・過去の騒動@



 外見天使の腹黒大魔神阪上八雲が、私のケータイ電話で何をしたかが一向にわからなかった。

 何かをダウンロードした?形跡が見当たらない。メール転送や作成?同じく形跡が見当たらない。他のことも同じく、私が見た程度では何の変わったこともなかった。

 ただし、あっちは元々賢い上に私なんかより遥かに精密機器の取り扱いになれていて、私を誤魔化すことなんてケータイをパクったことくらいに簡単なはずだ。

 ぎゃあー。・・・もう、泣きたい。

 私はその喫茶店にその後30分も残って色々やってみたり考えてみたりしたけど、彼が何をしたのかが全然わからなかった。

 だけど、何かしたはずだ。だって脱兎のごとく逃げ出したもの!

「くっそう・・・阪上八雲〜!」

 誰にも聞こえないように小声で呪いを呟く。

 だけどどうしようもないから、私はがっくりと肩を落として帰宅した。今晩も山神に出勤の日だから、そろそろ帰らなくては間に合わない。

 とぼとぼと自分の部屋への道を歩く私の上には黒い雲があったはずだ。そうに決まっている。それくらいには、どよーんとした気分だったのだから。


 で。

 阪上八雲、あの美形の悪魔が何をしたかは、山神のドアを開けた時に判った。

 なぜなら、おはようございまーす、と挨拶しながら入って行った私に気付いて、キッチンの中からウマ君がすっ飛んできたからだった。

「シカさああああああーん!!!これってマジですか!?どうしてなんですか!いいんですか、だって就職はっ!!」

 その勢いに驚いて私は仰け反る。

 ななななな・・・・・・・何で、しょうか・・・・?

「・・・へ?」

 怯えて身を縮こまらせる私に向かって、同じくキッチンから出てきた龍さんが、ウマ君をあっさりと退けて言った。

「シカ、お前、マジで結婚するの?」

「は?」

 私は正直に目を真ん丸くする。・・・・私が、何ですか?

「何ておっしゃいました?」

 龍さんが腕を組んで柱にもたれる。珍しく真面目な顔をしていた。その後ろでウマ君が興奮を無理やり鎮めたって顔で突っ立っている。

「結婚。お前、大学卒業したら結婚するんだろ?」

「え・・・ええっ!?だ、だだだ、誰とですかっ!?」

「俺が知るかよ。それを聞きたいんだ。そんなメールをお前がしたんだろうがよ」

「はいっ!?」

 驚愕する私に怪訝な顔になって、龍さんが自分のスマホを弄る。そしてメール画面を私の目の前に掲げて見せた。

 そこには――――――――――――

『わたくし鹿倉ひばりは、大学卒業と同時に結婚することが決定しました。お世話になった皆様には是非挙式に出席して頂きたいと思っておりますので、詳細決まり次第また連絡いたします。まずはお知らせまで』


 ・・・・な。

「なんっじゃこりゃあああああああ〜っ!!!」

 私は龍さんからスマホを奪い取って、その信じられないメール画面をガン見する。え、ええ!?これって私が送信したの?知らない知らない!そんな、だって、誰と結婚するのよおおおお〜っ!!

 私の本気の驚きを見て、その後の一人大パニックも見て、龍さんとウマ君は唸った。

「・・・何だ、違うのか」

「シカさんからそんなメールが来たから、驚きましたよ〜!何かのビックリ企画ですか?」

「相手のこと書いてないから一瞬あれ?って思ったんだよ。でも本当に驚いてるな〜」

「でもシカさんから来ましたよね〜。俺、相手はトラさんだって普通に思いましたけど〜」

「しししし知りません!!だって私、こんな―――――――――」

 その時、ようやく思い当たった。

 阪上君だ。

 あの時、私のケータイを勝手に操作して、こんなメールを作ったに違いない。しかも連絡先の交換はしたけど一度もメールなんてしたことないウマ君にまで着いてるってことは―――――――――・・・って、こ、と、は〜・・・・・。

 ざあっと全身から血が下がったのを感じた。同時に大量の冷や汗が私の背中を滑り落ちる。


 ・・・・・・・・・きっと、アドレス登録している人全員に、送ってる・・・。



 わなわなと震えながら人のスマホを握り締めて立っている私を、龍さんとウマ君がこれはヤバイと思ったらしく、懸命に宥めて慰めてくれる。

「ま、ほらシカ!大丈夫だって、訂正きくし」

「そうですよシカさん、皆ちゃんと判ってくれますよ。相手のこと書いてないし」

「だってだってだって、結婚ですよおおおおおお〜っ!?」

 酷いでしょ、これは酷いでしょう〜っ!!

 私は取り敢えず飲め!と出されたお猪口一杯の日本酒を一気に煽って、求められた事情の説明を何とかする。

「は?」

 そう言って、更に眉間の皺を深くして龍さんが言う。

「カテキョの生徒がした?」

「・・・えらく悪質な悪戯っすよね」

 二人とも、くっきりと眉間に皺を寄せている。私はそんなところじゃなかった。もう怒りか悲しさか恥かしさかよく判らない混沌とした世界にいきなり放り込まれた状態で、ぐらぐらと視界が揺れていた。

「絶対そうです〜!もう、もう、本当にあの悪魔、信じられない〜!!ううううう〜っ!!」

 ついに涙が出てきて私はタオルに顔面を埋める。

 酷い酷い酷い〜!こんなことするとは!何て子なのよ、本当に〜!!実家の両親、大学の友人、知人、大学に入学してから今まで係わりがあってメルアドを知っている全ての人間に、メールが行ったと思ってまず間違いない。

 なんてことをー!!

 龍さんが、肩をポンと叩いた。

「シカ、泣いてる暇ないぞ。すぐにまた訂正メール送らないと、今日でケータイのメールサーバーが酷いことになるかもしれない。きっと皆相手のこととかでメールしてくるはず―――――――」

 ハッとした。確かに!確かにそうですよね!!私は化粧が崩れたままで、急いで自分のケータイを取り出す。

 すると、そこには既に数件のメール着信お知らせ。

 突然の結婚報告を読んだらしい友人、知人から、メールの返信がきていたのだった。

 件名が「Re:」で始まるものばかりがズラーッと並んでいる。

「・・・うわ〜・・」

 ガッカリして情けない声を出す私に、龍さんが言った。

「シカ、森でそれ処理してこい。もう店があくけど、その状態では無理だろ。訂正メールをもう一度全員に一括送信して、化粧直してから仕事に入りな」

「うう、す、すみません、龍さん。急いでやってきます・・・」

 ふう、とため息をついて、龍さんはいつものようにタオルで頭を縛る。そうして奥の壁、山神様の飾りつけをチラリと見て、言った。

「本当に急いだ方がいいと思うぞ。あのメール・・・・虎にも届いてるんだろうしな」

「!!」


 ・・・・ぎゃあああっ!!


 そこに思い当たらなかった!ウマ君が、ほらほら、と鞄を持ってくれるのに、私はバタバタと二階へ上がった。

 て、てて、店長にもメール・・・そりゃあいってるはずだよね!?うわああああ〜・・・怖い、怖いよー!早く早くしなければ!

 だけどだけど。と、そこで私は一瞬動きを止めた。店長が怒ったら怖いって皆言うけど、実際今までに店長が怒っちゃったんだなって時に、そんな凄まじく恐ろしかったことなんてなかった。

 嫌味を笑顔で言う、ある意味怖いことはあったけど、でも暴れるとか、そんなことはなかったし。

 ・・・そういえば、どうして龍さんも怖い怖いって言うのかな。私はふと思い立って、顔面に思いっきり“可哀想だ”と書いて私を見ているウマ君を振り返る。

「あの〜・・・そんな時じゃないかもだけど、気になるから一応聞いとこうかな。喧嘩にも強そうで、体も大きくて迫力もあって、しかもボクサーだった龍さんが店長を怖いって言うのは、どうして?」

 え?とウマ君が呟く。だけどちょっと考えてから、一階に通じる階段をちょっと見て下の様子を伺ってから、小声で言った。

「ええと、俺が直接みた訳じゃないんすけど・・・オープンしてすぐ位に、当時いたタカさんて人と龍さんがふざけて開店を遅らせた事があるらしいです」

「タカさん?あ、鷹か。はい、それで?」

 そういえば、そんな名前を店長から聞いたことがあったな、と思いながら私は頷く。

「その時キレたトラさんに、二人とも病院送りにされたそうですよ」

「え」

「大怪我だったって聞きました」

「ぼ・・・ボコボコ?店長が暴れたの?」

 ええ!?あ、暴れるんだ、あの人も。そう思ってちょっと想像してみたけど、あの普段は優しい顔をしてのほほんとあぐらをかいている店長が暴れまわるなんて、私のイメージ力では無理だった。

 ウマ君は記憶を探りながら難しい顔して続ける。

「それで、こんなふざけたメンバーでやって行けないって、トラさんは店長を降りるって言ったらしいけど、オーナーの説得で戻ったそうです」

「で、二人は?」

「タカさんは確かそれで辞めて、龍さんは戻ったけど、頭丸刈りの刑だったとか」

 うっひょー・・・。丸刈り?まーじーで。

 私はちょっと冷や汗をかいた状態で動けなかった。だけど、何とか口を開いてウマ君に言う。

「そ、そうなんだ・・・。ありがとう」

 ウマ君がもう一度下を覗いて私をせかした。

「開店ですよ、シカさん急いで下さいね。ツルさんが来たら聞いてみたらいいですよさっきの話。俺その時かなりいい加減に聞いてたんで、違うかもしれません」

 私は冷や汗をかきながら頷いた。

 そしてケータイに向き直る。焦ってうまく指を動かせなかったけど、何とかさっきのメールは悪戯で送られたもので結婚話などないです!という訂正メールを一括送信した。

 次々来ていた問い合わせメールは、取り敢えずこれで大丈夫だろう。

 だけど、ホッと息をはくことが出来ない私だった。

 だって、店長にも送られてしまったなら。本当に本当に、全員に送られてしまったのならば!

「・・・・ああ〜・・・・喰いちぎられる・・・・」

 実際に本人にそう宣言されているのだ、私は。

 ――――――――気をつけないといけないよ。でないと俺、喰いちぎっちゃうかもよ。

 ・・・そう、言われてしまっている。

「・・・・ううう」

 私は化粧直しも出来ずに頭を抱えた。


 鹿倉ひばり、皆に死亡メール出さなきゃならないかも・・・。





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