2、初めての恋の話@



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 私は恋愛経験が少ないと思うね。

 片思いと呼べるかも判らないような小さな憧れはたくさんあったけど、どれも手を出さなかったな。いやいや、嫌われるのが嫌で行動を起こさなかったというよりは・・・まだ、遊び足りない、そんな感じだった。

 判るかなあ。神谷君は女の子が好きかい?ははは、そんな嫌そうな顔しなくても。男が女を求めるのは普通のことだよ。

 君も折角可愛い顔をしているのに勿体ない・・・あははは、怒った?

 って、こんなことはまさか書かないよね?ああ、そりゃそうか、良かった。

 で、ええと・・・。ああ、そうそう。

 高校生までは女の子と気まずく時間を潰すよりも男の子の友達と暴れているほうが楽しかったし、まだまだバカもやり足りなかった。

 だから周りに比べたら遅かったし、初心だったよね、きっと。

 そうこうしている内にアイドルとしてデビューしてしまった。そしたら確かに女の子から声を掛けられることは増えたけど、ますます友達と遊ぶ時間が減るからって、さらに一生懸命遊んでいて余計恋愛からは遠ざかっていたかな。

 どう付き合ったらいいのか分からなかったし、遠い世界のことみたいに思っていたんだと思う。

 こういっちゃあなんだけど、自分がそれなりに格好いいとは判ってたんだよね。周りが言うのもあったけど、鏡を見て、俺って格好いいじゃん、みたいな。でも誰か女の子と付き合うなんて考えなかったかな。

 そういう点では子供っぽくて・・・興味も沸くのが遅かったんだろう。

 で、こっちに越してきて、売れてしまって忙しくなって、そうなると恋愛なんて余裕はないんだよ。

 周りには勿論芸能界の可愛い子や綺麗な人ばかりだったけど、睡眠もとってないのに恋だ愛だなんて暇はないんだ。

 恋愛って、ある程度余裕がないと出来ないよね。衣食住が足りてなかったらそれどころじゃないっていう。

 それでもちょっとづつアイドルの生活というか、芸能界って世界に慣れてきて、漸く出会った女性がいたんだ。

 そう、それが妻になった人だよ。

 名前は朱実という。

 彼女は普通のOLだった。たまたまその頃事務所の近くにあってよく通った喫茶店の常連だったんだ。彼女も私もね。

 向こうは私のことを知っていたけど、それで騒いだりはしなかった。普通の常連客同士として扱ってくれたのが嬉しかったな。

 歳?ああ・・・私は確か30歳で――――――彼女は、朱実は26歳だったかな。4つ下だったから、そうだね。

 細身ですらりとしてうりざね顔の綺麗な子だった。いつも濡れたような瞳をしていて、その目をぴたりとこちらに向けるんだ。

 その目と会うたびにドキドキしたね。まだ、覚えている。私はその瞳がこっちを向かないかと祈っていたのに、わざと横を向いていたんだ。恥かしくてね。

 見てくれてるかな、と思って振り向いてみると、彼女は他の客と話しててガッカリしたりね。


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 テープレコーダを切って、オレは紅茶を飲む。

「休憩とか、いいっすかー?」

 目を上げるとちょっとぼーっとした感じで、俳優は庭を見ていた。

 返事はなしっと。

 思い出してるのかもしれないな、死んだ奥さんを。オレはそう思ってフードを被りなおす。

 今日の旗はテンションが高かった。最初からやたらと上機嫌で、いつもの紅茶におまけがついてクッキーまで出てきた。

 気い遣って貰わなくていいっすよ、と言ったら、あはははとやたらと大きな声で笑った。

 通いのお手伝いさんに叱られたんだよ、と。

 25歳の子なら絶対いつでもお腹がすいているはずです、と言われたんだって。

 ・・・まあ、否定はしないけどー。確かにいつでも腹ペコリンだけどー。

 でも出してくれるんだったらクッキーとかより鯖煮の定食なんかが食べたいんだけどなー。

 時計を確認する。ここへ来て1時間だ。今日はもうちょっといいのかな。

 やることがなくてオレも庭を見る。

 5月の庭は新緑に溢れていて、やたらと眩しい世界だった。

 ここから見たら森みたいだ。ここが住宅街の中の一軒だとは思えないような緑の景色だった。

「・・・神谷君は・・・」

 旗がいきなり話した。オレは顔をオッサンに向ける。

「彼女はいるのかい?」

 ウゼっ・・・。

 オレはだらしなく椅子に寄りかかったままでだらだらと答える。

「い〜ま〜せ〜ん〜」

「どうして?」

 くるりと旗が振り返った。逆光で顔が見えない。オレは目を細めながらむすっと答える。

「・・・ワケなんて知らないっすよー。まあ、出会いもないっすけど・・・オレこんなんなんで・・・近寄る女は変なヤツばっかですね」

 例えばシンディーとかシンディーとかシンディーとか。ってか、あいつがいるから他の女と交流がないんじゃないのか、オレ!

 あの無駄に目立って恐ろしい女のせいで、他の子と喋る機会は減っている。それは間違いない。

 ちょっと待って〜、今気付いたし!くっそ、シンめ〜!!

 オレが一人で心の中でシンディーの頭に頭突きを食らわせていると(実際には怖くて出来ないから)、旗の笑い声が聞こえた。

「・・・うん、そうか。でも真剣に誰かを好きになったことはあるかな?」

 あん?どうした、オッサン。オレと何の話をしたいんだい?

 オレは首を傾げたけど、とりあえず依頼主だと思って相手をすることにする。

「・・・真剣が、何か判らないっすから、ないんでしょーねえー」

「ふむ」

「真剣に好きだったんすか、奥さんが」

 話しが先にすすまないから振ってみた。指はテープレコーダーに伸ばす。

 しばらく黙った後、旗が口を開くのを見て、レコーダーのスイッチを押した。



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 妻と結婚したのは31歳の時かな。

 嬉しかった、とても。それまでその喫茶店に居る間は常連客同士でいれたけど、外には連れ出せない。彼女は一般女性だったし、私にはそれなりに記者もひっついていたからね。

 店のマスターにも協力してもらって、こっそり店でデートをしたりしたんだ。

 私のたまに貰える休日が平日だとOLの彼女には会えない。だから夜まで待ってわざわざ喫茶店を開けてもらったりしてね。芸能界の友達にも手伝って貰って、彼女の誕生日をお祝いしたり・・・・色々したな。

 限られていたけど、楽しかった。

 1年ほどそんなことをして、あれは秋だったな。

 観たい映画があった。だけども彼女は連れ出せない。私はそれを椅子に座ってぼやいていたんだ。

 一緒に外にいくには結婚しかないね、ってその時、彼女から言い出したんだ。

 私は情けないことにそれを聞いてもポカンとしていたね。

 何を言われてるのかがちょっと判らなくてね。その次は、別れましょうって言われてるんだと思ったんだよ。

 勝手に誤解して、思いっきり沈んでね。

 やっぱりこんなヤクザな業界に生きてる男とは一緒にいれないのかな、なんて思ってさ。

 ずどーんと落ち込んだんだ。

 それで?・・・・ああ、それで・・・笑われた。テーブルの上の手をポンポンと叩かれて。ねえ、私は恥かしいんだけど?って。プロポーズしたら意気消沈されるなんて、立場がないじゃないのって。

 こっちの方が4つも年上だけど、恋愛経験では彼女の方が上だった。照れ笑いをしてこっちを見た彼女の顔は・・・まだ覚えてる。

 頬が赤くて、瞳が濡れたみたいだった。髪がサラサラで・・・それを触りたくて。

 そこでやっと言われた意味が判ったんだよ。

 本当、バカだったよね、しっかりしよろって言いたくなる、思い出すと、今でも頭を叩きたくなるよ。

 それで事務所に言って、色々大変だったけど、彼女のご両親にもわかって貰えて・・・結婚した。

 もう隠れなくていいんだ、この人の手を堂々と繋いでもいいんだ、そう思って、本当に嬉しかった。

 これでこの人は私のものだって思うと大声で叫びたいくらいだったな。


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