A
何かを決意したかのような強い言葉を残して、仲間さんはブツンと電話を切った。
「あ?」
・・・・・電話、切れた・・・。
思わず手の中の携帯電話を凝視してブンブン振ってみた。
え??え!??仲間さん、後は任せてって、一体何をどのように任せるのですかあああ〜!!?
呆然として携帯を閉じる。
・・・・えーっと・・・何か、よく判らないけど、めちゃ怖いことになってるような気がする・・・。
しばらく空中を睨んで、もう一度会社に電話をするか、いさぎよくきゅうりに掛けるか、または風邪の治療を続行するかで悩む。
・・・バカ男って・・・。うちの会社の上位を疾走するスーパー営業(しかも美形)を捕まえて、バカ呼ばわりする人は仲間さんだけだろう。多分、きっと。
うーん・・・どうしたら良いのかしら・・・。
でも。
・・・ま。いっか。
で、風邪の治療を優先することにした。
もうどうせ今年はきゅうりの顔も見ないかもしれない。弱虫だと言われたっていいの、私はきゅうりから逃げ回ることに決めたのだ。仲間さんに何されるかは知らないが、聞かなかったことにしてほっとこうーっと。
瞼を冷やしていたスプーンを流しに置いて、紅茶を淹れる。さあて、私はこれから現実逃避、DVD鑑賞のお時間ですわ〜。
床に転がした携帯は見ないようにして、DVDをデッキに突っ込んだ。
一本のDVDを観て(ちなみにアクション、一人で騒いでストレスも発散した)、もう一度横になって眠り、次に起きた時は夜になっていた。
「・・・・7時、半・・・」
時計を見て、身体をゆっくり起こす。
うーん、かなりマシ・・・ってか、大丈夫になったみたいな・・頭も重くないし、お腹も空いてる。
熱を測ると36度7分まで下がっていた。
これをみて、気分もすっかり良くなる。
・・・つまり、私は会社に行きたくなかっただけだったんだな。
そう考えて、頷く。
深い意識の底から嫌がっていたから、身体を壊して行けなくしたんだろう。もう鼻水だって出てないし、頭痛もない。これは、明日と明後日も休みで、きゅうりに会わずに済むからって体が安心したからかもしれない。
単純な私。
だけどそれだけ、ショックを受けたんだな・・・。
今日一日殆ど考えずに済んでいた事柄が、元気になったことでまた浮上してくる。
駄目駄目、と頭を振って、眠気覚ましにお風呂に入ることにした。
髪のトリートメントも丁寧にして、全身を懸命に洗う。考えないようにする為に、自分磨きに没頭した。
鏡にうつる顔は、色も戻っているし、薬とビタミンが効いたのか、肌の荒れも格段にマシになっていた。瞼も元通りの奥二重に戻っている。
よかった、元にもどりつつあるんだ、私。
お風呂から上がって体を拭いていると、携帯が着信で机の上で震えているのが目に入った。
相手を確認して、仲間さんの番号だったから、ホッとした。
体にタオルを巻いたままで通話ボタンを押す。
「はい、瀬川です」
『瀬川さん?仲間です。体調はどお?』
明るい仲間さんの声が聞こえてきた。何か後ろが騒がしい。外から掛けてるのかな、と思って、そりゃそうか、もう仕事終わってるもんねと頷く。
「お疲れ様です。熱、下がりました。ありがとうございます」
『ごめんね、何回も電話して。熱が下がったの、よかったわ〜!今何してるの?』
「?・・・ええと・・・起きて、お風呂に入ってました」
『お風呂に入れるくらい元気になったのね。益々いいわ』
仲間さんの言葉がひっかかる。益々いい?・・・って、何が?というか、私としては昼間の電話の続きが聞きたいのですけど。
「あのー、仲間さん。楠本さんに何もしてないですよね?」
うん?と仲間さんは電話の向こうで一瞬黙る。怖い。その沈黙が怖いです〜!
『大丈夫大丈夫、楠本君は生きてるから〜』
ケラケラと笑うけど、私は正直にどん引きした。い、生きてるって!?何、その言い方・・・。
ところで、と強引に仲間さんは話題を変えた。
『お風呂上りの瀬川さん、服は着たの?』
はい?思わず怪訝な表情をした。
「・・・まだですが。出た途端に着信がきたので」
仲間さんが歓声を上げた。
『うーん、素敵!なおさらいい!』
「・・・えーっと、仲間さん。さっきから、何で喜んでるんですか?お風呂に入ってたら、益々いい?とは?」
『あ、こっちの話よ、気にしないで。――――それよりも』
仲間さん、ものすっごく気になります・・・。話題の変え方、急すぎるし・・・。
わけが判らなくて私は一人首を捻る。
部屋は一日温めてるから、ジャンボバスタオルに包まってれば全然寒くはない。それでも風邪を引いて寝てたわけだから、こんな格好がいいわけは勿論ない。
携帯を肩で抑えながら、下着をつけた。髪を片手でタオルでこする。
『それよりも、瀬川さんに渡したいものがあるのよ。すぐいけるんだけど、ちょっとお邪魔していいかしら?』
「はい?何ですか、それ」
『プレゼントよ、クリスマスの』
仲間さんの艶やかな声が弾んでいる。確かに、今日はクリスマスだけど・・・。何で?
『瀬川さんお休みで渡せなかったから。いいかしら?玄関先で、ちょっとだけ』
「あの・・・勿論かまいませんが、仲間さん私の家知ってるんですか?」
『そう、知ってるの。履歴書は、私の机の中にあるんだから』
うふふと笑う。・・・職権乱用ですよ、それ。とは言わなかった。
仲間さんの楽しそうな声につられてオーケーを出す。
そしたら、また歓声を上げて言った。
『実はもう下まで来てるの。すぐ上がるわね』
え??下って、アパートの下?
聞き返す暇もなく電話は切れて、ツー・ツー・と音が聞こえる。
もう来てるって??そんな!いくらなんでもお客様の前でこの格好は・・・!
「うわあ、ちょっと待って待って・・・」
携帯を置いて、体を包んでいたバスタオルを取り、キャミソールを自己ベストの速さで着る。
相手は仲間さんだし、取り合えず寒くないようにさえすれば―――とその上に直接ジップアップパーカーを着た。ほぼ寝巻き化しているショートパンツをヨロヨロと、立ったまま何とか履いた。足首が寒いから、とレッグウォーマーに足を突っ込んで―――――――――
そこで、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!!」
取り合えず大きな声で返事をして、狭い部屋を数歩で横切って玄関まで行く。
「すみません、お待たせしました。仲間さ―――――」
覗き穴も確認せずに、チェーンと鍵を開けて、ドアを開いて笑顔を作った。
ら。
きゅうりが居た。
5秒ほど、見詰め合ってしまった。
きゅうりは、驚いて。私は、状況が理解出来なくて。
きゅうりのコートの裾がはためいて、冷たい風が私に当たる。そして、やっと現状を理解した。
「きゃああ!!」
「うわあ!」
私は驚いて後ずさり、玄関の踏み段で足を引っ掛けて後ろに尻餅をついた。
私の声に驚いたきゅうりも、少し身をひいてこちらをみていたけど、私より先に正気に戻り、さっと玄関に入ってきて、ドアを閉めた。
バタン。ドアの閉まる音が大きく部屋の中で響いて消える。
冷たい空気も入って来なくなった。
春のように暖められた私の小さな部屋に、座り込む私と、立ち尽くすきゅうり。
咳払いをして、最初に声を出したのはきゅうりだった。
「・・・驚かせた。ごめん」
私はまだ声が出ないまま、唖然としてきゅうりを見つめるばかり。
・・・え?あれ?・・・仲間さんは???
なぜきゅうりがここに?
「・・・な、仲間さん、は?」
やっと声を出す。
きゅうりは鞄を足元に置いて、コートを脱いだ。
「帰った。瀬川さんに謝っておいてって言ってた。・・・今更だけど、入っていいか?」
って、もう入った後じゃん。まあちゃんと今更だけどって言ってるけど。
シリアスな場面であっても思わず突っ込みをいれてしまうのは、関西人の悲しい性か。
「・・・仲間さん、クリスマスプレゼントって・・・」
・・・プレゼントって、まさか・・・きゅうり?!
少し居心地が悪そうに視線をさまよわせるきゅうりをみて、気がついた。
きゃああああーっ!!
私ったら、ノーブラにキャミソールを着ただけでパーカーもしめてないし!てか、足!足も出しっぱなしだったーっ!!
勿論ノーメイクだし、洗ったばかりの髪はまだ濡れた状態でおろしてある。いかにも、な、お風呂上がりスタイルだった。
身体中赤くして、敷いたままの布団から毛布を取って体に巻き付ける。
「ななななっ・・・何しにきたんですか?!」
胸元まで毛布を引っ張り上げて、上擦った声で叫んだ。
きゅうりは彷徨わせてた視線を私に戻し、端的に言った。
「話をしにきた」
「・・・話、とは・・・何でしょう」
ごっくん。緊張でたまった唾を音をたてて飲み込む。ガッチリと毛布を掴んでいた。
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