1、リアル鬼ごっこ






  5、Tonight is the night.




    オレはこの一晩で、きっと10年くらいの生命力を使ったに違いない。











 明りがついた部屋の入口で、拳銃を持って微笑む旗をガン見する。

 最初に現実に復帰したのはシンだった。

「・・・この国では、それは違法なんじゃないの?」

 旗がニコニコと笑う。パジャマ姿が滑稽だった。

「そうだね、でもどうせやるなら一緒だしね。大丈夫だよ、近所には発砲の音なんて気付かれないから」

 せっかく消えていた脂汗がまた出てきた。

 も〜・・・緊張なんてするタイプじゃないっつーの。勘弁してくれ〜・・・。

 ってかアレ、本物?オレには見分けなんてつかない。

 旗は気味の悪い完璧な笑顔のままで、オレに言った。

「まずは、君からだよ、神谷君。・・・そうだ、君はどうしてピンクと呼ばれているんだい?そのお嬢さんはさっきからそう言ってるよね?」

 つい、天を仰ぎたくなった。しなかったけど。オッサン、そんなことこそ今は関係ねーだろ〜・・・。

 そんなわけで、ほぼやけくそで適当に答える。

「ピンクの公衆電話が由来だし・・・っつーか、どうでもいいけど」

 公衆電話?と旗は首を傾げたけど、おばさんが震える声で口を挟んだからそれ以上の質問はなかった。

 おばさんは唇から色を失くしている。

「・・・どうしてもう目が覚めて・・・だって・・・」

 旗はおばさんを向いた。つられて拳銃の銃口もおばさんを捉える。

「私は睡眠導入材を常用しているんだよ。君が使ったものよりもきついものをね。でもお茶の味で気付いたから、どうするのかを見るために眠ったフリをしてみたんだ。だけど―――――――」

 ニコニコと笑ったままで、旗が少しだけ首を傾げる。

「・・・まさか、彼らを助けるとはね」

 おばさんは震えていた。目が拳銃から外せないようだった。だけど小さな拳を握り締めて叫んだ。

「もう、もう止めて!前のゴーストライターだって殺すことはなかったのに!今なら間に合います。この人達を解放して、それで―――――――」

「間に合わないわ」

 シンの凛とした声が響いた。全然緊張しているようには見えなかった。

 一斉に6つの目がシンに集中する。

 相変わらず偉そうに両手を腰において、シンは言い放った。

「あんたはシンディー・チョウを誘拐して監禁した。それをうちのパパが許すとは思えない。日本でどれだけ有名かなんて全く関係ないわ。即刻連れ去られて華僑の拷問を受けて貰うわよ。懇願したって殺して貰えない。気を失うことも許されない特別な拷問を、あんたは受けるのよ」

 ・・・げーろげろ。オレはつい、シンを凝視した。・・・・何、この人。ちょっと、オレってばそんな恐ろしい女とマクドナルドとか行ってたわけ?うわ〜・・・。

 おばさんもシンを振り返って見ている。

 旗は微笑みは消したけど、別に何とも思ってないようだった。

「・・・ふむ。それはちょっと怖い話だね。でもまあ、取り敢えず、君達には死んで貰わないと」

「は、旗さん!」

 おばさんが叫ぶ。すると旗はおばさんを見てこう言った。

「弓さん、とても残念だよ。私だけは味方だから、そう言ったからそばに置いていたのに・・・」

 オレは心の中で叫んだ。

 ワンさ―――――――ん!!まだですかあああああ〜!?

 おばさんは更に身を縮めて泣き声になりかけながら叫ぶ。

「味方です!あなたがこれ以上おかしくならないように、この人達を助けたんです!」

「・・・助けた時点で、君も私の敵なんだよ。申し訳ないが、そこはハッキリしている」

 つまり、お前も撃つぞって言ってるんだな。おばさんもそれは判ったみたいだった。

 ちらりとシンを見たら、シンもオレを見ていた。人差し指を動かしている。・・・はい?何ですか〜?

 動かした方向には半開きのドア。

 えーっと・・・あそこから出ろってこと?

 微かにそっちへむけて首を動かすと、シンは頷いた。

 え、あってんの?本当にそれでいい?以心伝心なんてこいつとは絶対無理だと判ってるから、お互いに全然違うことを考えてるのだって有り得る。

 そこんとこもの凄く自信がないぞ〜、と思ってたら、シンがふう、と静かに息を吐いたのを聴いた。

 すると次の瞬間、自分と旗の間に立っていたおばさんの背中を、あのブーツで蹴り飛ばしたのだ。

「きゃあっ!!」

 おばさんが叫んで旗に倒れこむ。二人で絡まって後ろへ尻餅をついたのを視界の端で確認した。

「ピンク!」

 シンが叫ぶ前からオレは走り出していた。半開きのドア目掛けて頭から突っ込む。後ろからシンも飛び込んでくる。

「どけ!!」

 旗が叫んでおばさんを払いのけたらしい音がした。

 オレ達は飛び込んだ真っ暗な台所を既に通り抜けて廊下を走る。

「玄関は!?」

「ここがどこかしらねえんだよ!!」

 叫びあいながら取り敢えず走るけど、何だこの家は!?迷路かってほど廊下が入り混じっている。何の趣味だよこりゃ!

 まだ夜だから当たり前だけど家の中は真っ暗闇で、唐突に曲がる廊下のせいでそんなにスピードも出せない。ドアも部屋もやたらとある変な家だった。

「ピンク、窓、窓!」

 言われて突き当たりの窓に手を伸ばした。だけどガラスは開けどシャッターが閉まっている。

 ・・・電動じゃん、これ。

「窓駄目だ!ドア探せ――――――――」

 言うと同時にすぐ横の壁に穴が開いた。遅れてバシュって音まで頭に届く。

 ・・・・は?

 廊下の向こう側には旗が。

 まっくらだったけど、両目だけが異常にギラギラ光っている。手には拳銃。どうやら撃たれたらしい。

「やばっ・・・」

 下手したらオレの顔が半分消えてるところだった。・・・それは醜い。

 オレは廊下の曲がり角をダッシュで駆け抜ける。

 前を走るシンが叫んだ。

「バカ親父〜!!へったくそ〜!!」

「バカはオマエだあああああ!!頼むから煽るなよ〜!!」

「まともに撃てもしないくせに銃なんか所持してんじゃねえよ、バッカ男〜!!」

「シンのくそったれえええ!!黙れって〜っ!!」

 オレは後ろから爆走しながら必死で叫ぶ。

 手が届くならあの青く光る頭をはたきたい。何てこと言うのだ、この女は!!

 ぐるぐる色んな部屋を回る。何だよここは、本当に宮殿か何かなわけ!?

 行き場所がなくなって突き当たりの部屋へ突入する。

 入ってすぐに、足がもつれて転倒した。

「ピンク!」

 シンが振り返って叫ぶ。だけど後ろには既に近づいてくる旗の足音。

 この部屋は書斎のようだった。シンが舌打してデスクの下に隠れる。

 オレはそのまま転がって近場にあったソファーの影に寝転んだ。

 はあはあと荒い呼吸を飲み込むのに苦労する。いくら暗闇だって、こんなに騒がしく息をしてたんじゃバレバレだ。

 ・・・やべ・・・このままだと・・・。

 ガタン、と大きな音がして、半開きだったドアが蹴り開けられる。

「・・・ははは・・・ヤレヤレ・・・」

 乾いた笑い声と共に、旗が入ってきた。

 あっちもはあはあと呼吸を乱していた。年だよ、オッサン!いいから、そして頼むから、大人しくしててくれ〜・・・。

 もう泣きたい。

 ってか泣いてる場合じゃない。

 それは、確実・・・。そう思いながらそろそろと体勢を変える。

「・・・神谷君、それと、勇ましいお嬢さん、出ておいで。チェックメイトというやつだよ」

 生憎、オレはチェスはしねーんだよ!心の中で叫んだ。勿論口には出さない。

「ほら、10秒数えるから――――――」

 旗の声に笑いがこもる。

 ああ、いっちゃってる・・・。

「1、2、3・・・」

 書斎らしい部屋に旗の声が響く。やつは指で部屋の電気をつけた。ゆっくりと瞬いた後、電気がついて白く部屋を浮かび上がらせる。

 オレはソファーの足の下から部屋の入口に立つ旗の裸足の足を見ていた。

「4、5」

 ・・・案外近くにいるじゃん・・・。うう・・・やっぱり部屋の入口で転んだわけね、オレ。

 シンがどこにいるのか判らない。この部屋も一方の壁が開いていて隣の部屋へ移動出来るようだったから、シンは既にここにはいないのかもしれない。

「6」

 ソファーを覗き込まれたら―――――――一瞬旗の顔がソファーの向こうから覗き込む幻想を見た。指がソファーのヘリにかかり、ゆっくりと顔が出てくる・・・。ホラー映画並みにぞっとした。

 見えないってのは、かなり怖い。

「7、8・・・」

 畜生。オレは口の中に溜まった唾を飲み込んで、小さく息を吐いた。

 ああ、神様、どうか。

 いきなり撃たれませんように。

 それでもってどこかにいるシンが、少なくともあいつだけは助かりますように。

 でないとハルが―――――――――

「9」

 ソファーの後ろから、オレは立ち上がった。

 どうやら机の方を見ていたらしい旗が、ぱっとこちらに向き直る。

「・・・10」

 にっこりと笑った。目も顔も興奮でてらてらと光っている。

「神谷君、人の家を勝手に走り回るのは感心しないよ」

 うんざりした。すぐに撃たれなかったのは嬉しかったけど、まだこいつの話を聞くのが嫌だった。

 着ている迷彩パーカーから汗の匂いがする。

 それは紛れもなく、オレが今生きている証だった。

「・・・あのおばさんは?」

 オレの言葉に旗は片手を広げて揺ら揺ら振った。

「さあ。突き飛ばしたら泣いていたようだったな。まあ、あの人は後回しだ。とりあえず、君だよ」

「女の人は泣かしちゃ駄目だって、母さんに教わったんだ」

 オレの言葉に旗の目が一瞬揺れた。

 ふう、と肩で大きく息をして、やつは言う。

「・・・君が母親に愛されたのは素晴らしいことだよ。もう亡くなっていて良かった。悲しませなくて済んだからね。君が一人だと知ったから――――――――」

 拳銃の口をこちらに向けたままで話している。あれから弾が飛び出すことはさっき証明済みだよね・・・。

「――――――殺しても問題ない、と判断したんだ。天蓋孤独の人間が死んでも気にする人はいないからね。あのお嬢さんは計算外だったけどねえ・・・。そうそう、彼女は何者かな?」

 饒舌だなあ〜・・・。ぼんやりとそう思う。麻痺しているのかあまり恐怖はなかった。とりあえず、お腹が空いていて、よく頭が働いてないだけかもしれないけど。

 オレはどうでもよさそうにだら〜っと話す。

「シンはアメリカの金持ちのお嬢っすよ。パパを怒らせると怖いらしい」

 聞いていておいて、旗も興味なさそうにふーんと返す。何で聞いたんだ、オッサン。

「・・・それは面倒臭いよねえ。うーん・・・やっぱり彼女にも誰にも知らせないうちに死んで貰うしかないかな」

 オレは目を見開いた。

 ・・・誰にも知らせずに?それは無理なんだよ、オッサン。

「それはもう遅いと思う・・・」


 だって―――――――――――・・・・

 つい、正直なオレは旗から視線をずらして見てしまった。


「もう、バレてる」


 入口を背にした旗の後ろに大きな影が盛り上がったと思ったら、目の前から旗の体が吹っ飛んだ。



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