4、仲間の策略。@
明けて、クリスマスの朝。
いつものように目覚まし時計を止めて布団から顔を出し、そのやたらと冷えた空気に気がついた。
「・・・寒い」
ついでに言うと、頭も痛い・・・。嘘、何よ、この鈍痛〜・・・。もう痛いのは心だけで結構です、だわ・・・。
よたよたと布団から起き上がり、明るくなってきた窓の外を見ると、何と雪が積もっていた。
都会のことで、何かが出来るような積もり方ではなかったけど、とにかく道路が真っ白になっている。
そのキラキラした光に、腫れ上がった瞼が痛んだ。
もそもそと鏡を取り出す。そして、しばしの間絶句した。
「・・・・・すげー顔・・・」
声も酷いじゃん。
思わず自分に突っ込む。
鏡にうつった私は、もつれて散らばっている髪、腫れて一重になった両目、荒れた肌に、ガサガサの唇。
しかも。
大きなため息が出た。
「・・・・・風邪まで引いてもうた・・」
方言まで出ちゃったぜ、と。
昨日熱々のシャワーに打たれたとはいえ、そのままろくに拭きもせずに布団に潜り込んだ私。外は、雪が降るほどの気温。・・・・そりゃ風邪ひくわな。
鼻をかみ、ヨロヨロと起き上がって体温計を脇に突っ込む。
ぴぴぴと音がして、気だるく自分の体温をチェックする。
「・・・え」
・・・・うーん・・・マジでヤバイ。37度8分。
立派な風邪だ。フラフラの頭を片手で抑えて、何とか台所へはっていく。
スープだけをレンジで温め、その前に飲んどけと風邪薬を口にした。
スープが出来るまでの間、ぼーっと考える。
1、風邪を引いた
2、ちゃんと熱もある
3、瞼が酷くて化粧出来ない
4、肌あれも酷くて化粧出来ない
5、ダルすぎて化粧が出来ないしスーツも着れない
6、昨日の今日で、会いたくない男がいる
7、その男は会社が一緒
8、第一、今からでは完全に遅刻
・・・・よし、やっぱり今日は休もう。
時給制のアルバイトとしては、一時間だって無駄にはしたくないが、今日は『会社に行けない理由』がこれだけあるんだし、と自分に言い聞かせる。
行きたくても行けないし・・・・きゅうりに会わなくて済むし。
今日は金曜日だから、本日休みを取ると、土日と会社に行かなくて済む。その間に風邪を治し、きゅうり対策も考えよう。
「・・・あ、でも」
気付いた。月曜日出勤したら、今年は終わりだ。月曜日の28日は仕事納めで事務所の大掃除がある。
ってことは、きゅうりとも、うまくいけば顔を合わせずに済むってわけ。
やったー、神様ありがとう!
ヘロヘロの体でそれでもガッツポーズをする。
咲子にいくら怒られたって、これ以上のダメージは受ける余裕がない。
とにかく平常心に戻るまで・・・・いや、まずは体調が良くなるまで、愛だの恋だのは頭から、追っ払おう。
邪魔だ邪魔。愛だの恋だのは、元々私の日常生活には入ってなかった。
よし。私は一人で頷く。
今日はゆっくりして、昨日見れなかったDVDで気分も紛らわそう。
スープをゆっくり飲んで、深呼吸をした。
くそー・・・鼻水とまんねー。
そして放り投げたままだった携帯の電源を入れる。
バイブがなって、留守電が入ってることを告げたけど、鉄の意思で無視した。
事務席へ直通の電話をかける。
仲間さんのまったりとした優しい声が、社名を告げた。咳払いをひとつして、話しだす。
「・・・おはようございます。瀬川です」
『あら、瀬川さん?おはよう、どうしたの、酷い声ね』
「はい・・・すみません、自己管理がなってなくて・・・風邪を引いてしまったんです。熱もあるので、今日はお休み頂けますか?」
ああ・・・仲間さんのハッピークリスマス話聞きたかったなあああ〜・・。
ガックリと肩を落とす。昨日までは楽しみにしていたその話もこんな状態では聞けない。
『あら、それは大変。うん、こっちは大丈夫よ、今日は新契もそんなに出ないと思うし。熱は高いの?大丈夫?』
「まだ8度まで行ってないから、大丈夫だと思います。土日もあるんで、3日間で治します・・・すみません」
『はーい、じゃあゆっくり休んでね〜』
優しい仲間さんの声にちょっと励まされて、電話を切った。
恐る恐る確認すると、留守電は5件。相手はきっと、簡単に思いつく、あの男だろう。・・・・・聞く勇気も元気もない。
今度は放り投げずに、布団の下に携帯を隠した。
さて、と。
スープでお腹もあっためたし、もう一眠りしましょ。布団に潜り込んで毛布ですっぽり体を覆った。
次に起きたら、昼過ぎの2時だった。
・・・おお、よく寝たわ、私。やっぱり疲れてたんだな。
朝ほどには頭痛もだるさもなかったので、起き上がって体温を測る。
37度2分。
よしよしよし!ちゃんとマトモな体温になりつつある。これだったら生理中くらいの体温だもんね。
今度はちゃんと足で歩いて台所まで部屋を横切る。雑炊の元を鍋にとかし、冷凍ご飯と溶き卵で簡単に作った雑炊を、毛布に包まって食べた。
「・・・・美味しい」
ぼそっと呟く。
美味しいって、思えるんだなあ・・・。あんなことがあって、とても傷ついたけど・・・。
これは女性が強いからなのか、私が麻痺してるからなのか、風邪で頭がそれどころじゃないからかのどれだろう・・・。
うーん・・・ま、多分、全部なんだろう。
だって、きゅうりからキスされたのは驚いたけど、でも元々叶わない恋だと全面的にいい訳を準備していたのだ。
そういう意味では、落ち着くところに落ち着いた、というか・・・。これで当たり前、というか・・・。
キスは・・・予定にはなかったけど。
そこでパッパと手を振って、不要な考えを打ち消す。
駄目駄目、今は療養中なのよ、私ったら!
風邪薬もちゃんと飲んで、嵐のあとみたいになった外見をどうにかしようと鏡の前に座る。
まずは髪を丁寧に梳かした。折れて絡まっているどうしようもない毛先は切り、ビタミン剤を口に放り込む。唇は蜂蜜を塗ってラップでパックした。
それからこれ。冷蔵庫できんきんに冷やしたスプーンを、瞼に押し付ける。
・・・・・くうううううう〜!!きくーっ!!
一人で両足をばたつかせてしばらくのたうちまわった。
これはとっても痛いけど、速攻で腫れがひくのだ。就活でうまくいかなくて夜通し泣いた時も、翌日の面接はこれをやって乗り切った(ま、落ちたんだけどね)。
あまりの痛さに転がっていると、布団の下の携帯が振動していた。
ディスプレイを見ると、会社の番号。
恐々、ボタンを押す。
「・・・はい、瀬川です」
『あ、仲間です。ごめんね瀬川さん!しんどくて寝ているところに!』
仲間さんの声が飛び出てきてホッとした。きゅうりからだったら、どうしようかと思った。
まだ若干音がうるさい鼓動を無視して返事をする。
「あ、さっき起きたとこですので大丈夫です」
『うん、声も朝よりかなり戻ってるわね。ごめんね、聞きたいことがあって―――』
昨日私が処理した契約についての問い合わせだった。今日出勤するつもりだったから、メモも何もかかずに置いてあったんだった、そういえば。
説明をして、処理をお願いする。
『判りました、じゃあそれでやっとくわ。――――それと、瀬川さん?』
「はい?」
仲間さんの声の調子が変わったから、何事かと緊張する。
『楠本君と何があったの?』
直球の質問に、動揺して携帯を落としてしまう。
ひょええええ〜!何で!?仲間さんって、魔女かなんか!??
慌てて拾い上げて耳に押し当てると、仲間さんの大きなため息が聞こえてきた。
『・・・図星だったようだけど、別に誰かに聞いたわけでもないのよ。今朝から楠本君がやたらと事務ブースにくるなと思ってたの。大して用事もなさそうだし、ハッキリ言って邪魔だったから、何か用?って聞いたわけ。そしたら―――――』
・・・凄く想像できて、こんなときなのに少し笑えた。仲間さん、きっとまた綺麗故のすさまじい形相で睨んだんだろうなあ・・・。
睨みつける仲間さんに、不機嫌そうなきゅうり。あははは。
『―――そしたら、トマトは?って聞くから、うちの会社にトマトなんて名前の人は居ないわよ!!って噛み付いたの。いつもならブーブー言うくせに、今日は大人しく瀬川は?って訂正して聞くから、これは昨日何かあったなって思ったの。・・・もしかして、風邪の原因は、楠本君?』
・・・えーっと。
「・・・風邪は・・・私が勝手に引いたんです」
『ってことは、やっぱり何かあったのね?風邪は違っても、元気がないのはアイツのせいなわけね。全くあのバカ男!!・・・判ったわ、瀬川さん、後は任せて』
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