A
きゅうりが買ってくれている間に外で待っていた。一緒にレジ前に並ぶ勇気はなかった。だって、レジのお姉さんの視線が・・・。
お待たせ、と差し出されて、ありがとうございます!とお礼を言う。
「わーい、嬉しい〜!これ中々買えないんです」
「ん?たまにしかない商品か?」
歩きながら、きゅうりが首をかしげる。
「違いますよ。そうじゃなくて、これちょっと高めなんです。資金が潤ってて、どうしても食べたい時でないと、とても買えないんです」
なんせ、私はアルバイトの身。
社会保険つきであるとは言っても所詮時給で働く組なのだ。家賃が安いところに住んでるから何とか生活していけているだけで、本当は社会人になった機会にと実家へ仕送りもしたいとこなんだけど・・・。
ハッキリ言って、極貧の私です。
喜ぶ私を横目でみて、ふーんときゅうりが考え込む。
「トマト、一人暮らしか?バイトでやっていけんの?」
ぐさっ。
思わず自分の足に引っかかってこけそうになるのを堪えた。
うう・・・就職活動に失敗した私にはまだキツイお言葉ですわ・・。
「就活で失敗して、正社員になれなかったので。家賃が安いとこにいるんで、今は何とかやってますけど、その内また就活はしなきゃなんです・・」
照れ隠しにテへへと笑う。
エリートの営業であるきゅうりとは、大げさでなく「住む世界が違う」はずだ。それを考えると少し悲しくなる。
こんなに頑張っていても、生活レベルをあげるのにはもっと頑張らなくちゃいけないんだという現実。
この春先はもう無理ってくらい、毎日泣いていたものだ。
いかんいかん・・・また暗くなってきた。
せっかく高級アイスを手にもっているのに。
「ここで食べてくか?」
ぼそりときゅうりが呟いて、公園を指した。
まだ4時20分・・・。たしかに、事務所では怒号が響いてる最中だろう。
「はい、そうします」
ちょっと迷って答えた。
本当は、きゅうりと一緒にいることが複雑だっただけ。
私をからかっていない時のきゅうりは完全に紳士だ。それは私をドギマギさせる。今もどっちかといえば紳士的な振る舞いをみているから、その姿を見ても格好いいなあとしか思わない。
でもそれでは困るのだ。からかわれて憎しみを覚えれば、こんなに困らなくて済むのにな・・・。
ベンチに腰掛けて、カップの蓋をあける。
チョコレートの甘い香りについ頬が緩んでしまう。うーん、これを食べれるなんて、ほんと幸せ。
ニマニマと笑っていたら、きゅうりの声が聞こえた。
「嬉しそうだなー、そんなに美味いのか?味見させて」
きゅうりが横から覗き込むから、身をひいて横にずれる。ち、近い近い!
「あ、ならスプーンもう一個貰ってきたらよかったですね。貰ってきましょうか?」
同じスプーンを共有するなんて、そんな恥ずかしいこと完全にキャパオーバーだわ。折角の味がわからなくなる。
腰を上げかけると、前に立ったきゅうりが身をかがめた。
「これでいい」
――――――――へ?
蓋をもっていた私の手から蓋を取り上げてベンチに置き、そのまま手を掴んで私の指をアイスに突っ込んだ。
そして何と、アイスとクリームを掬い取った指ごと自分の口に入れたのだ。
「ひゃあ!?」
顔がっ・・・目の前にっ・・・!!ってゆーか、てゆーか!!指!指!!
ゆびーーーーーーー!!
あたしの指なめてるううううううううううーーーーー!!!
丁寧に舐めとっても、多分、5秒くらい。
指先にきゅうりの熱い舌を感じて固まった。
私は呆然としたまま、舐められている指を引っ込めることも出来ずに、目の前にあるつやつやの黒髪を見つめていた。
・・・・神様・・・・今、何が起こっているのでしょうか・・・。
「・・・んー。・・・美味い」
「・・・・・っ・・・」
「ん、美味いな、確かに」
私の指を解放して、きゅうりは上半身を起こす。そしてまたにやりと笑った。
舐められたところに風が当たって冷たい。でも身体はマグマみたいに燃えてきつつある。
「・・・・・」
「トマト?」
「・・・・・」
「おーい、また真っ赤になってるぞー」
「くっ・・・くっ・・・」
「く?」
「楠本さんの、バカーーーーー!!!」
ようやく手を引っ込めたけど、動揺して大切なアイスを落としそうになる。
慌てて受け止めた。
い・・・いいいいいいいい今のは何だああああ〜!!!
もう、耳どころか顔どころか首筋も、手も足も全部真っ赤になっているのが判った。
「何だよ、人のことバカ呼ばわりなんざ、態度悪いな」
「たっ・・たっ・・・態度が悪いのは楠本さんです!!何でいきなりあんなことするんですかー!!」
唾を飛ばす勢いで噛み付く私を高いところから余裕気に見下ろして言った。
「いや、だから、味見だって」
「すすすすすスプーンを使ってください、スプーンを!」
「何でだよ、いいじゃねーか指の1本や2本。減るもんじゃねーし」
ニヤニヤしながら反論してくる。
からかわれてる!!今日はいい人だって思ってたのに!それなのに!!さっきまでの紳士は一体どこに消えたのよおおお〜っ!!!
私は全身をあっちっちにして叫んだ。
「減ります!もう、セクハラですよ!!!」
「セクハラ?これが?・・・・お前、嫌だったか?」
パッと表情がかわって、心配そうな顔になったからこちらの勢いも冷めていった。
ゆっくりと瞬きを繰り返す。目の前には目を細めるきゅうり。
・・・・嫌?
ビックリしたけど・・・・別に、嫌ではなかった・・・。
舐められてるのに、気持ち悪くもなかった・・・。
いや、なんかでは・・・・。
あらら・・・私ったら――――――――
口元を手で押さえた。
「トマト?」
きゅうりの声が聞こえる。
私はそろそろと顔を上げた。
「・・・・・ビックリ、しました」
声を何とか振り絞る。
その返事に口角をあげたきゅうりはスプーンを私に差し出した。
「嫌ではなかった、と。ほら、もうしないから、食べてしまえよ。おつかいなんだったら、5時には戻らないと」
「あ!」
そうだ、忘れてた!
私はあくまで仲間さんのおつかいで外出してるんだった。
まだほてった頭と身体のまま、結局よく味わえずに急いでアイスを食べた。
きゅうりに舐められた指先がじんじんする。
もう何でもないのに、終わったのに。会社に戻って顔の赤みが消えても、人差し指だけは熱をもっていた。
それは私を動揺させた。
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