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「かーなり、違うわね」
ツルさんは一刀両断だった。
あれ?ってウマ君は頭をかいてペロリと舌を出す。それをカウンターの中からつまみを出しながら、龍さんが苦笑して見ていた。
ツルさんは8時入りだったのだ。やっぱり開口一番に、シカちゃん、今日のメールとその後の訂正メールは一体何事?と聞いて来た。
で、私はそれの説明と同時にウマ君に聞いた話をしたのだ。店長が暴れたんですか?って。
すると、苦笑したツルさんが言った。閉店まで待って、って。
で、やっときた閉店だ。私は営業中、ずっとうずうずしていたのだった。
「結局本当はどうだったんですか?」
この店で、やたらと店長が恐れられる理由は何なのよ?私はビールがまわりつつあった頭を好奇心で満たして聞く。
「龍さん、自分で話す?」
ツルさんが意地悪そうな顔をした。カウンターの中で、龍さんが首を横に振る。じゃあ、私が、そう言ってツルさんが話しだした。
「タカさんと龍さんで、かなりあの日はふざけてたのよ。トラさんが開店時間に入らない日で、私がバイトに来た6時の時点でまだ開いてなかった。何と二人はトランプをして遊んでたの!しかも、お金を賭けて」
私はあんぐりと口を開けて龍さんを見る。彼は私の視線を完全に無視してビールを呷っていた。
「お・・お金賭けて?トランプ?・・・ええっ!?」
「そりゃあダメですよ。一瞬で首っすね、普通は」
私とウマ君で口々にそういう。そりゃ龍さん自分で言えないはずだわ。普通の神経もっていたら、そんな恥かしいこと過去の事、到底言えないだろう。
私達の反応を見てツルさんが重々しく頷く。
「早く店開けなきゃって何度も言ったけど、もうちょっと待てってそればかり。どうせ水曜日で客も来ないよって、トラも遅いから大丈夫だって、そう言って遊んでたの」
ツルさんは思い出したらしく、顔つきが険しくなった。
ウマ君もツルさんの隣に座って食い入るように聞いている。そこまで詳しく聞いたことはなかったのだろうな、と思った。
「で?店長が来るまでそうやってたんですか?」
うん、と頷いて、ツルさんはポテトチップスの袋を開ける。
「これ食べてね。今日バイト先で貰ったから。―――――――ええと、それでね、そうそう、それで、結局トラさんは予定より早めに来たのよ。それで、表が開いてないのに気付いて、無表情で裏から入ってきたの」
――――――――何か理由があって、表を閉めたままなのか?従業員が3人いてオープンしてない理由って、何?
「トラさんがいきなり入ってきたから皆ビックリしたけど、タカさんと龍さんはへらへら笑ってた。まだ山神がオープンしたてで、26歳のトラさんを見くびっていたのだと思うわ。上司だと思ってなかったんじゃないかな」
私とウマ君で揃って龍さんを見る。何と、龍さんはカウンターの中にしゃがみ込んで視線から逃れていた。
「あ、隠れてる」
「格好悪いですよ〜、龍さ〜ん」
ツルさんがふん、と鼻で笑って、話を続けた。
「で、私もいい加減ムカついていたから、全部喋ったの。この人たち、トランプして遊んでるんですって。店開かないなら私は帰ってもいいですか?って。そしたらトラさんが二人に聞いたの。そうなんですか?って」
――――――――ツルが言ってるのは本当ですか?
――――――――怒るなよ、虎。悪かったよ。今から開けるからさ。
――――――――大丈夫だよ、今日は暇だって。給料かけてもいいけどさ。
「そう言って二人は笑った。私がそれにムカついていると、トラさんが言ったの。何てことないって風に、普通の声で」
――――――――どうせ賭けるなら、金じゃなくて命賭けな。
「え?って思った。あまりに普通の声だったから、何かの聞き間違えかって。でもそうじゃなかった。その時実はトラさんは切れていて、それで私が見ていたら、そのすぐ後に龍さんとタカさんが気を失って倒れた」
「は?」
「え?」
私とウマ君が同時に声を上げる。・・・気を失って倒れた?え、ええ?どこからそこに行き着いたの?あれ?私何か聞き逃した?
二人で混乱した顔をしてツルさんを見ていると、龍さんが隠れていたカウンターの中から姿を現して言った。
「じゃ、俺からも」
「龍さん!かくれんぼは終わりですか?」
「あ、そういえばいたんですね、忘れてました」
私達が驚いたので、嫌そうな顔をして彼はぶーぶー文句を言う。
「君たちね、人が作ったもの食べながらそれはないでしょ。こんなに存在感あるイケメンを無視するとかさ〜」
「そんなことどうでもいいのよ。私も聞きたいわ、龍さん。あの時、ちょっと違う方向を見ていたら、バキって一回音がしただけで二人とも気を失っていたのは何で?」
ツルさんが首を傾げながら聞く。
龍さんも椅子に座りながら、ぽりぽりと額を掻いて話し出した。
「・・・俺は試合には慣れてる。だけど、あいつは、虎は、喧嘩慣れしてるんだと思うな」
「喧嘩慣れ?」
ツルさんとウマ君がハモった。
「そう。つまり、俺は自分が用意してからだと構えるし、相手の動きもよく見る。試合で相手を叩き潰すのは慣れてた。だけど、それにはルールがあるだろ?でも虎は違ったんだ。いきなり、表情も変えずに手を出すんだ。相手の準備とか一切関係ない。それに、あるものを何でも使うんだな」
あの時は確か、ツルから聞いたことを俺達に確認して、立っていたその場からいきなり攻撃した。
他は動かずに片足だけをそばの椅子に引っ掛けて俺達に飛ばしたんだ。勿論、こっちはそんなこと思ってないから避ける暇もなかった。椅子が俺と鷹にぶつかって、痛ぇ!って思ってる内に、虎が目の前にいた。それで、これでカーンだよ。
「これ?どれ?」
ツルさんが言うと、龍さんは自分が右手に持っていたものを高く上げた。
それは、メニューが挟んである木製のメニュー立てだった。
「え、メニュー立ててるやつですか?」
「そう」
「それをどう使うんですか?頭?」
「いや、首の後ろを強打だな」
右手と左手に一つずつ。それで一気に二人の首を打ったんだ。
いきなり目の前に居た虎の顔は無表情で、でも細めた目が強烈に冷たかったのだけを覚えてる。あの目には正直ぞっとしたね。
こっちが怪我するとか、そんなことに対して全く感情がないような目をしていた。極端な話、死んだとしても知るか、そんな感じに思えたんだ。怖かったね。
その次に目が覚めたときはびしょ濡れで、酷い頭痛がした。
龍さんがそう言って、思い出したか頭をさすっている。今は何ともないはずなのに痛そうな顔をしていた。
「ああ、そうでしたね、びしょ濡れ!」
ツルさんがそう言って両手を叩いた。ウマ君と私で身を乗り出す。
「え、え?どうしてびしょ濡れなんですか?」
ツルさんが楽しそうに笑った。
「二人がいきなり倒れたから私は本当にビックリしてしまって、悲鳴をあげてしまったの。何が何だか判らなくって。いきなり大人が二人崩れ落ちたから、凄く怖かったのよ。するとトラさんが、また、なーんてことないって声で、淡々と言うの」
―――――――――大丈夫だよ、ツル。気を失ってるだけだから。
―――――――――え?気を失ってる?きゅ、救急車いりますか!?
―――――――――ああ、もう起こす?なら簡単だよ。こうすればいいんだ。
「って。それで、カウンターに入っていって、大きな鍋に水をたーっぷり汲んで、戻ってきたのよ」
「うわー、それってもしかして・・・」
ウマ君が顔をゆ歪めながら言う。私も想像してしまった。・・・それは、ヤダな。
ツルさんが重々しく頷いた。
「そう、ザバーッとね、景気良くぶっかけたわけよ。二人にね」
・・・・おおお〜・・・。ウマ君と一緒に私も顔を歪めてしまった。
まず、このお世辞にも美しいとは言えない居酒屋の床に寝転がるのだけでも嫌なのに、しかも水まで・・・。うわああ〜・・・。
「・・・あれは、酷かった」
龍さんがうんざりした顔で言うのに、3人で突っ込んだ。
「悪いことしたからでしょ?」
って。
それで黙った龍さんを尻目に3人で盛り上がる。それは凄いですねえ!凄かったわよ!素早くて、何が何だかちっとも判らなかったもの!トラさん淡々とってところが怖いっすねえ!って。
「で、静かかつ強烈に怒ってる店長に座り込んだままで二人は謝ったけど、トラさんはそれで許さなかったのよね。あれ、龍さん似合ってたけどな〜」
ケラケラとツルさんが笑う。あ、あれだ、って私も判った。ウマ君が言ってたやつ。丸刈りだ。
「本当に丸刈りにしたんですか?」
ウマ君が龍さんに聞くと、うん、と頷いた。
「それで、なかったことにしてくれるって言うからさ。オーナーにバレたら勿論首だと思って、その時金がいったから、本当に首は勘弁して欲しかったんだ」
ならどうしてそんなことをしたんですか?とは聞かなかった。本当に、遊んでいたんだろうから。今よりも若かった龍さんも店長も、きっともっとやんちゃだったのだろうって。
今は伸びて長い茶髪を指で弄くりながら、龍さんがため息をついた。
「いやあ〜・・・あの時までは、喧嘩も自信があったんだよ。相手の動きを見切れる目があるから俺は大丈夫だって。でもそれは、ルールがあっての話なんだなって判った。喧嘩上手にはルールも何もありゃしねーんだ。ただ潰しにくるんだなって」
ほお〜・・・と皆からため息が漏れた。
・・・それは、確かに怖いよね、店長。そう思ったんだった。
無慈悲に暴れたわけではない。だけど一瞬で成人男性二人を気絶させることが出来る人なんて、そうそういないだろう。
私がしばらくそうやってぼーっと過去の店長が切れた様を想像していると、ツルさんが、私のTシャツを引っ張った。
「ねえねえ、それで、今日のは結局トラさんにもメールしてたの?」
途端に現実に引き戻されて、私はうっとむせた。
「・・・し、知りません・・・。だって私のケータイの履歴には残ってなんですもん・・・」
「調べられるだろ、そんなの」
「知りませんよ〜。私は機械に詳しくないんです!」
私が龍さんに言い訳をしていると、ツルさんが鋭く突っ込んできた。
「その生徒って子は、シカちゃんが好きなのよね?」
何故かツルさんの尋問の矛先が私に向かいつつあるようだった。私ははあ〜っと深いため息をついて、自分の夏までの生徒、阪上八雲なる少年がどういった人間であるかの説明をした。
美形で、賢くて、腹黒くて、性悪で、しかも金持ちのぼんぼんだと。
今までにあったエピソードは盛りだくさんで、最初はニヤニヤして聞いていたウマ君や龍さんも、最後の方には眉間に皺が寄っていた。
「・・・なんつーガキだ。恐ろしいな」
「凄いですね〜、よく3年も我慢しましたね〜」
「急所蹴ってやればよかったのよ、シカちゃん!そういう男は去勢するのが一番よね!」
うっと龍さんとウマ君が痛そうな顔をした。私はそれを見てつい笑ってしまう。
「脅しもすかしも泣き落としも全部したって自覚はあったみたいですけどね。でも私にはイマイチあの子が本気で私が好きだとは思えないんですよ。何と言うか・・・お気に入りのおもちゃを手放したくないって感じかと」
龍さんがここで頷いた。
「おもちゃ!それはよく判るな。シカの反応はピカ一だからなあ〜!」
そんなとこ理解しなくていいの〜!!私はキッと龍さんを睨みつけて続ける。
「申し訳ないとは思いましたけど、私は気がないことを目一杯伝えたつもりだったし・・・もう家庭教師も辞めてたし。だけど!今日はもう完全にムカつきました〜!」
言いながら今日されたことを思い出して、私は改めて怒りに震える。
これでは就職がなかったことになったりだとか、まだそんな影響はない。だけども完全に大きな迷惑が私の身には降りかかったのだ。
店が閉店してからケータイを見ると、驚いた両親から一体なにがあったのだってメールと着信があった。
私は盛大に汗をかきながら友達の悪戯で、そんなことは起こらないから大丈夫よって言うのに必死だった。
母親が私をちょっと疑ったようで、卒論は家で書くことにして、もう一人暮らしはやめて帰ってきなさいって言ったのだ。
私は森で汗をかきながら食い下がった。
私は山神のことを説明し、今は店長がおらず人手が足りてないから、このまま辞めれないと食い下がって何とか説得したのだった。
無理よ、そんな急にバイト先を辞めて立派な正社員で働けるわけないでしょ?って。アルバイトだからってそんなことしていいってことにはならないわって。
もう必死だった。
それもこれも、全部全部ぜーんぶ、あの高校生のせいなのだ〜っ!!
うおおおおー!!と私が怒りに震えて叫ぶのを、皆は持て余した顔で眺めている。
「・・・まあ、あれだよ、シカちゃん。悪賢い高校生に、仕返しなんて企んじゃダメよ」
「え!?どうしてですか!?これは絶対に抗議しないと!」
くわっと目をむいてツルさんに向き直ると、新しいビールを注ぎながら龍さんが言った。
「お前では勝てないから、今こうなってるんだろ。もういいから虎が戻るまで大人しくしとけよ。抗議しに行って今度こそ相手に襲われでもしてみろ、本当に虎に喰いちぎられるぞ」
そして龍さん、ツルさん、ウマ君の3人で両手をバタバタと振った。
おすすめしなあ〜い、って。
・・・・・くっそう。
言い返せない自分が悔しかった。
問題の、夕波店長にはメールが届いたのか結局判らなかった。彼からの返信や着信はなかったからだ。
それを喜ぶべきかどうかでしばらく悩んでベッドの上をころころと転がる。
もう、この無駄な動悸が鬱陶しい!!
私はぐりぐりと枕に顔を押し付けて一人で苦しんでいた。
心の中で、山神の奥の壁、あのいつもの飾りを思い浮かべる。
・・・・ああ、山神様・・・・お願いです。
こんな苦しいの、もう私嫌なんです。
お願いします。
どうか
どうか
――――――――――彼に会わせて。
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