3、思わぬ人物@
この地下室(だと思われる。だって天井に入口があるんだもーん)の出入り口は、どう考えても天井の扉一つであると、オレとシンの意見は一致した。
「・・・・本当嫌・・・普通に手は届かないしねえ〜・・・」
立ち上がって手を伸ばしてみる。身長175センチのオレでは無理っす。だけど、女としては高いと言えどシンだってオレと同じくらいだから、やっぱり届かないわけだ。
二人とも突っ立って、腰に手をあてて唸った。
うううーん。どうしたら良いのだ!
「取り敢えずシンさえ出れば・・・」
オレが言うと、隣でシンが頷く。
「そうそう、あたしさえ出れば・・・」
「そのワンって人が来てくれると信じて。チップの電波とやらも届くはず」
「それでもってあのファッキンサイコを懲らしめてやれる」
オレは隣をガン見した。
「いやいや、ジャンヌダルクになる前に、お願いだから先にオレを助けてくれる〜?トイレ、トイレ!」
何と、シンは舌打しやがった。
「・・・仕方ないわね。ピンクを引っ張り上げてから、あのおじさんをサイバツに行くわ」
「征伐」
「what?」
「せいばつ、だよん。サイバツではなくて」
「・・・・日本人は細かい」
「アメリカ人は野蛮だ」
「ああ!?」
オレは天井を指差した。
「怒りなら、あのドアにぶつけておくれ。さっきみたいに蹴っ飛ばしたら開かない、あれ?」
ぎろりとオレを睨んだ後で、シンはまた唸った。・・・マジ、山猫だ。
「どうやったらあの高さまで飛び上がって逆さむきで蹴ることが出来るのよ。ピンクはバカだ」
お互いに睨みあってうううーっと唸る。
ストレスフルだ、全く。いきなりキチガイに拉致監禁されて、世にも乱暴な女と小部屋に閉じ込められているのだ。
・・・が、まあしかし。シンにしてみたらオレの巻き添えをくったって話だよな。それは認める。
しばらくその威嚇のし合いという不毛なことをして、これでは時間も体力も無駄だと判ってから、取り敢えずドアに近づくことにした。
オレが下、シンが上。何とあいつはヒールブーツのままで馬になったオレの上に上がったのだ。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!」
「うるさい!餓死する前はもっと酷い全身の痛みに襲われるのよ!これくらい我慢しなさい!」
何でオマエはそんなこと知ってるんだ、経験もないくせに・・・。怖くて口には出さなかったけど。
よっこいしょ、とババくさい台詞をはいて、シンが天井に近づく。しばらく手で押したり爪を引っ掛けて引いてみたりしたようだ。バンバンと叩く音が聞こえる。
「・・・・マザーファッカー」
「オマエお嬢さんなんだろ?やめろよ、スラング話すの。育ちが疑われるぞ〜」
馬になっている時に言ったオレがバカだった。ブーツで踏まれて痛い思いをしただけだ。全く、ほんと散々・・・。
下に軽やかに飛びおりて、すごく不機嫌な顔でシンが言った。
「・・・無理。中からどうこうは出来なさそう。道具もなしではちょっとね」
オレ達は勿論てぶらだ。さっきシンが壊したカメラやレコーダーの残骸なら転がってるけれど、これが役に立つとは思えない。
「・・・どうする?」
シンは心底嫌そうにオレを見て、呟いた。
「体力温存。ワンが見つけてくれるまで、生き延びなきゃなんない」
―――――――――はあ・・・・ヘビーな現実だな、そりゃ。
夏前だといってもコンクリートは冷たい。パーカーを下に敷いても尻から冷えが這い登ってくるみたいだった。
シンもライダースジャケットを下に敷いて壁にもたれて座っていた。
二人とも無言だった。シン曰く、トイレのことを考えないでおく最良の方法は、寝ることだと。そんなわけで、彼女は目を瞑っている。
それは確かにいい案だけど、こんなに腹が減ってりゃ眠れないっすよ。
オレはぼんやりとコンクリートの壁を見詰めていた。
・・・・今、何時なんだろう。もう夜中なのかな。眠っていたのはどれくらいなんだろう。時計も取られてるし、時間の感覚がなくて今がいつなのかが判らない。
腹の空き具合では、夜中を過ぎたころくらいかな、と思うけど。・・・あー、腹減った・・・。
ハルは、オレがいないのに気付いたかな。
「・・・・」
いや、まだだろうなあ〜・・・。別に約束があるわけじゃないし、いつもなら10日やそこらは連絡が途絶えるし・・・。いや、でも今は旗のことを心配していたのはハルだから、もしかしたらオレに電話とか、してくれてるかも。
どこに行ったんだ、テルのヤツ。そう呟くハルが簡単に想像出来た。
コンクリートの壁に昔の日々が浮かび上がって、つい、瞼を閉じる。
まだ母親が生きていて、オレと、ハルは子供だった。
お金ならあるからと母親が言っても、クラブもしてないし暇だからって、ハルは高校生になったらすぐにアルバイトを始めた。
だから仕事の二人の帰りを家で待つのはオレの役目だった。炊飯器を仕掛けて、味噌汁を作る。洗濯物を取り入れて畳んで箪笥に仕舞う。そこまでが、小学生から中学生の間のオレの役割だった。
二人が帰ってくる。まず母親が。ただいま〜、ああ、疲れた〜って言いながら。そして必ず味噌汁の香りを褒めてくれる。
部屋着に着替えてお茶を淹れて、オレと並んでテレビを観る。
次にハルが帰ってくる。ただいま〜って。その笑顔が母親と同じで、やっぱり兄妹なんだねえって母親と笑っていた。ハルがお腹すいたと言って、母親がおかずを作り、3人で晩ご飯を食べる。
たまに母親はハルにビールを許していた。バイトも学校もない休日前などは。兄妹でビールを分け合って、ケラケラと笑っていた。二人とも酒には弱かった。
夜は母親が課題はしたのかと聞く。オレとハルは仕方ないな〜とぼやきながら一緒に机に向かう。
途中でハルが寝てしまう。その寝顔に母親の化粧品で悪戯をしたりして、母と笑ったんだった。
風呂に順番に入る。
化粧をとった母親は、まだ25歳くらいに見えたんだっけ。綺麗な人だったと今でも思う。ハルも母さんもそっくりだった。
毎日、そうだった。
その母親がヤクザの抗争に巻き込まれて、仕事帰り、流れ弾に当たって死んだ。
オレは家で電話を受けて、ハルのバイト先に電話した。
即死だったよ。痛い思いはしなかったはずだよ。係りの大人からそう聞いた。だから何なんだ、オレはそう応えたと思う。
・・・母さんは、死んだんでしょ、って。それだけが現実なんでしょ、って。
他の犠牲者の遺族と一緒に、警察で話を聞いていた。オレの隣で、ハルは怒ってるみたいだった。
畜生って何回も言っていた。
姉ちゃんまで、何で置いていくんだって、確かそう悔しそうに――――――――――――
両目を開けた。
・・・そうか、オレがここで死んだら・・・。
ハルは本当に、一人ぼっちになるんだな。
それはちょっと、アレだよね。格好悪いよねえ〜。
冷たいコンクリートの壁にずるずるともたれかかったままで、ぼんやりとそう思った。
もう希望も失くしそうな展開で、愛想もない寒い場所だけど、オレは何とか耐えないと駄目なんだよね、面倒臭いけど、叔父の為に。
あの甘えん坊でちゃらんぽらんな叔父の為に。
ここで死ぬわけにはいかないんだ。
・・・あーあ。こりゃ大変だ。
意識がいろんなところを旅していたようだ。コホン、と咳が突然出て、その音に自分でハッとした。
どのくらい経ったんだろう。ちらりとシンを見ると、相変わらず寝ているかのように目を閉じて俯いている。
冷えてしまって、お尻にはほとんど感覚がなかった。さっきからやたらとお腹が鳴る。それにそろそろトイレから意識をそらすのが難しくなってきつつある。
うー・・・・。
気を紛らわせるために動くか?そう考えて足に力を入れたとき、天井のドアがカタっと音を立てた。
ハッとして上を見上げる。シンもパッと起き上がって上を見たようだった。
カチリと鍵が回る音。ゆっくりとドアが開いていくのを、スローモーションのようにオレ達は見ていた。
暗い向こう側から覗いたのは、手伝いに来ているおばさんだった。
中を覗き込んでオレ達が自分を見ているのに気付き、パッと目をそらした。
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