3、アイスクリームと唇。@


 1階についてエレベーターから出たところで強烈なショックがあった。

「うわあ!」

「きゃあ!」

 結構な反動で私は後ろに吹っ飛び、床に尻餅をついてしまう。

 ぶつかられたんだあ〜。あーん、お尻痛い・・・。

「ごめんね瀬川さん!!大丈夫?!」

 尻餅をついた私に手を差し伸べてくれてるのは、青山さんだった。

「青山さん!」

 びっくりしたけど、つい、誘われるように手を伸ばす。

 と、怒鳴り声がエレベーターホールに響いた。

「青山!ほっとけ、早く行け!!!」

 きゅうりが鞄を手にビルに飛び込んでくる。

「は、はい!ごめんね瀬川さん!」

 呆然としている間に青山さんは立ち上がり、エレベーターに乗っていってしまった。

 あ、そうか・・・締め切りまで・・あと8分・・・。今からで入力間に合うかな・・・。

 そこまで思考が追いついた時、宙ぶらりんだった私の手が掴まれて、身体が引っ張り上げられた。

「・・・え?」

「悪い。時間がなかったからな」

 きゅうりが笑って見下ろしていた。

「あっ・・・すみません、お疲れ様です」

 パッと手を引いて後ろに下がる。

 途端に、きゅうりが機嫌悪そうな顔をした。

「・・・・なんだよ。俺じゃ嫌だって態度だな」

 眉間にしわがよっている。黒い瞳が薄められて、なまじ顔が整っているだけに、凄みが増した。

 私は慌てて両手をバタバタと顔の前で交差させた。

「いえいえ、そんなことないです・・・」

 ううう・・・こわーい・・・。ここは、早く退散しなきゃ・・・。

 腰をかがめて、散らばってしまった封筒を集めだす。

「・・・これからコンビ二か?」

 一緒になって集めてくれながら、きゅうりが聞く。

「・・・はい、仲間さんのおつかいです」

「4時前に出す辺りが、あいつらしいな」

 ふっと笑ってきゅうりが話す。

 ははは・・・と引きつった笑い声を出してしまった。

 バレてる・・・締め切りの時間にいたくないの。そして、仲間さんの優しさも。

 あいつらしいなって言葉にちょっと羨ましさを感じた。

 ・・・仲間さんのことはそんなに優しく話すんだ・・・。ちぇっ。

「あ、ところで、青山さんどうだったんですか?!私ずっと気になって・・」

 立ち上がって、集めた封筒を渡してくれながら、きゅうりが破顔した。

「取れたよ、契約」

「え!!!本当ですか!?」

「ああ、それも2件だ。主力商品も入れてな」

 えええええーーー!??

 うわあ、それは凄い!会社が強力に推進する主力商品まで売れたとなれば、もうこれ以上望めないくらいに完璧じゃない!!

 私は一気に興奮した。ここが会社の1階、声の響くエレベーターホールであることをすっかり忘れてはしゃいだ声を上げる。

「凄い凄い!!良かった〜青山さん、本当良かった〜!」

 手を叩いて喜ぶ私をみて、きゅうりはちょっと真顔になった。

「ん?どうしました?」

「・・・いや。そうそう、しかも、お前が教えてくれた長谷寺様だ」

「えええー!!!」

 また叫ぶ私に、目の前のきゅうりは目元を細めて綺麗に笑う。

「娘さんは1週間前に帰国されてた。それで父親と一緒に話を聞いてくれた上、今日決めますと主力に入ってくれたんだ。長谷寺様は、個人年金をかけてくれることになった」

「うわあ〜!タイミングよかったんですね!」

「そう。これも皆、トマトのお陰」

 持っていた封筒をまた全部落とすかと思った。

 それくらい強烈な笑顔で、きゅうりがこっちを見ていた。

 煌く瞳に捉えられて、私は動けない。

 本当に、心臓が止まるかと思った。

 またもや真っ赤になって立ち尽くしていると、きゅうりは何でもなかったみたいに私を促した。

「ほら、コンビニ、いくんだろ?俺もついてくよ」

「へ?は・・・ええ?きゅ・・でなくて、楠本さん、部長と面談は?」

「俺は今月はとっくに終わってるから、面談の順番は最後でいいんだ。説明は青山がするだろうし。いいから、来いよ」

 スタスタと歩き出してしまう。

「あ、はいはい。行きます」

 急いで後を追う羽目になった。

 さっきの笑顔ショックで、まだ顔はアッチッチだし、もうこんなみっともない顔でついていきたくないよ〜、と心の中で泣き言を言う。

 でも青山さんがうまくいったというニュースは、それだけで私のテンションを十分上げてくれていた。

 よかった、ちゃんと力になれてたんだ。

 こういう形で、後方援助も出来ることがあるんだ。

 事務だってまだまだ新米だし、私は頑張らないといけないなあ。

 熱をもった頭を、10月の夕方、爽やかな風が吹いて冷ましてくれる。

 決意も新たに、きゅうりを追って会社を飛び出した。

 無事にメール便として全て出し終わって領収証を貰っていると、きゅうりの姿がないのに気付いた。

 あれ?さっきまでコーヒーのとこで商品見てたのに・・・。どこ消えた?

 手続きしてくれて店員にお礼を言って、背の高い姿を探す。

 あの身長であの外見で、いつでも無駄に目だってるのに、何で見つからないのよ〜!まさか、先に帰ったとか?

 ええ〜・・・もしそうだったらかなり凹むんですけど。

 そんなことを考えながらコンビニの中を一つづつ棚を進みながら探していくと、スウィーツのところで見つけた。腰を折って品定めしている。だから見えなかったのね・・。

 ほ、と息を吐き出して、近づいていく。

「あ、いたいた。楠本さん、終わりましたよ」

 くるりと振り向いたきゅうりが、棚を指差す。

「選べ」

「はい?」

「好きなの、選べ。買ってやるから」

「・・・え。一体何でですか?」

「弁当の礼。それと、ナイスインフォメーションの礼」

 弁当って・・・結局風のように去っていったから、きゅうりにはほとんど取られずに済んだしなあ・・・。

 まあアスパラベーコンの恨みはあるんだけど。私はきっと忘れないだろうと思うけど。

 でもでも。

 青山さんを心配していた緊張も解けたし、本当は甘いもの大歓迎だったけど、ここは一応、断っとこ・・・。

「いいですよ。おかずだって、楠本さんちょっとしか食べてないじゃないですか。それに、長谷寺さんのことは、青山さんと楠本さんの頑張りですよ」

「いいから選べ。会社も戻んねーといけないんだから、早く」

 また眉間にしわよせて・・・。面白かったのと青山さんの成果効果でテンションの高かった私は、少し度胸がついていたのだ、と思いたい。

 しわを寄せたきゅうりの眉間を人差し指でさらっと撫でてしまった。

「・・・お?」

「眉間、しわ寄ってますよ。綺麗なお顔が台無しです」

 くくくと笑いも漏れてしまう。

「・・・・」

 きゅうりはちょっと目を見開いた後、ぷいとよそを向いてしまった。

 ありゃ、怒らせたかな?

 やりすぎた?焦って言葉を繋げる。

「あの、じゃあ・・・お言葉に甘えます」

「おう、甘えろ」

 振り返ったきゅうりが機嫌良さげだったので、安心した私はアイスクリームを指差した。

「これがいいです」

「了解」

 カップアイス。チョコレートアイスのクッキーが差し込んであって、上にホイップまでかかっている、自分的には『高級な』アイスクリーム。滅多なことでは買えない。



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