・トラ、戻る@


 今日も大学の図書館とパソコンルームを利用していた。

 だけども、私は若干のハイテンション!なぜなら!無事に卒論が書き終わったからだ。

 やったー!やりとげました、私は遂に!

 パチパチパチ。自分で心の中で拍手した。

 昨日は結局ベッドの上で延々と山神様に店長に会わせろ〜!ってお願い・・・いや、呪いをかけていて、それに忙しかった私は結構な睡眠不足だったのだ。

 自分でもバカだと思います、ええ、ハッキリと。

 だけども、それがランナーズハイ状態を生み出したらしい。今朝は戦闘態勢で学校へ突撃し、ダダーっと資料をめくりまくって、ガガーっと最後の文章までをキーボードで打ち込んだのだった。

 目は釣りあがって、殺気立った雰囲気だったかもしれない。いつも気軽に声をかけてくれるパソコン部の後輩からの声かけもなかったし。

 まあだけど、とりあえずは卒論が終わったのだ!

 これで、あとは年始までほったらかしでも大丈夫。見直しと加筆をして、年始に教授に提出する。そしたら、もう卒業まではここにこなくてもいい――――――――

 ひゃっほう!私の卒業は決定だ〜!!

 そんなわけで、寝不足だったけど大変気分が良かったのだ。

 だからるんるんとした足取りで学内を校門に向かって歩いていた。

 通っていく風が、耳をかすめて髪を散らしていく。吐く息が白いなかで、私の頬は赤くなっている。

 今日は山神もないし、晩ご飯はどうしようかな、そんなことを考えていたら。

 急に腕を引っ張られて、私の体が宙に浮いた。

「ひゃああっ!?」

 咄嗟に出た悲鳴は大きな手で塞がれる。

 校門までが目の前で、ちょっとした大きな茂みの側に引っ張り込まれたのが判った。

 体は抱きかかえられ、口元には大きな手が。ヤダヤダ!何、何よこれ!これって、まさか・・・まさか――――――――――


「・・・ほら、暴れちゃダメでしょ」


「!?」

 変質者に人から見えない場所に引きずりこまれたのだとほぼ断定して恐怖に怯えていた私の耳には、聞き覚えのある低い声。

 後ろから抱きかかえられて口元を押さえられていたけど、私は渾身の力を込めて無理やり斜め後ろを振り返った。

 耳元、すぐ近くにある口元はきゅっと上に上がって三日月型を作っている。

「あ・・・」

 口元から押さえられていた手が離れて、私は声を零す。

 この香りは。

 この温度は。

 この声、この口元は――――――――――


「夕波店長!」

「ハロー、久しぶりだねえ、シカ坊」

 彼の腕の中でぐるんと無理やり体を回転させて、私は久しぶりに見た店長の顔を見上げる。

 前は短めで後ろは長めの黒髪。色白でピンとはった肌。細い狐目が優しくカーブしている。

 ・・・夕波店長だ!!本物だああああ〜っ!!

「わ・・・わあ!お、お、驚きましたよ、もう!店長だ〜!」

 私は改め驚いて、何とか声を絞り出す。

 うわああああ〜!!ビックリした!本当にビックリしたああ〜っ!!もう、もう、どんな変態さんに捕まったのかと思ったじゃないよ〜!!

 あははは、といつものあけすけで軽い笑い声をもらして、店長が言った。

「待ち伏せ、成功だ。もうちょっと待つか一度帰るか悩んだけど、姿が見えてよかった」

 俺はラッキーなどとにんまり笑っている。それならそうと、まともな方法で近づいてくれたらいいものを!結構な恐怖を体験してしまったではないですか!

 私はバンバンと手の平で彼のライダーズジャケットを叩いた。

「そ、そうだ!どうしてここにいるんですか!?山神には行きました?いつ戻ったんですか?どうしてこんなに―――――――――」

「はいはい、落ち着いて、一個ずつね。でもまあ、取り敢えず、先にこれ」

 そう言って再び体が引っ張り上げられる。え!?って声を出す暇もなく、私は店長の腕の中、そして唇には彼の温かい唇が押し付けられていた。

 うわあー・・・・・。体がカッと熱くなった。

 人目につかない茂みの影とはいえ、大学の校門付近で、私は彼氏とキスを。

 その状況にも、キスそのものにも、とても興奮してしまった。

 ・・・・しかも。

 ・・・・しーかーも。

「て・・・てんちょ、う」

「黙って」

 ガッシリと後頭部を掴まれて、私の腰に回した腕にも力がこもる。

 キスが、不必要なほどに深いんですけど。ええと。何やら胸の辺りにも手の感触があるんですけど。ええーっと・・・・それに、膝の間に、足が・・・うそおおおおお〜!!それ以上足上がられると、さすがにさすがにダメですから!

「ま、まっ・・・て、ねえ!」

 頑張って両手で彼の胸を押し返すけど、店長は遠慮なしでぐいぐいと押してくる。門近くの体育館、その付属倉庫の壁にいつの間にやら押し付けられて、私は胸元にひんやりとした冬の気温を感じる。

 うっきゃあああああ〜!!胸、いつの間に脱がされてますかっ!?ボタンが外され、ブラの中には店長の大きな左手。それが好き勝手に動き回っている。外気で冷やされた彼の冷たい指先が、アチコチ触っては柔らかさを確かめようとばかりに力を込める。

 唇は今や腫れあがっているはずだ。彼は強引に吸い上げては熱い舌を絡ませてくる。

「うっ・・・」

「うーん、シカだ。久しぶり・・・」

 いやいやいやいやいや!そんな悠長に私を確かめないで下さい!それにここ、外ですから!そーと!!

「だっダメです!だーめーですっ!!」

 彼が呼吸する隙にやっと離した顔を背けて、私は何とかぐいぐいと腕を突っ張って距離を開けようと奮闘する。

 それにも全くめげずに、店長の右手は私のスカートに侵入を試みようとしていた。めくり上げられたスカートから露出した太ももが風に触れてひんやりとする。

 もう、もう!!何なのよこの野獣〜!!

「いいじゃん、誰も見てないよ」

「そういう問題じゃあないんですっ!嫌いになりますよ、もう!」

 そう叫んだら、腕の力が緩んだのが判った。そして私の右胸からも彼の手が抜かれる。

「嫌いになる?それは大変〜」

 あくまでも軽い店長の声が聞こえた。

 ・・・・・・・ああ・・・良かった・・・・。ここでぐでんぐでんになってしまうとこだった・・・。

 足から力が抜けてしまって、私はずるずるとその場にしゃがみこむ。

「あら、大丈夫、シカ?」

 平然とそういう店長が目の前で首を傾げている。

 ・・・・そうだった、結構大変だったんだ。

 今更、そう思い出した私だった。


 離れている間、私の恋心はつのり、もう会いたいってことばかりが頭の中を占めていて、それはそれはロマンチックな想像や妄想だって去来していたのだった。

 優しい笑顔の店長が。海辺で寝そべっていた店長が。泣いてる私を電話で慰めてくれた店長が。

 だけど、現実の店長は!!

 かーなり、獣、です・・・・・・。

 ニコニコと優しげな顔をして私を見下ろしている。

 私は草の上にしゃがみこんだままで、その彼を見上げている。

 だけど、会えた・・・・。

 ようやく落ち着いて、そう認識した。目の前に彼がいる。大学まで会いにきてくれたんだ、そう思ったら、泣けてきそうになった。

「・・・お帰りなさい」

 そう呟いた。私、まだ言ってなかったって思って。

 店長は目を細めて微笑んだまま、私に手を差し出した。

「はい、ただいま」

 うふふ、と声が漏れた。それが自分が出した笑い声だと気付くのに、時間がかかった。

 私は笑っていた。でも視界はぼやけて滲む。笑っているのに、泣いていた。ちょっと不思議な体験だった。何が何だか、あららら、私ったら・・・そう思っていた。

 零れた涙が通ったあとの肌が、風に触れてひんやりと温度を失う。

 差し出された手を握って、何とか立った。だけど何も見えなかった。水が邪魔して、何も見えない――――――――――

「シカ」

 店長の声が聞こえる。

 ようやく会えたのに、私はまた彼の顔を覚えられない状況にしてるじゃない、全く・・・。自分をしかりつけて、精一杯目を見開いた。

 滲む、店長の笑顔。

 ぽんぽんと頭の上に手を置かれた。その手はそのまま瞳まで下りてきて、私のどうしようもない涙を拭う。

 ふむ、って店長の声がした。

「よしよし、もうオッケーだね〜」

 って。何がだろう。私はえ?と聞き返す。

「・・・何が、オッケーですか・・・?」

「うん?―――――――ああ、ほら、もう、ね。シカが、俺のことをちゃんと好きになったね」

 彼が手を伸ばし、肌蹴た私の胸元を直す。ボタンをぱっぱと留めながら何でもないことみたいに言った。

 私はその店長の顔を見上げながら小声で聞く。

「判るんですか?」

「うん」

「・・・凄く会いたかったです」

「うん。山神様にお願いした?」

「・・・しました」

 くくく、小さく店長が笑う。

「それは嬉しい本気だな。苦しくて切ない、本気の恋へようこそ」

 ようやく涙が止まった私の目には、その彼の、満足げな笑顔が映っていた。



 店長は平然と、私はヨロヨロと、手を繋いで大学の門を出る。

 さっきまで冷たく感じていた風が、今は火照った頬に気持ちよかった。

「さて」

 夕波店長がスタスタと歩きながら言う。風が彼の前髪を揺らしていた。

「ラブホ行こうぜー。シカの部屋でもいいけど、激しくてやらしーいこと山ほどしたいから、ホテルのがいいな〜」

 ゴホゴホゴホっ!!私は隣で咳き込んで、その苦しさに涙目になった。

「はははは、はいっ!?」

「だってシカの部屋って壁薄いから、あんまり声もあげれないでしょ〜。別に俺は構わないけどさ」

 ・・・・待って待って待って。いやいやいやいやいや・・・・ストレートですよね、店長って。超ストレート・・・・。

「あのー・・・本気で言ってますか、それ?」

 恥かしくて顔を見れない私は、ただ前だけを凝視して聞く。隣で店長が、はははは〜と笑った。

「冗談で言ってどうするんだ。冗談の方が良かった?だって、シカだって十分その気でしょ?さっき俺の膝、確かにシカの―――――――――」

「わああああああっ!!言わなくていい!言わなくていいですから〜!!」

 バタバタと顔に手で風を送っていたら、横の男性はゲラゲラと笑っている。

「ああ、楽しい!久しぶりだなあ〜、思ったより色々長引いてしまって戻るのが遅くなったから、またシカが俺に無関心になってたらどうしようかって思ってたけど、ちゃんとぞっこんになってて良かった」

 チラリと店長を見た。

 そうだった。卒論が完成した喜びと店長に会えた嬉しさとですっかり抜けていたけれど、私はこの数日、店長が不在だった20日間ほど結構悩んでしんどかったんだった・・・。

 どうして戻ってこないの?とか。

 実家のゴタゴタって何?とか。

 婚約者って誰?とか。

 それは結局どうなったの?とか。

 聞きたいこともたくさんあるんだった・・・。

 激しいキスをされて野外で胸を揉まれてしまって、トロトロの脳内花畑になっている場合ではないのだ!しっかりするのよ、ひばり!

 結構ピンクモードになりかけていた自分の頭を叩きたい。そう思いながら歩いていた。

 駅に行くのだと思っていたら、店長が途中で角を曲がったから驚いた。

「あれ、どこいくんですか?駅はあっちですよ」

「うん。今日はバイクで来たから。その格好だと寒いかな〜」

 え、バイク?店長バイク乗ってるんだ!?私は驚いたままで駐輪場へ連れて行かれる。




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