・トラ、爪を出す@



 実際に、皆が言う通りに龍さんのスペシャルランチボックスは本当にスペシャルだった。

「おおおお〜っ!!!」

 私とツルさんとウマ君が絶叫する。ウマ君は「喜びの舞い」も披露していた。

 皆タオルを頭から被っていて、髪の毛からはまだ水が滴っている。

 12時過ぎるまで童心にかえって水際で遊びまくり、一番最初に海に飛び込んでいた龍さんが、やっぱり最初に根をあげた。

「ダメ、俺腹が減って背中とくっつきそう〜」

 そう喚いて、後の面々を強制的にランチボックス前に集合させたのだ。遅れたヤツには食わせねーぞ〜、そう言って脅して。

 ランチボックスの中身は冷製シーフードパスタサラダとBLTサンド、フルーツサンドと照り焼きチキンだった。山盛りだ。

「それとこれ、これが大事」

 龍さんが取り出したのは、ビックサイズのポテトチップス。それは勿論市販のヤツ。

 誰もそれには歓声をあげなかった。だって目の前に宝石のような手料理があるのに!

 ジュースやお茶をテキパキと用意して、両手をあわせて唱和する。

「頂きまーす!!!」

 もうあぐらをかいてシートの上に座り、手を使ってガツガツと食べる。

「美味しいい〜!!」

「最高です!」

「さすが、龍さん〜!」

 バイト達の絶賛にそうだろうそうだろうと、ビールを飲みながら龍さんは満足げに笑っている。

「俺は天才だ。何させてもうまい」

 そう言ってふんぞり返っている。その時、実に人の良さげな笑顔を浮かべた店長が隣から手を伸ばし、いきなり龍さんの体をポンと押した。勿論、ふんぞり返っていた龍さんは見事にそのまま砂の上にひっくり返る。

「ぎゃあ!」

 全員で爆笑した。

「こら虎!お前年長者に何するんだ!」

 椅子ごと倒れたままで、龍さんが盛大にブーイングをかましている。店長は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべて、優雅に手を差し伸べた。

「すみません、おじ様。腰など痛めてませんか?お手をどうぞ」

「・・・お前、砂に埋めるぞコラ」

「酔っ払いには負けないよ、龍さん」

 お前も茶髪になれ!そう言って、立ち上がった龍さんが店長の頭にビールを振り掛ける。二人でぎゃあぎゃあと騒ぐのを後の3人は無視して、食事に集中していた。

 子供だ、本当。

 ようやくふざけるのを止めた店長と龍さんが簡易の椅子に偉そうに座って、私たちに指図をしながら食べ始めた。

 他の3人が構ってくれないことに気付いたらしい。


「うーん、極上ですね!」

 分厚いベーコンとレタスとトマトが口の中でとろける。美味しくて、楽しくて、私は笑顔が止まらないって状態だった。隣では、ウマ君が大きな照り焼きチキンで口を一杯にしている。そしてその隣ではツルさんが、パスタサラダのドレッシングの作り方を教えてと龍さんに迫っていた。

 ツルさんをからかって龍さんがニヤニヤしている。それをついでに横から突っ込んで、店長が更に、笑顔で会話をかき回していた。

 体は海で冷やされてひんやりと冷たく、肌を水の玉が滑っていく。心地よい疲れに支配されて、動くのも億劫なんだけど、それすらも嬉しいと感じるのだ。

 やっぱり、いいなあ〜!体を動かして遊ぶのは。

 食べながら視線は波打ち際へと吸い寄せられる。

 そうだ、こんな遊びの時間を、私は長い間忘れていた。


 昼が終ると、何故かバラバラになった。

 いや、何故かもないんだけど、ね。元々性格も好みもバラバラな獣達だ。

「ダメ、俺もう倒れる〜・・・」

 そう言って、まず龍さんがゆらりと立ち上がった。

「え?倒れる?」

 私がそう聞くと、他のメンバーは慣れているらしく、はいはい、と適当に頷いている。

 ツルさんが簡易テーブルに置いてある車の鍵を龍さんに向かって投げた。

「クーラーつけて窓空けっ放しは止めてね」

「俺がそんなことするかよ〜」

 ぶつぶつ言いながら龍さんはサンダルをはいて車の方へ歩いて行った。

「あ、龍さ〜ん!砂落として乗ってくださいよ〜!」

 後ろからウマ君が叫んでいる。龍さんは片手をたら〜っと上げて返事に変えていた。

「龍さん、車で寝るんですか?」

 私は誰ともなく聞くと、3人がそれぞれに頷いた。

「そう。毎度のこと」

「龍さんは、お酒好きだけどあまり強くないのよ」

「2時間くらい寝ちゃってますよ、いつもね」

「寝るときはクーラーがないと死ぬらしいの」

「年だ年」

「おっさんだよね」

 ツルさんとウマ君が好き勝手いってケラケラと笑う。

 ・・・へえ〜。実はお酒に強くないとは、意外だったなあ!そう思っていると、よいしょ、とツルさんが立ち上がる。

「私ゴミ捨ててシャワー浴びてきますねー」

「え?」

 私が見上げると、彼女はニッコリと笑う。

「だってこの白い肌に日焼け止めを塗りなおさないと。コンパニオンのバイトもしてるから、日焼けはダメなのよ」

「ほい、いってらっさい」

 店長はシートの上に寝転がって帽子を目元にのっけながら言った。どうやら寝るつもりらしい。

「あ、じゃあ俺も、ちょっと一服してきます〜!」
 
 ツルさん待って、そう言ってウマ君までポーチを掴んで立ち上がる。山神のメンバーでタバコを吸うのは二十歳になったばかりのウマ君だけなのだ。だから彼は、店では蛍族。

 え?ウマ君も?と声を出す前に、二人はさっさと行ってしまった。

「・・・」

 え〜・・・。私、何したらいいの?人気のない浜辺のシートの上で、寝転がる店長と一緒に置き去りにされてしまったぞ。

 ・・・うーん。一昨日森で賄いを一緒に食べてから、二人っきりになったことがない。うお、結構・・・気まずい・・・。

 店長は鼻から上をワークキャップで隠して、寝ているようだった。

 ついつい視線が引き寄せられて、相手が顔を隠しているのをいいことに、思う存分観察した。

 つんと先っぽが尖った高い鼻。普段白くてシミひとつない肌は、骨に貼り付くようにピンと張っていて、今はこの強い太陽の攻撃をうけて赤く焼けてしまっていた。

 それが優しそうな雰囲気の外見を、やんちゃ坊主みたいに変えている。

 たーしか、店長は28歳てツルさんが言ってたなぁ〜・・・。彼女とか、居ないのかな。私は眠る店長を見ながらそんな事を考える。

 長い体は既に乾いて、砂がついていた。広い肩幅に、綺麗なラインの胸部から腹部と筋肉質の腰。やっぱり水泳かなんかしてたのかな〜・・・面接の時にそう思ったことを思い出した。

 お臍のところにちょっと毛があるけど、綺麗な体。いいなあ。引き締まってるって。つい、横にも大きかった小泉君の体と比べてしまってハッとした。

 ダメダメ、なんて失礼な!ダメよ、ひばり!ぶんぶんと一人で頭を振って、妄想の世界から抜け出した。

 ああ、危ない。穴があくまで見詰め続けてしまうところだった。何とか強引に、視線を海へと向ける。

 目の前には広がるベージュとブルー。

 耳の中に、波の音が心地よかった。

 パラソルが作る日陰の中で、ひんやりと涼しい体に腕をまきつけて海を見ていた。

 ・・・ああ、眩しい・・・。

 プリズムが光って、砂が動く。

 海や空が青いのは・・・・何でだっけ・・・。確か、空気中のチリとかが青を一番反射しやすくて――――――――――――

 夢の中にいるかのような感覚でぼーっと広い光景をみていたら、寝転ぶ店長がいきなり喋ったから驚いた。

「シカ」

「ひゃあっ!?」

 驚いてつい叫ぶと、店長が片手を伸ばしてワークキャップをずらしてこちらを見た。拳についた砂がパラパラと頬に落ちる。

「・・・何でそんなに驚くの」

「いやいや、す、すみません!てっきり店長寝てらっしゃるのだと思って―――――」

 驚いた拍子に一気に出た汗にバタバタと両手で風を送っていたら、帽子の影からこちらを見ている店長の目とバッチリ合った。


 ―――――――――――う。


「・・・見てたでしょ」

「へっ、はいっ!?」

 低い声は微かなのに潮騒に負けずにちゃんと聞こえる。私は焦ったままで聞き返した。何、何ですかっ??

「俺のことみてたでしょ。やたらと視線を感じたぞー」

「みみみみ見てませんっ!」

 挙動不審にならないようにと気をつけたら、どもってしまった。そして舌まで噛んだ。・・・ダメだ、失敗、バレバレ〜(泣)

 ククク・・・と店長が小さく笑う。私は暑い中で冷や汗をかきながら半笑いで座って固まっていた。

 ああ・・・誰か助けて〜。もうこの際、通りすがりの変な人でもいいから!そう思っていたら、笑うのを止めた店長がボソッと呟いた。

「シカ、いつまで店長って呼ぶの」

「・・・へ?え、いえ、だって・・・店長は店長でしょう?」

 何なのだ、いきなり。私は驚いたときの、身を仰け反らせた状態のままの体勢で言う。

「そうだけど、他は皆虎って呼ぶだろ」

「いえ、でも、店長さんですからねえ」

 意図がわからなくて瞬きしながら言うと、相変わらずキャップの淵からこちらを見ながら店長が言った。

「俺だけそんな呼ばれ方、寂しいなー」

「・・・はあ、そうですか」

「つれない返事」

 うん?何だ、この人?こんなところで拗ねキャラとかやめてよ、そう思ってチラリと見ると、意外にも真面目な視線とぶつかってうろたえた。・・・わ、笑ってない・・・。

「・・ええと・・・何なんですか、店長?」

「虎って呼んでみて」

「え、いやですよ」

 普通に私がそう返すと、彼は突然ガバッと身を引き起こした。それだけで、もの凄く驚いた。

 帽子が落ちて、塩で乾いてパラパラになった黒髪が額をこする。細めの瞳を更に細めて、店長がぐいっと顔を寄せてきた。

「うわあ!?」

 ち、近い近い近い〜っ!!

「言え。虎さんですよー」

「いや、だって店長の本名はトラじゃないでしょ!?」

 私は両手を後ろについて、何とか店長から身を離そうと努力しながら叫ぶ。

「じゃあ虎太郎さんって呼ぶの?」

「呼ばないですってば!!」

 離れてください〜!!シートがこれ以上先にはなくて、熱い砂に手をつけられずにそう懸命に叫んだ。

「シカはフリーになったんだろ?ならもう彼氏に遠慮することないでしょ。他の野郎を名前や愛称で呼んでも誰も怒らないよー」

「いーや、いやいやいや、そういう問題ではないんです!愛称や名前が悪いのではなくて、彼氏とかフリーとかでもなくて、店長は店長でしょって言ってるんです〜!!」

 これ以上下がれないのに、店長はまだぐいぐいと近寄ってくる。ぎゃああああ〜!ツルさーん!早く戻ってきて〜!ウマ君でもいいよ〜!

 逆光で影になった店長の口元が大きく緩むのが判った。

「・・・本当に真面目だなー。ちょっと珍しいくらいだねー、シカ坊」

「何でもいいですから退いて下さい〜!」

「嫌なら逃げな」

「え」

 両手を私の体の横にドンとついて、やたらと近くで夕波店長がにっこりと笑った。

「――――――――」

 彼の細めた瞳の中に、私がうつっているのが見える。

「・・・嫌なんだったら、逃げたらいい。別に檻の中ってわけじゃない。抜け出して、海で泳いでこいよ、シカ」

「・・・て」

「海の家にはツルもウマもいるし、車に逃げれば龍さんもいるぞ」

「てん―――――――」




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