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 つい前につんのめって、わたわたと口を開いた。

「つ、つつつつつツルさあ〜ん!!そこのとこ、もうーちょい詳しくお願いします!!」

 私の反応を見てカラカラと彼女は笑う。

「ああ、やっぱり知らなかったのね〜。あははは〜」

「いやいや、軽やかに笑ってる場合じゃないですよっ!どうして、一体なぜ、あんなちゃらんぽらんで軽薄でかなりおかしい人と付き合ったんですか!??」

 ツルさんが真顔で私を見た。そして、眉を下げて苦笑する。

「・・・シカちゃんは、龍さんに傾いているかと思ったんだけど、その台詞を聞いているとなさそうね」

「へっ!?龍さんに、かた・・・??ないないない、ないです!」

 驚きすぎで目が飛び出た挙句に零れ落ちるかと思った。

 どうしてそう思ったんですかああああ〜!!ツルさああああ〜ん!私がそう叫ぶと、いやいや、と彼女は手を振った。

「うちにくる子はとりあえず一度は龍さんに惚れるから、そうかなって」

 うちに来る子?!えーと、ああ、山神に雇われるバイトの女の子ってこと?私は首をぶんぶんと振る。

「いえ、ないです。私、小泉君がいたし・・・・」

 まあ、振られたけど。言葉は続かなかったけど、ツルさんは判った、と言う風に頷いた。

「まあ、シカちゃんは真面目だからねえ〜。龍さんもどう攻めていいか考えあぐねていたみたいだし」

 って、そこ、笑うとこですか!?私は色んなことで仰天したままだ。

 だって元カノの前で、次々他の子を口説いたってことかい!!そう思って。


 海辺では、既にびしょ濡れの男達が盛大に笑い声をあげながら遊んでいた。

 逆光でキラキラと光り、綺麗な光景として私の目にうつる。

 同じように波打ち際へ目をやりながら、目を細めてツルさんが言った。

「あれが、龍さんなのよ。女には誰にでも優しい、苛める、からかう。女の子は本気になる。でも・・・龍さんはちょっと違うのね」

 私は座ったままでツルさんを見上げた。

 走っていくときに龍さんが投げ捨てたビール缶を拾ってゴミ袋にいれ、ツルさんが笑った。

「・・・真面目になるとバカをみるのよ。彼は変わらない。少なくとも、私や今までの子は彼を変えることは出来なかった。それだけ」

「え、もしかして龍さん、今までのバイトに来た女の子全員と付き合ったとか?」

 まさかでしょ?そう思って聞くと、ツルさんがアッサリと頷いたからまた仰天してしまった。

「そう。・・・あ、でも一人家庭の事情で辞めた年上の女の人は短かったからそんな暇なかったと思うけど」

「ええ〜っ!?なんて節操のない!だってツルさんの目の前で??」

「そうだけど、別になんとも思わなかったわよ。龍さんは、そういう人だって知ってるし。でも虎さんは一々怒ってたわね。龍さんとの恋に破れると、辞めちゃうのよ、皆」

 残ってるのは私くらいね〜などと平気な顔して言っている。

 板前に惚れて、付き合って、その付き合いがダメになって、仕事を辞める。・・・確か〜にそれって迷惑だよね。よく龍さん首にならないもんだよね。

「どうして龍さんは首にならないんですか?」

「あら、それを聞く?・・・・うーん、まあ一言で言うと、オーナーのお気に入りなのよ、あの人。それに虎さんも、恋愛になるまでに別に止めには入らないしねえ。別れて彼女が辞めると龍さんに怒るけど、新しい獣を探すのはきっと好きなんじゃないかな〜」

 新しい獣。それも、山神様にお願いするんだろうか。次の獣を下さいって。

 そうやって居酒屋の一番奥の壁の山神様に両手を合わせている店長を想像するのは、簡単だ。だっていつでもやってるもん、店長。

 でもそれより、とりあえず龍だよ!何て人なのだ、あの兄さんは!

「・・・彼女の時は、辛くなかったんですか?」

 もしそうなら、私は龍さんを嫌いになる。そう思って聞くと、ツルさんは目をぱちくりとさせてまた笑った。

「ああ、やだやだ、違うわよ。すごく楽しかったわ、付き合ってる間。料理も上手だし、実は細かく気を遣う人だし、エスコートも素敵だった。それに、彼女と決めた相手がいる内は、他の子にちょっかい出すことはしないし。・・・でも、楽しいだけなのね」

「はい?」

 ツルさんは波打ち際で遊ぶ男達をじっと見ていた。汗がポタポタと一粒ずつ落ちては砂に吸い込まれていく。

「普通は恋って、楽しいだけじゃないでしょう?不安になったり、ドキドキしたり、独占したいって思うから嫉妬も出るし・・・龍さん相手の時はそれがないの。それで、ある時気付くのよ――――――――――これは恋じゃないって」

 正直言えば、私にはよく判らなかった。だって、小泉君だって優しかった。明るくて、いつでも私は楽しかった。不安なんてほとんどなかったし。

 だけど、私はそれを恋だと思っていたんだけどな、って。

「何とも感じないの。彼が他の子と話しているとか、不安じゃなかった。彼は聞くのよ、飲み会やら何やら、行ってもいいか?って。どうぞ、って言える。そこに他の女の子がいたとしても」

「・・・とてもいいことのように思えるんですけど」

 私には。だって、安心してるってことじゃないの?そう思って見上げると、ツルさんは難しい顔をした。

「うーん、うまく言えないわ!何と言うか・・・でも、ほら、彼でないとダメってこともなかった、と言えば判る?薄っぺらい感じがするのよ、関係が・・・。もう〜!うまく言えないわ〜!」

 ツルさんはそう言って地団駄ふむ。

「す、すみません。理解力が乏しくて」

 そう言うとあはははと笑った。

「ああ、暑いわね・・・」

 彼女は微笑んでいたから、私は肩の力を抜いた。

「ま、龍さんは私には合わなかった、ってことなんでしょうね。あ、でもその点、虎さんは正体不明でも、人間らしいわ」

「え?」

 店長?

 急に思考が途切れて私はちょっと混乱する。さっきまで頭の中を占領していた龍さんが消えて、緑の部屋、山神の森で植物の世話をする夕波店長の姿が浮かび上がった。

 葉をなでる、優しい手つきを。その真剣な目を。

 ツルさんが振り返った。彼女の額から汗が流れる。それが顎までつたって、手で拭い去られてしまうまでをじっと見ていた。

「虎さんもいじめっ子よね。でも、今までの中では、シカちゃんに一番興味あるみたいね」

「げ」

「虎さんなら頑張って、って言えるわ。ちゃんと恋愛になりそうな予感がするから」

「い、いえ、私は―――――――」

 言葉は消えてしまった。

 あとには波の音と、獣達のあげる笑い声だけ。眩しい夏の一瞬が、ずしんと胸に落ちてきた。

 ツルさんが柔らかく笑う。

「・・・それにしても、暑いわねー・・・」

 どこもかしこも眩しい海辺で、世界はやたらと迫力を持って、しかも静かにそこにいた。音と光に圧倒されて、私は目を瞑る。自然は偉大だ。

 遠くから、龍さんが手を振って叫んでいる。

「おーい!お前らも来いよ〜!」

 龍さんの隣で店長も立ち上がって、頭を振って滴を落としながら言った。

「ガールズトークはもういいだろ〜?何時間話す気だい、君たち?」

「人に準備全部させて何言ってるんですか〜!!」

 ツルさんが両手を口元にひっつけてそう叫ぶと、龍さんは後ろをむいてお尻をフリフリしている。

 あははは、とツルさん手を叩いて笑った。男達は結局上の服をきたままでびしょ濡れで、今は波と戦うのに疲れて波打ち際で転がって揺られていた。

 ウマ君は波にされるがままになってるけど、あれ、大丈夫よね?死んでないよね?

「・・・砂だらけですね」

「ホントね。うーん、お気楽な人たちだわ、ホント!」

 ツルさんが緑のパーカーを脱いで、素晴らしい体を晒して太陽の下で伸びをした。私を振り返ってニッコリと頷く。

 いいのよ、シカちゃん。とりあえず、大事なことは、今を楽しむことよって。

 そして、おいでよ!と大声で言いながら、彼女も海へと駆けて行ってしまう。

 私は一人で日陰に座り込んで、皆が光と水とにまみれながら笑い転げるのを見ていた。

 それはとても開放的で、綺麗なシーンだった。





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