3、そして、熱さを増していく。@
どれだけ罵っても、叫んでも、きゅうりが黙っていることに更に傷ついたのか、唐突に話すのをやめて、くるりと踵を返して彼女は行ってしまった。
ヒールの音を高らかに鳴らして。
背筋を真っ直ぐに伸ばして、お嬢さんは歩いていく。
「―――――これで、良かったんですか?」
寒さで掠れた声で聞く。
去っていく彼女の背中ををじっと見つめたまま、静かな声できゅうりが言った。
「・・・あのまま続けるわけにはいかなかったからな」
気になっていたことを口にしてみた。
「解約、されちゃいますかね」
きゅうりはふう、と息を吐いた。
「そればかりは判らない。あの契約は、どちらも娘ではなくて父親が契約者だ。長谷寺様がどう判断されるか、だな」
「・・・そうですね」
吐く息は白くなって、暗い空に舞い上がる。
青山さんの為にも、クリスマスの星にお祈りしとこう。でも、あの剣幕ではねー・・・きゅうりが一体どんな悪役に仕立て上げられることやら。お嬢さんは、そんな人ではないと信じたいけれど―――――。
「―――――ところで」
「へ?」
いきなり思考を中断させられて、間抜けな声が出た。
切れ長の黒目を細めて、きゅうりが斜め上から見下ろしてくる。
イルミネーションの明りに照らされて、その黒い瞳が細く光って見えた。
「・・・さっき青山が、混乱させて済まなかったって、言ってたよな?――――色々ごめんって」
「え?ああ、はい」
いきなり振られた話題に頭がうまく付いていかず、私は少しばかり混乱しながら頷いた。
「で、お前は、こちらこそごめんなさい、でも嬉しかった、と言った」
「・・・・・はい。言いましたね」
だから、何なのよ?そう思って顔を上げたら、バッチリと目が合ってしまった。
きゅうりはその美しい顔に氷のような冷気を漂わせて見下ろす。
「青山と、何があったんだ?」
――――――――――――ぎゃあ(泣)
全身に、いきなり汗が噴出した。
体の横で思わず拳を握り締める。
何でそんな細かいことまで聞き覚えてるのよ、この男は!??
普通、スルーでしょう、そこは・・・。
強烈な視線を感じて逃げ腰になる。
・・・・怖っ・・。
「・・・・・あの・・・・楠本さんには、関係ありませんので・・・」
ヒュっと片眉をあげたきゅうりが唸った。一気に機嫌が悪化したきゅうりから、そろそろと少しづつ離れる。
「ええっとー・・・役も終わったようですし・・・私、帰ります・・・」
「――――判った」
「・・・・」
帰っていいってこと・・・かな?そうよね・・・?うん、きっと、そうだろう!
これ以上墓穴を掘らない内にと一歩を踏み出そうとすると、キッパリとした声が聞こえた。
「青山に聞く」
「はい!??」
ガバッと顔を上げた。
いいいいいいいいやいやいやいやいや!それは駄目です!やめて下さい!それだけはっ!そんなこっ恥ずかしいこと、絶対ヤダ!私がなんて言ったかも、バレちゃう――――――
更に離れながら、きゅうりに哀願する。
「そそそそそ・・それは駄目です!やめてください!」
「何でだよ。トマトが嫌だって言うから」
「プライバシーの問題です!」
「だから、青山のプライバシーだし、あいつに聞けば問題ない」
「何でそうなるんですか!?」
そりゃあおかしいだろー!!盛大に心の中では突っ込んだ。だけどそれが口から出てこないのだ。あああ〜・・・お願いだから、見逃してくださいいいい〜!
「だから、今言ってしまえよ」
「!!!」
「・・・ほら」
どうぞ、と言ってきゅうりは薄く笑った。
声や調子は砂糖菓子みたいな甘さを含んではいるけど。平常だったら、うっとりして聞くような声だったけど。
実際の私はドン引きしていた。
・・・・超怖いんですけど・・・・この笑顔。
まさしく蛇に睨まれたカエル状態の私。
これからはカエル族の皆様にも気持ち悪がらずに優しく接すると誓います!おたまじゃくしからカエルに変化するのにも「何でやねん!」とかいらない突っ込みは金輪際しません!
だからだから、神様カエル様、私を守って―――――――
唾を飲み込んで、出来るだけきゅうりの視線から遠ざかりながら答えた。
「・・・あ、あ、青山さんに告白されました」
「―――――――いつ」
「ええと・・・先先週です・・・」
「聞こえない」
「先先週です!」
ああ、神様―――・・・・なぜ私はこんな目に。
いつでもダッシュ出来る状態に身を置きつつ下がっていたら、きゅうりの声がまた降って来た。
「それで?」
「―――え」
「それだけが、色々ごめん、になるのか?」
「えーと、はい・・・」
きゅうりは腕を組んで、口の端だけを持ち上げて笑った。さっきよりも更に冷気をまとっている。
「・・・嘘が下手だな」
「―――」
あんぐりと、口を開けてしまった。
嘘!?確かに私は嘘が下手だけど、何の嘘もついてない――――――・・・
きゅうりは少し首を傾げて、のんびりと言った。
「そうだな・・・抱きしめられた?」
――――――――は?
唖然として、目を見開いた。
何でわかるの!?
・・・何で?それともこれが普通なの!?
「ん、当たりか。・・・まだあるのか?」
いえいえ、もう、本当に何も!の思いを込めて、首をぶんぶん横に振る。
なのにそれは役には立たなかったようだった。
きゅうりは顎に手をあてて、こちらをじっと見ながら言った。
「告白・・・抱きしめたなら―――――――誰もいないとこだったんだよな。うん・・・俺なら、キスをする」
口が開いて塞がらない。
完全に酸欠になった脳みそが目の前に星星を散らせる。
・・・どうして全部判っちゃったんだろう。
眉間に皺をよせたまま口角をあげたきゅうりは、美しい悪魔に見えた。
角が生えてないのが不思議だわ、なんて考えれたのは、頭が麻痺してた証拠だ。
もしかして、生えてるとか?そうだったとしても驚かないけど、私・・・。
「――――で、青山にキスされて、『本当に嬉しかった』のか?」
「い――――いえいえいえ!何でそこなんですか!?その前です、嬉しかったのは!」
「抱きしめられた?」
くらりと眩暈を感じる。うう〜・・・お願いですから、もう思い出させないで下さい〜・・・。ああ、泣きたい。
何とか呟くように口に出した。
「・・・えーと・・・もう一つ、前」
「告白?やっぱり青山が好きだったのか?」
きゅうりが意外そうに声を少し上げる。私は肩を落としてため息を零した。
「・・・違いますけど。私を好きになってくれる人がいるんだ、と思ったらとても嬉しかったんです。自信にも・・・なりましたから・・・」
小さな声で呟く。
こんな気持ちはきゅうりには判らないだろう。
2年間の就職活動で断られまくり、自尊心はもうほとんど原型を留めてなかった。生活していくのにいつも一杯一杯で、腰の落ち着かない、不安定な精神を抱えていた。そんな時に、君が好きだと言われた。あの言葉が、どれだけ優しく希望を持って心に染みこんだことだろう。
下を向いて固まっていたら、きゅうりは私が作った二人の距離を、たった一歩で縮めて近づいた。
ビクッとして反射的に顔を上げたら、真面目な顔をしてきゅうりが見下ろしていた。
「・・・もうかなり寒くなって来てるし、とにかく部屋まで送るから」
いつも通りの声と調子だった。
――――――追求は、これで終わったのかな・・・?
微かに頷いて、きゅうりと並んで車まで歩く。体が冷えてて、足が思うように動かなかった。
明るいイルミネーションを通り抜けて、影に止めてあった車によろよろと向かう。
助手席に回ってドアを開けて乗り込み、深く座り込んで、ため息をついた。
・・・ああ、色んなことがあってただ今頭が混乱中―――――――
――――と、運転席から身を乗り出したきゅうりの手が、私の頬に触れた。
「え」
パッと隣を振り返る。
きゅうりが運転席から身を乗り出して、私をじっと見詰めていた。
・・・ええと・・・・あのー・・・。呟きは声にならない。切れ長の瞳にうつる自分をただ見ていた。
きゅうりは黙ったままで右手の親指の腹で私の頬を撫でる。その感触に体が震える。
「・・・冷たいな」
「・・・・」
「連れ出して、巻き込んで、体も冷やしてしまったな。――――――――悪い」
じっと見つめるその瞳に、吸い込まれそうになる。
「・・・くす、も・・・」
私の唇は塞がれた。
呼びかけた名前はそのままで消えてしまう。
何も反応が出来ないまま、目を大きく開けて固まっていた。
・・・・・きゅうりが、私に、キスしてる――――――――。
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