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 ここの事務所との付き合いは、そもそも足長おじさんが滝本サンのおじさんを紹介したからなんだったっけ。

 オレはじっと滝本サンを見た。彼は既に話し終えた後のリラックスモードで長い足を組んで目の前に座っている。

「おい、テル―――――――」

 ハルが言いかけるのを、オレは遮って目の前の男に聞いた。

「足長おじさんって、誰なんすか」

「テル!」

 焦った声でハルが叫ぶのに、滝本サンはアッサリと言う。

「神谷君、彼には知る権利がある」

 隣でハルがぐっと詰まる。一体何なんだ。オレは目を細めて前に座る男を威嚇した。・・・皆、何を知ってるんだ。

 滝本サンは普通の声で、淡々と話しだした。

「私の叔父を神谷君に紹介した人の名前は、野口譲さんと言う。野口さんには弟が一人居て、その人は野口広次、君の、お父さんだ」

 脳みそに言葉がしみこむのに少し掛かった。

「―――――――――――は?」

 ノグチ・ヒロツグ、キミノ、オトウサンダ。

 オレはハルを振り返る。肩を落として情けない顔をしているハルに、聞いた。

「オレって父さんいたの?」

 あ?とハルは変な声を出し、顔を顰めて言う。

「そりゃ居るでしょ、何言ってんの、お前」

 俺の姉ちゃんはお前を産むのに別に細胞分裂したわけじゃねーよ、って。そう、だよねえ〜・・・・。あまり考えなかったけど、そりゃ勿論生物学的には父親はいるんだよねえ〜・・・。ちょっとの間、オレは呆然としていた。

 それを滝本サンは興味深そうに観察した後、ゆっくりと言った。

「つまり、君たちが足長おじさんと呼んでいた男性は、君の父方の伯父に当たる。野口さんは、君が生まれる前に姿を消した自分の弟、君の父親の事を申し訳なく思い、君たち母子の支援をしていたんだ」

 頭の中に、うっすらと男の人の後姿が蘇る。言葉は少ない人だったけど、いつも頭に手をおいてポンポンと優しく叩いてくれた。

 電球を替えたり、大きな買い物を運んだり、家具を組み立てたりしていた。

 あの人が・・・オレの、伯父。

 オレはまたくるりと振り返って、ハルを見た。

「ハル、何で黙ってたの」

 知ってたってことだよね、お前は。そういや足長おじさんは親の知り合いだって言ってたしね。知り合い・・・まあ、そうとも言うか。

 ハルはウロウロとあちこちに視線を彷徨わせている。大っぴらに挙動不審だった。

「いや―――――そのー・・・つまりぃ〜・・・」

 前の席で、滝本サンがまた笑った。今度は声つきだった。そしてオレに人差し指を向ける。

「神谷君は、君を独り占めしたかったんだよ」

「・・・あ?」

「もう一人、年齢的にも父親のような伯父がいると判ったら、君が自分から離れてしまうと思ったんじゃないのかな。自分が君の、唯一の親族だと思いたかったんだろう。――――――――そうだろう?」

 ハルは盛大にため息をついてから、天井を見上げて言った。

「・・・滝本さん、勘弁してくださいよ・・・」

 マジで。オレは口が開きっ放しで涎を出すところだった。・・・危ない危ない、それはマジ格好悪い。

 ずっと兄弟みたいに過ごしてきたのはハルだけだったのに。そんなこと考えて、秘密にしていたなんて。

 ・・・こいつって、本当に―――――――――――

「・・・お前、やっぱりバカだな」

「可愛くねーよ!全くよ!」

 ハルが噛み付いた。

 昼過ぎの調査会社では気温が上がっていた。

 滝本サンは一度立ち上がって、エアコンのスイッチを入れる。ぶおんと大きな音を立てて、古いエアコンは作動した。

 また前に座った滝本サンにオレは聞く。

「・・・その人、まだ生きてるんっすか?」

 うん?と顔を上げて、それから面白そうに口の端を持ち上げた。一瞬、柔らかい目をした。

「そう、生きている。少なくとも彼の娘はそう言っていた」

「娘?」

 ハルとはもる。言ってからお互いににらみ合った。

 それを見て、滝本サンが更に笑みを大きくする。

「君には従姉がいるんだ。野口譲さんの娘、野口薫。・・・・君と彼女は同じ瞳をしている。初めて会った時、ついじっくり眺めてしまって失礼した」

 ははあ!オレはポン、と手を打ちそうになった。それで観察されている気がしてたのか!納得だ。悪意でも好意でもない、微妙に気になる目でこの人はオレをじっと見ていた。

 それは、知っている人と似ていたから、らしい。

「・・・その人と知り合いなんすか?」

 オレの言葉に滝本サンは一瞬真顔になった。・・・あ?何でしょーか。その間は。

 それから少し考えたようで、ゆっくりと頷く。

「・・・野口薫さんはここに顔を出すこともある。君が会いたいと思うなら、紹介することも出来るが」

 隣からハルの視線を感じた。それに、前に座る男。一体何だってちょっと雰囲気が変わったわけ?

 ・・・・うううううーん・・・。たった一人の、従姉、ね・・・。

「いや、いいっす。オレは特に興味ないんで〜」

 そう答えると、一気にその場の空気が和んだのは気のせいじゃないはずだよねん。

 何だってんだ、一体。




 調査会社からの帰り道、ハルはもう仕方がないからって、話しだした。

 ぶらぶらとのんびり歩きながら、前を見たままでハルは話す。

「姉ちゃんが死んでしまった後、あの人が来たんだ」

「それは覚えてる」

 オレが頷くと、ハルはちらりとオレを見た。ハルだけを隅に引っ張っていって、あの人は何か話していた。

 ハルはその時20歳だったから、この後の事を任されたんだろうな、とオレは思って見ていたんだ。

「・・・あの人は言った」

 ヤクザの抗争に巻き込まれて亡くなった場合、保証や謝罪はないのが普通だ。一般人は泣き寝入りするしかないんだ。・・・だけど、君はそれでは納得しないだろう。

 俺の怒っているのがあの人には判ったようだった。肩から提げていたボストンバックを俺に押し付けて、言ったんだ。

 だから、これを――――――――――

 中身は札束だった。一千万ある。そう言った。

 驚く俺に、あの人は、俺は泥棒だからな、って言ったんだ。俺は俺のやり方でカタをつけるって。やつらからぶんどって来た。汚い仕事は俺がやったんだ、判るな?これは奴らの金で、俺はそれをちょろまかしてきた、そう言った。

 だから、お前は何もしちゃ駄目だって。

 姉貴を殺したやつらを憎んでも、姉貴は戻ってこないんだ。この金を使って、テル君と生活しろって。

 それで、明日からは一人前になれって。

 大人は誰もいなくなってしまった。君が大人になる番だって。



「・・・1000万?覚えてるよ。でもあれは・・・母さんの保険金だって・・・」

 ハルは頷いた。

「それは嘘。姉ちゃんの生命保険は500万しかなかった。葬式代と引越し代や後片付けで全部なくなった」

 だから、俺はあの人がくれた1000万で、俺の大学とお前の高校の学費を払って、それから4年間の生活費にした。実際物凄く有難かった。あのお金のお陰で、両親が遺してくれて、姉貴が使わずに置いていてくれたお金には手を出さなくて済んだんだから―――――――――

「泥棒って言ったの?」

「そう。俺は怖くて聞き返さなかった」

 ・・・泥棒・・・。

 父親のことなんて考えてる暇がなかった、というのが事実だ。だって、オレ達は毎日3人で、それぞれが忙しくてそれなりに楽しかった。5歳までは祖父母もいたから家族も多かったし。

 でも父親というのは、オレが生まれる前に消えたらしい。そしてそのお兄さんは代わりにとオレ達を助けてくれたけど、泥棒だったらしい。うーん・・・。

 これって、結構複雑な家庭ってやつ・・・・だよねえ?


 相変わらずダラダラと二人で歩いていた。

 暑くて、夕焼け前の太陽の光は強く、目の前がチカチカした。

「・・・あの人、あれから消えたね」

 オレが呟くと、ハルが言った。

「俺はもう助けてやれないってあの時言ってたよ。この金の代わりだ、日本を出なきゃならないって」

「・・・まあ、言ってることが本当なら、ヤクザからぺチったってことだもんな」

「そうだよな」

 だから言えなかったんだよ、あの人から貰ったって。ハルが呟く。誰にも言ってはいけないとあの人は何回も言ったしな、って。

「娘さんのことは?」

「今日初めて知ったよ。・・・娘さんも日本に置いて行ったのかな」

「女の子・・・」

「美人かな〜」

「・・・」

 女の子と聞いたらすぐその反応を返すあたりが、もの凄くハルだよな〜。オレはちょっと笑う。軽い。そしていい加減。オレたちは、いつでもそう。

 それにしても、オレには従姉がいたのか・・・・変な気分だ。隣でハルは複雑そうな顔をしていた。

 折角の美形が台無しだぜ〜、オレは笑う。なっさけない顔。写メ撮っておくか?

 拳で頬をぐりぐり押してやった。

「何てカオしてんだよ」

「ふん」

 強烈なオレンジが突然姿を現した。ここは一瞬で夕方に突入する。

 ハルは眩しそうに夕日を見ている。駅前で、電車の切符を買いながらオレは聞いた。

「ハル・・・・結婚しねーの?」

 オレに切符を買わせていたハルが首を傾ける。

「あ?どうした、急に」

 ちゃりんと音を立てて小銭は券売機に吸い込まれていく。優しいオレは二人分の切符を買ってやった。

 ま、勿論後で請求はするんだけど〜。

「寂しがり屋なんだから、そろそろ自分の家族を作れば」

 切符を渡すとハルは驚いた顔でオレを見ていた。・・・そんな驚くことかよ。

「考えたことないってか?まさかでしょ、お前もう30だよ」

 改札を入るまで、ハルはずっと無言だった。うーん、バカが悩んでる。どうせ頭ないんだから、考えたって無駄だと気付かないんだろうかねえ〜・・・。

「・・・可愛い奥さんと可愛い子供。・・・いいかも」

 ハルが呟いた声に振り返る。

 オレはやつの胸元に指を突き立てた。

「その前にまともに働くんだよ〜、勿論だけど、判ってる?」

「奥さんが働きものかもしれない」

「―――――――お前ね・・・」

 ガックリしたけどハルはどこ吹く風で、電車を待ちながらブツブツ呟いている。

「うーん、家族かあ〜・・・」

「ハルの子供なら、オレにはまた別のイトコってことになるでしょ。母方の」

「・・・そうなるな」

 えらく年が離れたイトコになるわけだ。オレとハルの年が近すぎるから。

 くくく、と笑いが漏れた。何だよ、全然暗くなるとこなんかじゃねーじゃん。あははは。

「増えてくな〜親戚が」

 オレの言葉にハルまでもにやりと笑った。

「増やせるんだな、家族は。確かに」

「そうそう細胞分裂で」

「俺はアメーバじゃねーよ」

 くっだらない話を、電車の中でもずっとしていた。

 窓ガラスから差し込む夕日で街がぼやけて見える。オレンジ色に染められて、瞼の裏でもユラユラと揺れる。

 眩しさに目を細めながら、ハルがキッパリと言った。

「俺の子供なら、可愛いに違いない!」

 ・・・さよか。すごい自信だね、そりゃ。オレは若干脱力して、それでも一応突っ込んでおいた。

「作ってもねーのに親バカかよ・・・」

「親くらいバカにならないでどうするんだ!」

 そんなことを言いながら帰った。

 実に馬鹿らしくて楽しい会話だった。オレ達には、珍しい・・・。




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