4、シンディー、戻る
10月に入った。
旗の事件が起こってから、世間の噂も75日を実感したオレだ。
一時は凄かったんだけど、やっぱり毎日何かしら事件は起きているのだ。旗 秀真が殺人犯で、芹澤弓子も共犯で、旗は自殺をしてってニュースは、その後10日ほどで新聞からも消えた。
報道が消えるスピードが早かったのは、旗が今は地味〜な脇役俳優だったのもあると思う。現役のアイドルだったらまた違ったんだろうけど。
そして大女優だった芹澤さん。あの人の存在が事件をおもしろ可笑しく報道させる要因にもなったけど、本人が心労で倒れて入院となってからは元事務所の徹底的な火消し効果もあってほとんど名前も見なくなった。
頑張るマスコミの内すこしばかりの人間がオレのことをかぎ当ててこの部屋に来たりもしたんだ。
だけど相変わらずオレは引きこもりだったし、ハル以外のチャイムの鳴らし方には反応しなかったから、4ヶ月くらい経った今ではもう大丈夫だった。
オレは今までみたいに、旅に出たらその紀行文を編集部に持っていったり、ハルのお零れを貰ったり、雑誌に記事を書いたりしてダラダラと暮らしている。
ハルもちょっとは家族を作ることに前向きになったかと思ったら、今度は奥さんにしたい人がいない〜と嘆いていた。・・・子猫ちゃんはどうしたんだよ、とは面倒くさいから言わなかった。
そんなわけで、寂しがりやでちゃらんぽらんな叔父のハルも、相変わらず独身でその日暮しの生き方をしている。
東条君のお母さんがどうしたかは知らない。だけど、元気でいてくれるといいなとたまに考えたりした。・・・無理だろうけど。子供を失った親の気持ちはオレには判らないから。
そんな、まだあつい夏の忘れ物のような気温の昼下がり。
オレの部屋のチャイムが3・3・7拍子で鳴らされた。
「・・・」
ハルだ。
そう思ったオレはしばらく無視した。
でもチャイムは頑固に3・3・7拍子でなり続ける。・・・・ああ、うるせー。
オレは寝起きの頭を手でかき回しながら玄関に向かう。・・・ハル、何の用だよ〜・・・まったく元気なヤツだよねえ。あー・・・もう2時じゃん。
歩きながら裸だった上半身にオレンジのシャツを羽織った。このチャイムはどうせハルだ。別に上半身くらい裸でもいいんだけど、まあ一応・・・。
明け方までスコットランドの古い映画を観ていたオレは寝不足のままの半眼で、玄関を開けた。
「ハル、な――――――」
何、と言おうとしたオレに、大きな声が正面から被さった。
「ピンク!!」
「・・・あ?」
この声は・・・。
目の前にはシンディー。ここ3ヶ月見て居なかった腰に両手をあてた偉そうな格好でオレの前に立塞がっていた。
「シン?」
夏前は青いメッシュが入った黒髪の短髪だった彼女の髪の毛は、今では艶が光る茶色に染められていて肩まで伸びている。そのせいで雰囲気ががらりと変わり、一瞬判らなかった。
・・・ちょっとは女っぽくなったじゃん。オレはついしげしげと久しぶりのシンディーを見詰める。
サングラスをぐいっと頭の上に上げて、シンディーがにっこりと笑った。
「久しぶり〜!帰ってきたよ、日本に!」
・・・ああ、そう・・・。お前も無駄に元気だな〜・・・。オレはボリュームを落としてねん、と手で示してドアを大きく開ける。
「とりあえず、入ったら」
久しぶりにこいつのハイ・テンション・・・寝不足のオレには正直キツイぜ。
お邪魔しますも言わないで、シンは当たり前とばかりにぐいぐいと狭い玄関に入ってくる。そしてまた凶器になりそうな大きくてごついヒールサンダルを脱いで、部屋の真ん中へずかずかと踏み込んだ。
靴を脱ぐことは覚えたらしい。良し良し。
「ここは相変わらず狭くて汚いね〜!」
「・・・オマエね」
・・・・失礼なのは、ひと夏では変わらなかったか・・・。ワンって人、ちゃんとシンを教育したのか?
オレはごしごしと手で顔を擦りながらシンに言う。
「・・・・お前の家と一々比べないでねん。で、えーっと・・・何か用?」
シンがパッと振り返った。
「何、その言い方!ちょっとは嬉しそうにしなさいよ、ピンクの部屋にわざわざ来てやったってのに〜!」
「オレが呼んだんじゃないでしょー・・・」
オレはぐったりとベッドに寝転んだ。・・・・いや、お前といて楽しい思い出ってそうそうないからね、とは口には出さなかった。
眠い。だけど寝かせてはくれないだろうなあ〜・・・無理だよな、やっぱ。仕方なく口を開く。
「・・・監禁はどうしたの。ワンって人に修行させられなかったわけー?」
オレの質問に、不機嫌そうにシンは唸る。
「大変だったのよ、あの夜から!パパのもとへすぐに連れて行かれて、それから毎日説教。もう本当に地獄だったわ〜!」
「それはお疲れさん・・・」
心がこもってない、と頭を叩かれる。・・・ああ、マジで暴力女が戻って来てしまった・・・。オレの平穏な日々よさよーなら〜。
仕方なく、横目でシンを見る。
「で、監禁?」
「いや、ほぼ毎日の勢いで、見合いをしてた」
「――――――は?」
うん?何か変な言葉が聞こえたぞ?そう思ってオレはベッドで横向きに転がる。シンはまだ不機嫌な顔で、嫌そうに言った。
「パパが言うのよ。お前を野放しにしていたら子供を産む前に死にそうだから、結婚させるって」
「・・・はあ」
「それで毎日どこぞの誰かと見合いよ〜・・・もう、死ぬかと思った〜!!」
・・・それは相手が死にそうなんだよね?それも口には出さなかった。チキンだという自覚はある。突っ込みは拒否するよん。
「・・・ってことは、お前結婚するの。それはオメデト」
呟いたら今度は足蹴りされた。
「うお!!」
凄い勢いでベッドから下ろされて、げしげしと蹴られる。
何だよこのイカレた女は〜!!
「痛い痛い痛い痛いっ!!」
「ピンクはバカだって判ってたけど!あたしが目の青い金持ちのぼんぼんどもと結婚するわけないでしょ!?もう!」
「知るかよ〜!何でそんなに凶暴なんだよお前は!!」
お前が見合いしたって言ったんだろーが!オレが叫ぶと、足蹴りをやめてシンは唸る。
「決まったとは言ってないでしょ?あたしまだ24歳なんだから、結婚なんてごめんよ」
ふん、とシンが鼻をならす。こいつの育ちが上等だとはオレは信じない。
「で、隙をみて逃げてきたのよ。ドレス姿で空港に直行して、飛行機の中で他の旅行客から服を買ったわ。パパには無理強いするなら二度と戻らないって電話しといた。コレクトコールで」
金持ちのくせにそこら辺ががめついよね、シンは。オレは呆れた。
「・・・それで本当に逃げれたわけ?」
シンが眉間に皺を寄せる。・・・あーあ、いくら若いって言ってもその顔は駄目でしょ、オマエ。ボトックスが必要になるぞ〜。
「日本に着いたらワンが立ってた」
「どこに」
「到着出口に」
「先回りされたってこと?」
「そう」
「・・・で?」
「今度日本で何かあったら、強制的に結婚、子供産むまで監視だって」
・・・・ご愁傷様。合掌しといてやろう。オレには遠い世界の話で本当によかったぜ。心底そう思った。
「さあ、そんなことより続きを話して頂戴!あのバカ男の最後はどうなったの?何であそこにハル達もいたの?」
オレはだら〜っとカーペットに寝転がっていた。
「・・・」
ええ〜・・・面倒臭いっすよ。もう終わった話だしな〜・・・そんなことを思っていた。
だけどシンはそれでは納得しないだろう。くっそー、オレは可哀想だ。これぞまさしく踏んだり蹴ったり。
あ〜、腹減ったなあ〜・・・・。あ、そうだー。
オレは思いついて、起き上がる。目の前に居る、世界有数の金持ちのお嬢さんににっこりと笑いかけた。
「・・・話すからさ」
「うん?」
「飯、奢って」
タイムリーに、オレのキュートな腹の虫が盛大な音を鳴らした。
シンは一つため息を零すと、そのままで黙って中指を突きたてた。
・・・・・じゃじゃ馬だ。
昼下がりの街をシンを歩いていた。オレは8月に頭の金髪を染め直していて、毛先のオレンジ色は抜いたけど、全体がプラチナブロンドになって余計に目立っている。
それに隣はシンだ。すらりと高く綺麗な顔をしていて露出の激しい格好をしているシンは、同じく普通に歩くだけでも目立っていた。
道行く人が、好奇に満ちた目でチラ見する。引きこもりの生活のせいで、そんな場面も久しぶりだった。
二人でだらだら〜っと歩く。
「そういえば、ずっと気になってたんだけど〜」
オレは隣を歩くシンを見る。
「何?」
「ワンって人・・・男、それとも女?どっちにも見える」
シンは額の汗を指で払ってにやりと笑った。
「どっちでもない」
「あ?」
もしかして、人間じゃないとか?金持ちのこいつの世界なら、そんなことも可能そうで、オレはビクビクしながら考えた。
うーん、と空を見上げて考えながら、シンは言った。
「正しくは、男でなくなった人間、かな。去勢ってあるでしょ、アレだよ」
「・・・マジで?居るんだ、この21世紀に・・・」
おっそろしいな、華僑!!思わず前かがみになってしまったオレだった。去勢・・・・いって〜え(勿論経験はないけど)!!
「あたしが4歳の時から、ずっと傍でいろんな事を教えてくれたんだよ。自分の生活は全部捨ててチョウグループに仕える、そんなことを代々してきた一族なんだって」
うげ。感想は、もうこれしかねーじゃん。
「だって去勢してたら子供作れないでしょ」
オレとしては最もなことを突っ込んだつもりだったけど、シンの返事にはぶったまげた。
「うん、でも女は産めるでしょ。ワンの一族は女は何人でも子供を産む。男は去勢する。そうやって一族を保つ。我が家に仕える」
つまり、絶えず他の血を入れて子供を作り、女が生まれたら一族の為に子供を産み、男が生まれたら主家の為に一生仕えるってことか!?
・・・超可哀想・・・。オレはしみじみと、あの人形みたいな人間に同情した。そんな人生、やだな〜・・・。それでも幸せなのかな〜。
まあ、幸せってのは、人の数だけあるものだろうけど・・・。そんなことは判ってるけど。
シンが、あ、と明るい声を出した。
「あそこ行こうよ、グッドルッキングの店長さんがいるカフェ」
「あ、いいね〜。オレあそこのご飯好き。まだランチあるかな〜」
話しながら駅前を目指す。
角の窓の大きなカフェは今日も混雑していたけど、にっこりと微笑む女性店員さんはオレとシンの場所を確保してくれた。
可愛〜い。つい立ち去る彼女の後ろ姿を目で追ってしまう。名前、聞いたら嫌がられるかな〜。
たまーにしか行かないのに覚えてくれてるらしいイケメンの店長さんがオレに笑顔で会釈をくれる。オレもだらだら〜っと返した。
いつも金髪をお団子にして頭の上でくくっている女性店員が笑顔で水を運んできてくれた。
うーん、やっぱり女の子は愛嬌だよ〜。目の前にいる姿は綺麗だが中身が悪い女とつい比べてしまうぜ。これは仕方ないよな。一人で頷いた。
「まだランチありますか?」
心持丁寧に聞くと、テーブルの下でシンに足を蹴っ飛ばされた。・・・酷い女だ。ちょっと足が長いからって、こんな攻撃するか。
「はい、大丈夫ですよー」
にっこりと優しく返事が来たから、二つ、と注文する。
涼しい店内にはコーヒーの香りと水の湧く音、そして人々の話し声や笑い声。
久しぶりにきて、いきなりリラックスモードになってしまった。
はあ〜・・・何だ、ここ。天国かな。
「さあ、話してピンク。あたしが車で連れ去られてからの話を」
「・・・全部?」
「勿論でしょ」
目の前で、シンディーが瞳を輝かせて待っている。あの長くて重い一部始終を話すまでオレは部屋に帰れそうにない。
・・・・あ〜・・・やだやだ。
「食べてからでいい?」
「仕方ないわね」
ほどなく目の前に置かれた豪華で美味しそうなランチに色んな意味で栄養を貰って、オレは椅子に座りなおした。
目の前には命からがら逃げた同士。
犯人は死んで、オレ達は残暑の中で天国みたいな店にいる。
ため息をついて、それから気合を入れる。
そして長い話を始めた。
「PINK is in the cage」終わり。
[ 25/30 ]
←|→
[目次へ]
[しおりを挟む]