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『滝本さんに言っておいたぞ〜』

 夜。電話の向こうでハルの声が間延びする。

「・・・あっそ」

 そうとしか言えないじゃん。オレあの人よく知らないし。

「で、何て?」

 あのサイボーグみたいな人は何て?それは気になる。すると意気込んだわりにはハルの返事は淡白だった。

『‘怪しいのには近寄らないのが一番だけど、仕事で無理なら仕方ない。何か起こらないと警察も動けないから、やぶへびが出ないように大人しくしとけ’だってさ』

「・・・全然アドバイスじゃないでしょ、それ」

 まあまだ何かおかしいってだけの段階だもんね〜と思う。そういうしかなかったんだろうけど、何だよ、結局怪しい〜って言ってる人間が増えただけじゃん・・・。何がしたかったのよ、ハル。

 でも気になったからこれは聞いておこう。

「金かかんねーの?オレ払えないよ」

 ビタ一文払えないよ〜と心の中で繰り返す。今晩作ったカレーは今日から3日間の食事になるのだ。明日は二日目のカレーで楽しみ、その後はチーズをのっけたり卵をのっけたりして3日は持たせてやる。食費が今、マジでやばい。

 ハルがははは〜と笑う。

『大丈夫、相談だけならタダで聞いてくれるから。知り合い割引らしい。何かして欲しかったら流石にお金取るけどさ』

 知り合い割引?そんな可愛いことしてくれそうな人には到底見えなかったけどな。ちょっと思い出して首を捻る。何か、精密なアンドロイドみたいな男だったな。

「ストーカーの時はどうやって払ったわけ?」

 疑問に思って聞くと、また、はははは〜と笑い声。

『子猫ちゃんが払ってくれた〜。バカ女が原因でハルが家にこれないなんて許せない!だって。可愛いだろ〜?』

「・・・オレの叔父はタカリだったか」

『人聞き悪いな。愛されてんだよ、俺は!』

 バカの相手はやめよう。ちょっと情けなくなってくるし。オレはハイハイと返して、じゃあな〜と電話を切ろうとした。

『あ、テル待て。シンディーが警察に知り合いがいるって言ってたから、頼んで調書見せてもらえよ』

「―――――――は?何の?」

『旗の奥さんが亡くなった時のだよ。東条も気になってたみたいだった。ただ行って頼むだけじゃ無理だろうけど、ここはシンディーの親父さんの影響力を借りて、だな』

「・・・めんどうくせ〜」

 大体あいつに頭を下げるなんてごめんだ。見返りに何を求められるか恐ろしくて想像も出来ない。いくら旗が怪しくても、オレは我関せずで行きたいぞ。

 そう言うと、お前バカだな〜と返された。ムカついた。

『あっちが何かしてきたときの為に、身を守る情報を集めておくんだろ?』

「いらんことして狙われたらどうすんの」

『・・・・それは一理ある』

 やっぱりバカだ。

 大体東条とかいう前のライターが消えたのは、それこそ要らない突っ込みをしてかき回したから、かもしれないではないか。そんなのオレはごめんだぜ。

 ため息をついてから、思いついてふふんと笑った。

「ハルを好きにしてもいい、という見返りを求められたら応じていいってことだよな?」

 電話の向こうでぐっと詰まったのが判った。思わずニヤニヤする。どうしてハルがシンを遠ざけようとするのかが判らない。外見だけみれば綺麗だし、シンはハルにぞっこんなのに。

 それに身分はハッキリしているし、いつもシンがいうパパの会社を継いで、は無理かもしれなくてもそこそこの生活は出来るだろうと思う。

 ハルが何故ああもシンを引き離そうと頑張るのかがイマイチ判らないオレだ。

 電話の向こうからはくらーいハルの声が聞こえた。

『・・・ちょっと考えよう』

「ん」

 今度こそ電話を切った。

 開け放した窓から温かい風が入ってくる。ちらりと見上げたら、今夜は満月だった。

 ・・・・あの広い家で。

 長身の、ロマンスグレーの俳優を思い出す。あの窓辺に立っているのだろうか。

 旗は、何をしてんのかな。

 何を考えてんのかな。

 緑がどこまでも生い茂って外の世界はないのかもしれないと考えさせてしまうような、一面の庭を見てるのかな。


 あの庭はこの満月すらも隠してしまっているかもしれないけど――――――――





 ハルはそれでも行動に出ていたらしい。らしい、というのは、それから二日後に例によっていきなりオレの部屋を襲撃したシンディーが、腰に手をあててふんぞり返り、言ったからだ。

「ピンクの為じゃないからね」

「―――――――――あ?」

 ドアを開けるなりそう言い放ったデカイ女を見る。・・・・何をいってんですか〜お嬢さーん・・・・。

 長い指をオレの胸に突き刺して(超痛かった・・・)シンディーは勝手にべらべら喋った。

「ハルから電話があって、ピンクが今やってる仕事に係わりあるからってチョーショってのを見せてもらえることになったよ。わざわざあたしが行って、うつしを貰ってきてあげるんだから」

 ・・・チョーショ?ああ、調書。ハル、本気だったんだ。ちょっと驚いた。

 黙って言われたことを考えていたら、頭をどつかれた。

「痛っ!!」

「聞いてんの?ピンク、お礼はー?」

「・・・いや、オレが頼んだんじゃないでショ」

 ギラリと大きな瞳を光らせる。まさしく野生の猫だぜ、こいつは。もういいから早くアメリカに帰れ。それに謝れ。

 長い爪で引っかかれないように身を引いておいた。

「ハルの頼みじゃなかったらやらないんだから〜っ!!!」

「あーはいはい。・・・・シン、見返り何もらったの」

 ぐっとシンディーが詰まった。おお珍しい。こいつでもふいをつかれることなどあるのか、と思って。

 急にもじもじしてあちこちに視線を彷徨わせるシンを興味深く観察する。

「・・・キャラ変わってるぞ〜。見返りは、何なの?ないとかじゃないでしょ?」

 そう聞くと、また詰まって睨みつけてきた。

 まさか。

「・・・見返りナシ?」

 嘘。生まれながらにして商売人である凄腕のシンディーが?オレは思わず目を見開く。

 シンは腰に手をあてたままでしばらく挙動不審だったけど、やっと小さな声を出した。

「・・・だって、お願いって言われたから・・・」

「だから?」

「ハルにお願いって言われたから!!」

 そしていきなり階段にダッシュする。階段を駆け下りながら、ピンクのバッカ野郎〜っ!!と叫んでいた。それが階段の壁に当たってわんわんと響く。

 半分あけたドアに肩を預けて突っ立ちながら、オレは呆然としていた。

 ・・・・・・・今の、誰?


 あれ?シンディーだよな、今の女。・・・頼まれたからって・・・・そんな可愛い女じゃないでしょ、オマエ・・・。

「・・・わお」

 一人で簡単な感想を述べる。

 すげーな、ハル。さすがの女タラシだ!!



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