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 店が潰れるなあ!とコメントする夕波店長に龍さんがうんうんと相槌を打つ。困った困った、とふざける二人にウマ君が乱入した。 

「虎さん龍さん、俺は二人みたいに苛めませんよ!」

 ちっち、と指を左右に振って、店長が真面目な顔で言う。

「いや、ウマはまだ知らないだけだ。シカの反応を見ていたら、おちょくりたくなること請け合いだぞ」

 隣で龍さんが大きく頷いた。

「そうそう、楽しすぎるんだよ、こいつの反応」

「マジですか?!それは見てみたいかも・・・」

「そうだろ、それが普通だ!」

「となると、やっぱり誰も残らないな」

「残らないねえ」

「おう」

「あらー」

 私はがっくりと肩を落とした。・・・・お母さん、私頑張って生き抜くね、って、心の中で呟いて。


 ウマ君は、気のいい男の子だった。

 私が就活を終えたと知っていたので、早くその話をしたいと思ってたんです!と、その日のバイトが終ったあとは、仕事終わりの一杯を飲みながらの質問攻めだった。

 ・・・ここの人たちは、何かと質問攻めが好きらしい。

 私に答えられることは答え、友人から聞いた情報なども伝える。すぐ先に就職活動の門が見えているウマ君は、真剣な顔で頷いていた。

「・・・おもんねー会話」

 龍さんがぶつぶついいながらつまみを食べている。

 閉店したので頭に巻いたタオルをとっていて、耳につけた3連のブルーのピアスがキラキラと光っていた。

 熱がこもる厨房の中に半日いる為に、閉店直後の龍さんは汗だくだ。

 それを熱いタオルで拭いてさっぱりした顔は、本当に爽快そうで、まるでお風呂上りのようだなあ、といつも思う私だった。

 その時のタレ目を細めた笑顔はかなり爽やかで、あらら、この人も結構なイケメンだよね、と気付くのだ。悔しいから言わないけど。

「龍さんて就活したことあった?」

 店長が全然興味なさそうにだら〜っと聞く。

 龍さんは茶髪の髪をばさばさとかき回しながら首を振った。

「あるわけないでしょ、俺は職人だぜ。専門学校行ってレストランに入ったけど、それは紹介でだったから、自分では活動してねえな」

「へえー、それがどうして居酒屋に?」

 会話が耳に入ってしまった私が身を乗り出すと、龍さんはうーん、と呟いた。

「・・・ま、長くなるから省くけど、つまり、俺は自分の好きな格好がしたかったんだな」

「はい?」

 私が首を傾げると、彼は自分の耳を指差した。その先には3連ピアス。

「これなんか、ダメだな。ちゃんとした店で仕事して認めて欲しかったら、ちゃらちゃらした格好はアウトだな」

 ・・・はあ、成る程。服装規定にひっかかった、ということで宜しいでしょうか。

「好きな格好がしたかったんですね、龍さん」

 ウマ君が言うのに、龍さんは頷く。

「そう。だって俺はこんな格好が似合うのよ。折角格好いいのに、それを潰してどうする」

 自分で言い切るところが凄いですね、私は心の中で呟いた。

「で、どうして自分の店でなくて居酒屋に就職なんですか?」

 またウマ君が聞くのに、眉間に皺を寄せた龍さんはぶっきらぼうに答えた。

「日々立のおっさんに騙されたんだよ!可愛い子が店長でくるからって言うから楽しい愛欲の日々を想像して話に乗ったのに、蓋を開けてみれば野郎じゃねーかよ」

「あ、虎さん?・・・可愛い子って、オーナーそんな言い方したんですか?」

「うーん、あ、実際は、いい感じの子って言ったんだよ。でもいい感じっていったら普通は女の子だろ?」

 何でそう思い込むんですか、と、私はビールを飲みながら心の中で地味に突っ込む。

「龍さんらしいですけどね・・・。虎さんは、就活経験ありますか?」

 あはははと笑ったあとで、店長を探してウマ君が振り返る。

「あれ?虎さんが消えた」

 うん?3人でキョロキョロする。確かに近くにいた店長の姿が消えていた。閉店後の居酒屋で、カウンターの所だけの電灯をつけて飲んでいるので、後は暗くてよく見えない。

「おや?」

 さっきまでここにいたのに、店長どこ行った?

「え、まさか帰ったとかないですよね?」

 私が立ち上がって奥の方を覗き込む。ウマ君は店の入口をあけて、前の道を見ていた。

 一人カウンターに座ったままだった龍さんが、苦笑して立ち上がる。

「判った、きっと森だ。―――――――ほら、君たち、飲み終わったものを運びたまえ。洗って、さっさと帰るぞ、もう1時すぎてんじゃねーか」

「森?」

 私は2階を見上げる。ウマ君が戻って来て、二人分のジョッキを流しに運びながら頷いた。

「たまーに、虎さんがいきなり消えたら、大体は森に上がってるんですよ。本当に急に消えるから毎度驚きますけど」

「へえ?」

 最近はなかったのになあ〜、とぶつぶつ言うウマ君に食べ終わったお皿を渡す。

 いきなり2階に上がって?・・・何してるんだろ。ほんと、読めないというか、何しか変わった人だ。2階の植物の世話も、好きだというだけあって全部一人でしているらしいし。

 手早く龍さんが後片付けをして、流しを綺麗にする。私もウマ君も荷物を持って入口のドアを戸締りした。

 龍さんがボディバックを抱えて、2階の入口で叫んだ。

「虎ー!とーらー!!おら、帰んぞ!」

 2階は無言だ。

 私とウマ君は顔を見合わせた。

 ムスッとした顔で、龍さんが2階を睨んだ。

「・・・だーめだ、こりゃ絶対寝てる」

「え、店長寝てるんですか?」

 そりゃあいきなりですよね、ちょっと。私は驚いて大きな声をあげてしまった。

 あの一面の緑の世界で、眠りこける山神の虎を想像してしまった。緑の匂い、水気と通る風、ボロボロの、やたらと落ち着く茶色のソファーにあの長い体を横たえて眠る夕波店長が瞼の裏側に浮かび上がる。・・・何となく、可愛らしい景色かも。そんなことを思って、その自分に気付いてハッとする。

「くそ、こうなると長いんだよな・・・」

 あーあ、とため息を吐きながら龍さんが階段を上っていき、私とウマ君が階段下から覗き込んでいると、上の部屋、通称「森」から、夕波店長の間延びした悲鳴が聞こえてきた。

 きゃーあ、そう聞こえる。

「・・・龍さん、遊んでますね、多分」

 隣でウマ君が呟いた。私は頷く。多分ね、たーぶん、本当に店長が寝ていたのだとしたら、龍さんはきっと脇の下やら腰やらをこそばしたに違いない。

 龍さーん!!やめてーえ!!そう聞こえる声が笑ってるから、きっとそうだろう。

「帰れねえだろうがよ!いきなり消えて寝るの止めろよお前!オラ、オラオラオラ!」

「あははははははは!」

 ・・・・何でしょうか、あの人たち。私は呆れて重いため息を吐く。

 ウマ君が上を見上げて、苦笑した。

「しばらくダメですね。いつ帰れるんだろ」

 そう言って、よっこらせ、と若者らしからぬ言葉と共に椅子に座る。そして私を見上げた。

「彼氏さんは、まだ就活中なんですか?」

「え?あ、はい」

 さっき、そう言ってたなと思って。と小さな声で言って、ウマ君は地面を見る。

「・・・やっぱり、就活と恋愛は両立できないっすかね・・・」

 呟いた声に思わず彼をじっと見る。私はウマ君の隣で椅子に座らずにしゃがみ込んだ。

「・・・ウマ君、彼女いるの?」

「はい」

「うまくいってないの?」

 見上げると、照れた顔で笑った。

「今は・・・幸せですけど。来年になったら、自分達もうまくいかなくなるのかな、って」

 彼の後ろ、壁の左上に飾られた「山神様」が見える。

 その薄暗い場所を見詰めて、私は立ち上がった。

「シカさん?」

 気ままな大学生活で出来たカップルは―――――――――就職の壁で木っ端微塵に。

「大丈夫よ」

 私が出した声は暗い天井に上がっていく。

 じっと山神様を見ていた。それからウマ君を振り返る。

「大丈夫よ、彼女が好きならね。・・・私達は・・・もう気持ちが薄れてしまったのかも」

 遠くになってしまったのかも。だって、ずっと会ってないのに心も痛まないの。寂しい気持ちはどこへ行ってしまったのだろうか。

 ウマ君は痛そうな顔をした。

「あの・・・すんません」

「いえ、大丈夫。暗くなってごめんね」

 1階で、若い私達は、暗い顔をして落ち込んでいた。

 2階で、年上の彼らはドタンバタンと盛大な音をたてて暴れていた。


 ・・・・あーあ、全く。





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