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何だ?もう死んだかどうか見に来たのか?いやでもそれじゃあ早すぎるよね、いくらなんでもくたばるほどには時間なんて経ってない。
どうしようかと考えていると何とおばさんは、良かった、二人とも無事だったのね、と呟いた。
「・・・さ、早く。上がってきてちょうだい」
そう言うと、ロープが降りてくる。
どうやら助けてくれる気らしい。そう判ってホッとした。だけどその後で、ロープに目をやってオレは唸る。
正直に言うと、げんなりした。
・・・・ええ?ロープ、のぼんの?これから?まーじーで。梯子、どうせ助けてくれるんだったら梯子を一丁お願いしやっす。
シンは黙ったままでオレを見て頷く。そしてスタスタと歩いて行ってロープをとり、壁に足をつけて上りだした。
ああ、なるほど!そうすれば簡単だ。オレはシンを見直した。シンがするのを見るまで、動くロープを手の力だけで上がるのかと思っていた。・・・あー、良かった。
シンは順調に上がっていく。オレはそれを見ていた。頭が上に出、手でドアの枠を掴んでからはロープは放して自力で這い上がっていた。・・・・元気だな、あいつ。あんなこと、出来っかな〜・・・。
ふう、と息を吐き出して、覚悟を決める。頑張れ、オレ!取り敢えずこれを登ったら、トイレにいけるぞ〜!
シンがやっていたみたいに壁に足をつけてロープを引っ張りながら登っていった。
バイバイ、監禁部屋。もうこの人生では二度とごめんだわ〜。やりたくもない貴重な体験をさせてもらった。
助けてくれるのはシンの言ってたワンって人だとばかり思ってたから、おばさんだったことにはまだ驚いていた。
よっこらせと這い上がる。腕が痛かった。
思ったよりきつかった。でも腹ペコで失禁寸前だったことを考えたら、よくやったと思う。
「・・・ああ、きつかった・・・」
無事に上に上がれたあとは、へたり込んで荒い息を静めるはめになった。
「さ、素早くね」
手伝いをしていたおばさんが小声で言う。
先に上がっていたシンが、おばさんを見て言った。
「まず、ありがとう。それで?」
「ごめん、シン、先にトイレ」
は?とシンディーが振り返る。駄目駄目、もう無理。絶対待てない。おばさんは脂汗の浮かんだ(と思う)オレの顔を見て、少し躊躇した後言った。
「トイレはそこのドアを出て右よ」
「うす!」
猛ダッシュだ。出て右手には天国がある〜!
暗い家の中を足音も気にせずに疾走する。こんなにトイレを望んだことなんて人生でないぞ、きっと。うんナイナイ。
とにかく用を足して、そこでやっと周りを見回す余裕が出てきた。
あ〜・・・死ぬかと思った、マジで。まあ殺すつもりだったんだろうけど。オレは心底東条ってヤツに同情した。
同じ殺されるなら一息にやってもらいたいよな。可哀想に・・・。
それにしても、膀胱炎とかなったら慰謝料請求してもいいかな。・・・どこにすればいいんだろう。仕事を振ってきたハル?引き受け出版社?
何とか少しばかりは元気を取り戻してさっきの部屋に戻る。
オレは入ったことがない部屋だと判った。変わったつくりで、部屋というより廊下の役割を果たしているのか、3方向の壁に他の部屋への入口がある。そして大きな窓。そこからはあの庭が見えていた。
オレがいつもいた応接室の隣の部屋なのかもしれない。
部屋には家具らしきものは何もなく、ただ真ん中の床に、さっきまでオレとシンが入れられていた地下室への入口がぽっかり口を開けていた。
部屋の中ではシンがおばさんの前に立って威嚇しているようだった。
「お待たせ〜」
たら〜っと声を掛けるとマジキレした目で振り返られた。・・・怖。
「ピンク、その床の入口閉めちゃって。また落とされたらごめんだから」
「はいよ」
一も二もなく賛成だ。閉めよう閉めよう。思ったよりも重いその小部屋へのドアを閉める。こんなんだったらいくらシンが中から押しても開かないわけだよな。
改めてぞっとした。旗の野郎、本気でオレ達を殺そうとしたってことか。
シンが両手を腰にあてるお得意のポーズを取った。窓から差し込む月明かりに彼女の青い髪がきらりと光る。
今は深夜なんだな、と外の静かな感じで思った。
「それで?助けてくれたのは勿論有難いわ。でもどうしてなの。それと、あのバカ野郎はどこにいるの?」
おばさんは暗い瞳をしていた。明りの足りない暗い部屋の中で、ほとんど存在感がなくなっている。
「・・・旗さんには眠って貰ってるわ。睡眠が深くなるように夕食に薬を混ぜておいたから」
ほ〜お。あのオッサンは普通にご飯を食ったのか。やっぱり変人だ。すごい神経の持ち主だな・・・。オレは呆れて眉を顰める。
「あなたはあのサイコの何?」
シンが首を傾げる。オレもおばさんを見た。確かにそれは知りたい。
おばさんはしばらく黙ったあとで、一気に言った。
「・・・仕事を一緒にしていたことがあるわ。ここ数年はこちらで家事の手伝いをしている。旗さんがどうかは知らないけど、私はあの人を愛しているの。ねえ、時間はあまりないのよ。彼は元々睡眠も浅いし薬の時間がよく判らないのよ。あなた達は早く逃げて、そして―――――――」
ぐぐっと両手を握り締めている。苦しそうな表情が闇の中に浮かんでいた。
「あの人を許して頂戴」
「―――――――は?」
さすがのオレでも驚いちゃったぜ。・・・許せ、だと?
シンは眉毛を上げただけらしかった。何となく気配でそんな気がしただけ。
おばさんは両手をきつく握り締めたままで焦ったように言葉を押し出した。
「お金を・・・たくさんお金を払います。だから許して欲しいの。監禁は勿論犯罪だと知ってるけど・・・でもあなた達は無事だったのだから」
いやいやいやいや・・・。無事だったからそれで終わりじゃないでしょーが。
そこはハイ、そーですね、とは言えないぜ。
「お金払ったら何でも許されるわけじゃないでしょ?」
命はプライスレスだぜ。呆れた声でオレが言うと、シンは真面目な声で続けて言う。
「前のライターを殺して庭に埋めたって言ってたわ。それはどうするの?」
あ、そうだそうだ。それはもう完全に見過ごせないでしょ。
おばさんは唇を噛んで俯いた。
「それに、亡くなった奥さんも。あの男が殺したんでしょ?」
シンが容赦なく続ける。シンが声を出すたびにおばさんの体が小さくなっていくような気がした。
「・・・奥さんは・・・ある意味正当防衛よ・・・。あの人は騙されて、傷付いて・・・」
だからって、殺していいってことにはならないと思うけど。
「じゃあライターは?あのオッサンは完全に壊れてる。楽しんでたようだったわよ、聞いていた限りじゃ」
確かに楽しんでいたように聞こえた。自分に酔って、バカ笑いをしていた。顔は見えてなかったけど、もし見えていたなら旗の目はいっちゃってたはずだ。
おばさんはキッと顔を上げた。
「あのライターは悪党よ!それにあなた達には関係ないわ!今はとにかく、逃げて頂戴!」
シンがフンと鼻を鳴らした。
「嫌よ。物事には順序があるのよ。あのバカが眠ってるなら好都合だわ。今から行って、生きてることを後悔するような仕返しを―――――――」
「・・・シンディー、オレは先に飯食って風呂に入りたい」
物事には順序がある、は賛成〜。でも優先順位がまるで違うな。シンが大きく顔を歪めて振り返る。
「前から思ってたんだけど、ピンクって頭の螺子が二本くらい切れてんじゃない?」
失礼な女だ。オレとシンがまた威嚇し合っていると、そんなことをどうでもいいらしいおばさんが叫んだ。
「ねえ、早くしてちょうだい!折角助けたのに意味がなくなるわ!旗さんは私が説得してみせるから。早くしないとあの人が起きてしまったら―――――――――」
「・・・起きてしまったら、やばいだろうね、3人とも」
闇の中に穏やかな声がまったりと流れた。
オレもシンもおばさんも、パッと後ろを振り返る。
あ。
暗闇の中、旗が立っていた。さっきオレがトイレから戻ってきたドアの所に立ち、指で部屋の電気のスイッチを押した。
カチっと音がして部屋の中に光が満ちる。その眩しさに一瞬眩暈がした。
「やあ、まだ君達は元気だったんだね」
旗はニコニコと微笑んでいた。
その手には、拳銃があった。
・・・・オー・マイ・ジーザス・・・。
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