5、トマトときゅうり。@
私の髪がシーツの上に広がっている。
指が、唇が、足が腕が、絡まって一つになる。
首筋に熱い口付けを受けて吐息がこぼれる。ハスキーな声が耳元で舞って、思考回路まで支配された。
どんどん迫る高ぶりに翻弄されてつい声を上げると、きゅうりが嬉しそうに、もっと聞かせろと呟く。
その顔を見せるのは、俺だけだと約束しろと。
その声もこの体も、お前の全部は俺だけのものだと。
痛みと快楽の波に溺れて、私は私じゃないみたいだった。
私の小さな部屋は二人の体温で更に暖められ、空気までも色を変えている。
熱くて、とろけて、ひとつの塊になる。取り合っている手さえ、判別が出来なかった。
そして私は最高に幸せだった。
人間は、幸せでも泣けるってことを知った。
めちゃくちゃ格好いい男の人が
好きになってしまった男の人が
私を抱いて微笑んでいる――――――――――――――
クリスマスは終わった。
23年間一人でいたけど、今年は違った。男の人を好きになり、結果的にその人は私の彼氏となった。
朝日が瞼をゆっくりと撫で、私はまあるい気持ちで目を覚ました。
暖かくてゴツゴツした何かに頬を摺り寄せる。何だろう、これ、とってもいい気持ち―――――――――
「・・・・くすぐったい」
・・・・・うん?
低く掠れた声が聞こえて、顔を上げた。
片手を黒髪に突っ込んで、まだ眠そうな薄目できゅうりがこっちを見ていた。
「おはよ」
バチっと、一瞬で目が覚めた。
・・・・うわあお・・・色っぽーい・・・。
寝乱れた髪の毛が切れ長の瞳に掛かる。その間から、柔らかい視線を送るきゅうりに見惚れた。
それと同時に、昨日のことが鮮やかに蘇った。きゅうりの腕枕で眠ってしまったらしい――――――――――裸で。
「うっきゃあああああ〜!!」
声を上げてから起き上がり、服を着るまでが我ながら早かった。
「・・・うるせー」
「だだだだだって!だってだって、裸じゃないですかああああ〜!!」
恥かしすぎる!今は朝ですからああ〜!健康で清潔な朝なんですううう〜!!
顔どころか全身を真っ赤にして毛布に顔を埋める私の後ろで、呆れた声できゅうりが言った。
「・・・お前、朝から元気だなー。今更恥ずかしがってもしょうがねーだろ。昨日じっくりみたんだから」
や〜め〜て〜ええええええ!!私は半泣きで噛み付いた。
「しょうがなくないです!じっくりって言わないでください!」
・・・慣れるわけないじゃん、こんなの。
しばらく毛布に顔を埋めていて、悶え苦しんだ私だった。
一部屋しかない私の部屋で、きゅうりは夜の間中私を抱いた。
初めてで緊張して固くなった私を、こんな事までもスマートなきゅうりは上手にリードして、経験がたくさんあるんだろうなあ、とおバカな私は凹んだりもした。
「俺はお前の、最初で最後の男ってことだな」
照れと心地よさと痛みに翻弄されて意識が途切れかけていた私に覆いかぶさりながら、きゅうりがそう言ったのは覚えている。
それがかなり嬉しそうな声で、コレはまだ終わらないんだろうなあと消えそうな理性の端っこで考えたんだったっけ・・・。
「・・・・ううう」
思い出すだけで死にそうだわ。
まだ体はあちこち痛いし、腰から下は使えるかどうかすら定かではない状態だけど、今はそれよりも!
私は何とか毛布から顔を上げた。
すぐにでもなりそうなお腹を救ってやらねば。
そういえば昨日は結局晩ご飯食べてないもんな〜・・・。そりゃあお腹もすくよね・・・運動しっぱなしだったわけだし・・・。
そこまで考えて、また赤くなってきたのが判った。
頭をふってエンドレスに流れる初体験の映像を追い出す。
ああ、神様・・・。
また毛布にくるまって、寝かけているきゅうりを覗き込んで手で軽く叩く。
「楠本さん、お腹すいてないですか?・・・・おーい、楠本さん?」
きゅうりは右目だけを開けてちらりとこちらを見て、手を伸ばしたと思ったら、毛布に引きずり込まれた。
「ひゃっ・・・」
「・・・もうちょっと、寝ようぜ。まだ眠い・・・。今日、休みだし」
抱き抑えられてジタバタもがく。
「わっ・・・私はお腹空いたので!昨日食べてないし!ご飯、作ります!」
「・・・・うー・・・」
「あのっ!お、お腹、空いてますよねっ!?」
そう言うと抱きしめられている腕の中で、くるりとひっくり返された。
目の前にはにやりと笑うきゅうり。
「確かに腹減ったな。・・・また、トマトの収穫しようか?」
「ばっ・・・!!」
何てことをー!!
いくら鈍くてもさすがの私でもそれは判った。もう!と言ってぺちぺち叩くと、くくくく・・・といつもみたいに嬉しそうに微笑して、私を腕の中から解放する。
あ、すんなり離してくれたな。
・・・ってことは、やっぱり、きゅうりだってお腹空いてんじゃん。
もう、と文句をいいながらも顔がにやけてしまう。
昨日と同じキャミソールにパーカーを羽織り、布団から抜け出して台所まで部屋を横切る。
足には力が入らず若干こけそうになったけど、そこは意地で耐えた。
リモコンを探してエアコンをつける。
鼻歌が出る勢いで、まず台所を片付けだした。
お皿を洗って、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる。朝食は、卵とハムとパンでいいかな。あ、りんごがあったはず―――――――
本当に狭い部屋なので、すぐ近くには毛布に包まるきゅうり。
後ろから伸びて、私の髪や腕や足や腰を触る、甘えてくる彼の手を払う。すると苦情が聞こえた。
「・・・つれないなあ、トマト」
「ご飯ですってば。邪魔しないでください!」
っていうか、集中出来ないのよね、やたらと触られると。昨日のことを思い出してしまって、また一人でブンブンと頭を振る。
バカみたいじゃないのよ、私〜!!
「ふーん。そういうこと、俺に言うんだ。昨日はあーんなに甘えてきたのに」
・・・ぶっ・・・。味見していたスプーンを噴出してしまう。
何てこと言うのよ〜!!もう、これだから男って・・・(って、他の人知らないんだけど)。
「ああああああ甘えてなんかいません!」
「甘えただろ」
「甘えてないっ!」
「―――――――――ねえお願いって、言った」
「ごほっ・・・」
「これ?って聞いたら、うん、そこがって―――――――」
「ももももももういいですっ!!!」
ぎゃああああ〜!!神様ーっ!!カチンコチンになって、それでも朝食作りに戻ろうとすると、またきゅうりの手がフラフラと私の体を彷徨う。
エリートがこれでいいの!?何だか爽やかな印象がまるで消え去りましたけどっ!楠本さん!?
「色んなとこ触るのやめてください〜!もう、ご飯食べないんですか?楠本さんがこんなにエロエロ大魔神だったとは・・・」
悔しい私は前を見たままで、ブーブー言いながらフライパンを揺らす。
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