3、ワンと滝本@


 その小さな調査会社は電車で30分ほどの繁華街の街角にあった。結構大きな事件を扱っているらしく、その世界では有名らしい。ま、これはハルがオレに自慢げに言ったことから知ったんだけど。

「・・・何でハルが威張るわけ。お前は関係ないでしょ」

 歩きながらオレがそう突っ込むと、ハルは垂れ目を細めて上から見下ろした。

「それだけ凄い知り合いがいるって話をしてんだよ!お前は本当に感謝の気持ちが足りないねえ〜」

「うるせー」

 あの夜。旗の家の外では一体何があったのかを聞きに来たのだ。今日はこの調査会社は皆出払って私が留守番なので、申し訳ないが来てもらえないだろうか、と滝本サンからハルに打診があったらしい。

 それで、相変わらずまともな仕事もせずにフラフラしている叔父と甥で来たってわけ。

 へいへい、行きますよ〜、どうせ暇っすからね〜。

 すでに迷彩パーカーでは暑いけど、外に出ることは殆どないオレは習慣で今日も羽織る。

 元々白い肌は夏でも全然焼けないので、いつでもこのままだった。

 見てる方が暑いぜ、とオレを見るなりハルが言ったけど、やかましいと蹴りを入れた(けど、避けられた)。

 レンガ作りの小汚いビルの階段を上った踊り場で、オレの金髪が光を受けてキラキラと光る。

 誇りっぽい踊り場で、一つしかない古いドアをノックして、ハルが開けて顔を突っ込んだ。

「こんにちは〜」

 奥のやたらとデカイ机の向こうで、滝本サンが立ち上がる。今日もどっかのモデルのような格好をして、眼鏡の中の瞳を細めて笑っていた。

 相変わらず大きな人たちで・・・。目線が上にいくのが面倒臭ーい。

 その柔らかさが、逆にうさんくさいぜ・・・オレはそんなことを思いながら、中途半端に頭を下げた。

 世間では。

 8年前に妻を殺した旗が、自伝を作るために雇った書き手にその過去がバレたので殺した、ということになっている。そして最後は自殺したと。

 まあ、それはそれで別に間違ってはないんだけどね。えらく省かれてるけどさ。東条君がどうやら過去の殺人をネタに旗を強請ろうとしていたらしいとか、別に何か証拠があったわけじゃないってこととかね。

 オレ達の話から旗の家の庭は掘り返され、東条君の傷んだ遺体も発見された。

 次の書き手であるオレがまた監禁されたのに叔父が(つまりハルが)気付き、甥を探して旗の家に行ったところ銃声を聞きつけて警察を呼んだ、ということになっているらしい。

 そんな無茶苦茶な、と思ったけど、それで通ったみたいだった。

 芹澤ってあのオバサンが話しをあわせたとは思えないから、どっかで何かが影響しているはずだ。

 きっとシンのオヤジさんの力がどっかで作用しているのだろうな〜・・・ま、オレには関係ないけど。

「どうぞ。悪かったね、わざわざ来て貰って」

 薄暗くて誇りっぽい、しかも雑然とした事務所の中で、滝本サンが高い声で笑う。

 そして一つだけある別部屋にオレ達を案内した。

「神谷君、その後、ストーカーはどうなった?」

 まずハルにそう聞き、ハルはガシガシと頭を掻いて笑った。

「いやあ〜大丈夫ですよ、今のところ!あの子がどうなったかは知らないですけど、最近は全然見てませんねえ〜」

「そうか、それは良かった。脅しが効いているんだろう」

 軽やかにそんな恐ろしいことを抜かす。オレは呆れて二人の顔を見比べた。・・・そりゃストーカーはよくないけど・・・その子、どうなったんだろ。ちょっと同情だね〜・・・。

 前の使い込まれたソファーに腰を下ろして、滝本サンは薄く笑う。

「何から聞きたい?」

 オレにそう聞くから、ソファーの上で立膝をしたオレはだら〜っと応えた。

「・・・あー・・・何であの時、旗の家にいたんっすか?どうして判ったのかが超謎・・・」

 うん、と滝本サンは頷いた。

 そしてオレの足をソファーから下ろさせようと頑張っているハルのほうを手の平で示す。

「神谷君から話を聞いて、今の時点ではこちらとしては何もすることがない・・・そう思ったのは間違いないんだけどね、でもまあ、気になったんだ。それで、丁度時間が空いていたので、旗の家に行ってみることにした」

 ・・・はあ。たまたま時間が空いたので、ねえ。オレは邪魔なハルの手を押しのけて頑固に立膝を崩さずにいるままで頷く。

「・・・で、夕方、君が出てきた。ああ、今日は仕事の日だったんだな、君は無事だったらしい、そう思った。あの時、私は角に停めた車の中にいたんだよ」

 それは気付かなかった。ハルは諦めたようで、ぺしっとオレの頭を一度叩いて隣に座りなおした。

 少しばかり楽しそうな表情でオレ達を見て、滝本サンは話しを続ける。

「君が歩いて行ったあと、バタバタと旗が出てきた。帽子、サングラス、襟立てしたシャツ。ちょっとした変装で車に乗って出かけていく。お手伝いさんらしき女性が出てきて、車庫のシャッターを閉める間ドアが開きっ放しだった。だから忍び込んだんだよ」

「え」

 それは・・・犯罪なのでは?口にはしなかったけど、オレの言いたいことは判ったようだった。滝本サンは軽く頷いて手をひらりと振る。

「大丈夫、バレなかった。あれだけ広い家だとね、隠れるところも沢山あるから。まあ一瞬で用事は済んだんだよ。盗聴器を仕掛けただけだから。女性が・・・あの、芹澤弓子さんが戻ってくる前に家を出れたよ。盗聴器は、一つあれば家の中全部の会話が聞こえる」

 ひょえええええ〜・・・そうなんだ。そうか、何かニュースでも見たことあるな。新しい家に引越したら、まず盗聴器がないかを調べてくださいって。前の住人に仕掛けられたものが気付かずに残ってる場合もありますから、とか。

 オレはそのニュースを見たときに、そんなバカな、と思ったんだった。でも結構普通にある話なのかも・・・しれない、ねえ〜・・・。

「もう用はないから戻ったんだ、ここへね。それで、他の仕事をしながらイヤホンでずっと聞いていた。旗の家の中の物音、芹澤さんの独り言などをね」

「・・・じゃあ、オレ達が運び込まれたのも」

 滝本サンは頷いた。

「聞いていたんだ。まあ、厳密に言うと、何か重い荷物が運び込まれたんだろうな、という程度だったけどね。芹澤さんの苦しそうな呟きとかね。旗はほとんど喋らなかったからね。あそこに落とそう、とか言ってたな」

 あそこ・・・あの部屋ね。やっぱりオレ達は突き落とされたのか。

 オレは顔を顰める。体中の痛みを思い出したのだ。どこも折ってなくてよかったよ。あれで頭を打ってたら、それで死ねたよね〜、きっと。よかったたんこぶが出来てたくらいで・・・。

「・・・意識のない人間は重いからなあ〜」

 ハルが横で呟く。他人事だよね、全く。む〜か〜つ〜く〜。

「君たちをどこかに落とした後、旗と芹澤さんの会話を聞いて、あ、これは君が捕まったんだろうな、と判ったんだよ。それで神谷君に電話したんだ」

「で、俺はぶっ飛んできた。優しい叔父だろ?」

 にやりと振り返るハルの頬を拳でぐいぐいと押してあっちを向かせる。一々こっちを見るなよ、もう。

「もう夜だった。とりあえず旗の家まで行ったけど、さてどうしたもんかと思って考えてたんだ。君たちの声は拾えなかったけど、旗が誰かに喋っている声は全部聞こえたからね」

 滝本サンは真面目な顔をしていた。薄笑いがなくなると、急に厳しい雰囲気になる人だな・・・こえー。

「ずっと聞いていた。それで、どうやら君たちはすぐには殺されないらしい、と思ったんだ」

 地下の部屋の会話は聞こえなかったんだな〜・・・。だから、上の部屋で話している旗の声は聞こえたってことか。オレはふーん、と返す。

 今思い出してもトイレに行きたくなるぜ。可哀想なオレ(・・・と、シン)。

 滝本サンは膝の上で両手を合わせて前屈みになった。眼鏡の奥の瞳はオレを見ている。若干緊張した。

「急を要するわけじゃないなら警察に通報も出来ない。なんせ、盗聴しか判断材料がないからね。ここは仕方ないから忍び込んで君たちを探すか、と考えていたんだ。ちなみに神谷君が、何としても自分が行くといい張っていた」

 オレはハルを振り返る。やつは意味不明にふんぞり返っていたから、期待しているのとは違う言葉を言うことにした。

「お前が来たって邪魔でしょ?」

「・・・・・・テル」

 大げさに肩を落とす叔父は無視して話を元に戻す。

「それで?結局はどうしたんっすか?」

 滝本サンが、ほら、彼らだよ、と言った。

 ・・・彼ら?彼ら・・・・ああ、彼ら!

 オレはだら〜っと言った。

「シンの護衛っすか?」

「そうそう」

 滝本サンは何故だかやたらと嬉しそうに呟いた。

「君たちが拉致されたことが判って、でもどうやら君一人じゃないらしい。いつかのあの女性が一緒なんだなと判り、彼女は何者かと神谷君に聞いたんだ。驚いたね、チョウグループの一人娘さんだったとはね」

「知ってるんすか?」

「勿論。先物取引が専門の、大企業だよ。アメリカでの長者番付にも載っているはずだ」

 ・・・ひょえー。

 勿論って言ったな〜・・・。ハルもオレも知らなかったけどさ。ま、一般常識はないってのは自覚済みだけど〜。

 それにしても本当に、超がつく金持ちだったんだなあ、アイツ。もっと奢ってもらえば良かった〜。

「それに驚いていたら、車が一台近づいてきた。そして、あの人が降りてきたんだ」

「あの人?」

「ワンといっていた。片言の日本語で、ここで何をしていると聞かれた。外見から中国人かと思ったから北京語で話すと会話が出来て、ワケが判った」

 おお、この人チャイ語話すんだ。見掛け通りに油断ならない男だよな〜・・・。本当にサイボーグみたいなやつだ。

「彼女についてる発信機ではここらへんだったけど、家を特定出来ないままで信号がなくなったと。ここら辺一体を潰すかと考えているって。何か知ってるなら教えろと」

「は!?潰す!?・・・滅茶苦茶でしょ〜・・・」

 ハルが横で、俺もビックリしたわ、と呟く。そりゃびっくりするよな。普通の人間ならな。

 滝本サンが笑った。

「大丈夫だ、この家だから、って私が教えた。でもセキュリティーが面倒くさいと。警察は呼ばず、入って助けようかと考えていると伝えた」

「すると?」

「我々に任せてくれ、と」

「・・・任せたんっすか?」

 オレの言葉に両手をパッと広げてみせて、滝本サンはまた薄く笑った。

「そう。餅は餅屋だと思わないか?私はただの調査員だ」

 ただの、とは恐れ入る。やなヤツだ、この人。それだけは今ハッキリと判ったぞ〜。

 正直なオレは顔を顰める。

 ハルが横から喋りだした。

「あの人達はあっさりと警報装置を片付けて、音もなく家の中に入っていった。どうしようかと悩んだけど、このままだとあの人達は間違えてテルを殺してもごめんの一言で済ませそうだったから、俺もついていった」

「だから」

 滝本サンが続ける。

「私もついて行った。神谷君よりは慣れてると思ったしね。それに玄関に設置した盗聴マイクを回収しなきゃならなかった」

 ・・・はあ、そうですか。オレは肩をすくめて見せる。ま、何であれ、お陰で助かったことは事実だし。

「足音が聞こえるからこっちだろうと彼らが行ってしまうからその通りについていくと、あの女性が廊下を這っていた。彼らが外へ連れ出し、ワンと言う人が部屋に入っていった」

「そしたらオレが死に掛けてた」

「・・・ま、そうだね」

 はあ〜・・・と息を吐き出した。実際は、3回くらい死んでても不思議じゃなかった。犯罪行為に酔った旗が手を下す楽しみを先送りにしていたお陰で、あの時まで無事だっただけだ。

 それと、お手伝いさんのお陰。・・・いや、拳銃が出てきたのはおばさんのせいとも言えるのか。

 ちょっとワンさーん・・・もっと早く来てよ。それとこの人も。聞いてたなら早く助けに来いっちゅーの。

 勿論口には出さなかった。だけど滝本サンには判ったらしかった。多分、オレの正直すぎる顔のせいだよねん・・・。

「もう少し早く助けて上げられなくて、その点は申し訳なかった」

 オレはヒラヒラと手を振った。社交辞令で。

「いえいえ。えーっと、請求は、元々仕事をオレに振ったハルにしてくださいね〜。オレ金持ってませんから」

 隣でハルが、え!?と仰天している。だって盗聴だ何だと使ったわけだし、大体この人も徹夜組みだ。しかも警察までの処理も全部やってくれたわけで・・・。

 すると滝本サンはくくくくと笑った。

「・・・大丈夫だよ。今回は、足長おじさん、だっけ?あの人に免じて。家族割引も適応だな」

「は?」

 オレはバカみたいに口をあけた。

 ・・・何でここで足長おじさんが出てくるの。そこで、そういえば、とハルが言っていた言葉を思い出した。




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