、片山さんが泣くのは嫌だった。だけど、俺はもう返事をしてしまった後だったんだ。組の中でお披露目もされた。ヤンキー上がりの高校生に、ヤクザがずらっと並んで頭を下げるのは見ものだったね。恐ろしくもあったけどね。


 で、結局は母親と片山さんに約束したんだ。

 彼女のことは好きにはならない。元々そんな気は微塵もないし、別にヤクザになりたいとは思ってなし。ただ、好きな人と結婚したいっていう彼女の助けになってやれるし、片山さんの元ダンナさんも助かるんでしょ?って。

 悪いことをしてきた。その罪滅ぼしのつもりではない、だけど、たまには人のために何かしたいんだよって。

 だから、娘には手を出さない。指一本触れない。結婚もしない。あくまでも婚約で終わる。そして俺は、この町を出るよって。

 卒業したらこの町を出る。そして都会で働く。だからあと2年は巻き込まれることを許してくれって。

 母親も片山さんも散々泣かせて了解して貰った。




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