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 さっむ〜!寒い寒い寒い!さっきより気温、下がってるんじゃないの?ぶつぶつと口の中で言いながら付いて行くと、きゅうりの歩く速度が下がった。

「いたいた」

 きゅうりが低い声で言って、前方をみた。つられて私も顔をあげ、そのまま引きつった。

 ・・・・青山さんがいるじゃーん!!!

 ぎゃあー、どうしよう、私今日女子会ってことになってんだけど!?確かに確かに時間とか言ってないから、これからってことにすれば大丈夫!?ってか何でここに青山さんもいるのよ〜!

 バタバタと一人でパニックを起こす。うわあ〜、待って待って!私帰ってもいいですかああああ〜!?

 口に出せないままできゅうりを見上げるけど、やつは真っ直ぐ前を向いて歩いて行ってしまう。

 営業鞄を持って、青山さんは長谷寺様のお嬢さんと話していた。イルミネーションに照らされて昼間のように明るかったから、お嬢さんがとってもお洒落をしてきているのが細部までよく判った。

 二人の姿を確認したきゅうりが、私のほうは見もしないで早口で言った。

「頼みってのは、今からとにかく、瀬川は黙って一緒にいてくれって事なんだ」

「・・・はい?黙って、横に居ればいいんですか?」

「そう」

「・・・どうしてですか?」

「理由は後で説明する」

 さすがにムカッときて、きゅうりの服を引っ張る。

「楠本さん!あのですね・・・」

 噛み付きかけたところで、お嬢さんと青山さんがこっちに気付いた。

「楠本さーん!」

 とお嬢さんが嬉しそうに呼びかけて、隣にいる私を不思議そうに眺めた。その首をかしげる角度までが完璧に可愛い。

「あれ、瀬川さん?」

 青山さんも不思議そうに言って、こちらに来る。

「えー・・・青山さん、お疲れ様です」

 ひきつったまま、とにかく挨拶をした。掴んだままだったきゅうりのコートをパッと放す。

 相変わらず私のことは完全にスルーしたままで、きゅうりが言った。

「長谷寺さん、お待たせしました。青山とは話は終わりましたか?」

 きゅうりが営業スマイルを見せた。ただし、この営業スマイルは、何か冷たい感じがした。

 私が気になるようでチラチラこちらを見てたけど、お嬢さんは頷いて話した。

「うん、住民票やっと移したから、青山さんに手続きお願いしました」

 きゅうりは青山さんに向き直る。

「不備はないか、確認したか?」

 青山さんはしばらく私を眺めていたけど、ハッとしてきゅうりのほうを向いた。

「はい。大丈夫です。明日提出で、今年中に情報訂正できます」

 話を聞いていると、つまりこういうことらしい。

 留学していたお嬢さんは、留学する前に一人暮らししていた街から住民票を実家がある街へ移しておらず、このままだと本人から契約をもらう際に手続きがややこしくなるので、その手続きを今日していたらしい。

 それで、担当の青山さんが居たんだな、と私は納得した。

 ・・・・でも、他の人は、何で私がここにいるのって思ってるみたい。

 いや、それは私も是非知りたい。

 私が至福のぬくぬくクリスマス計画を放棄して連れてこられたのは、一体何でなのか。

 青山さんから手渡された書類を確認して頷いていたきゅうりに、3人の視線が集まる。

 そして―――――――――――――


 書類を封筒に入れて青山さんに渡したきゅうりは、営業スマイルのまま、長谷寺さんに向き直って、さらりとこう言ったのだ。


「長谷寺さん、紹介します。今、交際中の、彼女の瀬川です」



「―――――――はいっ!?」

 声に出してから、やっと認識した。



 私が・・・・何!????


「――――――う、嘘っ!!そんなの信じられない!その人真っ赤になって、うろたえてるじゃない!」

「マジですか!?本当なの、瀬川さん」

 青山さんと長谷寺さん二人の声が重なる。

 ついでに二人の視線も私に突き刺さっていた。ざくざくと激しく。

 きゅうりは二人を交互にみて、営業スマイルのまま続けた。

「本当ですよ。彼女は赤面症でね、ちょっとしたことにすぐ照れるんです」

 展開が速くて一人ついていけてない私は、あんぐりと口が開いたままだった。そしてそのパニくった頭のままきゅうりのコートをぐいぐいと引っ張る。

「・・・あのー、楠本さ・・・」

 きゅうりの手がするりと腰にまわってきて、ぐいっと引っ張られた。

 ・・・はい?

 引き寄せられて、私はきゅうりの腕の中。

 そしてヤツは私の耳元に唇を寄せ、低い声でぼそりと呟いた。

「・・・黙ってろ。ここでキスされたくなけりゃな」

 ――――――――な。


 ななななな!???



 全身をマグマの塊みたいにして突っ立っていたら、きゅうりは手を離して二人に向き直った。

「長谷寺さん、私は公私混合はしないって以前にもお伝えしましたよね。お客様とは付き合わない、それに第一彼女がいると、ちゃんとお伝えしたはずです」

 お嬢さんは目を大きく見開いてきゅうりを見詰めている。

「彼女の存在なんて信じない、と仰るから、連れてきたんです。―――――青山」

 突然呼ばれて、ハッとした顔で青山さんはきゅうりを見た。

「・・・はい」

「・・・そんな訳だ。悪かったな。会社での都合もあるから、付き合っていることは秘密にしてたんだ」

「・・・いいえ、謝ってもらう必要はないです」

 青山さんは、辛そうな笑顔で私を見た。

「瀬川さん、オレ、困らせちゃったみたいだね。・・・それに、色々ごめんね」

 胸が痛んだ。

 青山さんの、声に、表情に、とても申し訳ない気持ちで一杯になった。

 噛んでいた唇を離して、しっかりと目を見る。

「・・・いえ、私こそ、本当にごめんなさい。でも、あの時、嬉しかったのは嘘じゃないです」

 気持ちをもらえたこと。好きだって言ってくれたこと。・・・すこし、私に自信をくれたこと。

 笑顔をたくさんくれたこと。


 もう一度かすかに笑って、青山さんはきゅうりに言った。

「これ出して、帰社報告して帰ります」

「おう、お疲れさん」

 きゅうりは手をあげて応えた。

 青山さんは長谷寺さんに頭を下げて、駅に向かって歩いていく。一度も振り返らなかった。

 長谷寺さんは、白い顔をもっと白くして、立っていた。

 握ったこぶしが震えているのが判った。

「こんな・・・こんなの茶番だわ。あたしは信じない。この人は楠本さんの彼女なんかじゃない。あんたのところの契約なんか、全部解約してやるから」

 それを横目で見て、きゅうりは深くため息をついた。

「・・・それは残念です。長谷寺様には、私と青山がお詫びに伺いますので」

 キッと顔を上げて、彼女が叫んだ。

「父にはあたしから話すわ!あんた達が、どうやってあたしをバカにしたかも全部、全部話すから!」

 ・・・・ああああ〜・・・どうしよう・・・。どうしてこんな事に。

 私はただおろおろして交互に二人を見つめていた。

 契約は、また2ヶ月しか経っていない。この間1回目の保険料が口座から落ちたところで、今解約されてしまうと、担当者である青山さんには厳しいペナルティが課せられてしまう。

 契約によって支給された成果給料は全額返金が求められるし、早期に解約の場合は、そもそも契約それ自体に違法性がなかったかの査定が入る。1年間の契約取扱者のブラックリストに青山さんの名前が載ってしまったり、支社が出す新契約の施策には対象外扱いになるなど、営業の士気は一気に下がる結果となる。

 それで、営業が続けられなくなる人もいるくらいだ。

 ちゃんと信頼を得て契約を頂けたと嬉しそうに笑っていた青山さんを思い出す。

 娘のいうことを父親がどれだけ信じるかは、判らない。けれども、たかが保険の担当者である青山さんへの信頼と娘への信頼とはまた別物だろう。

 こんな・・・こんな個人的な事で全てを巻き込んで暴れるなんて、この人はどうしてこんなことが言えるんだろう。

 目の前で怒りに震えている、小さくて細い彼女を見つめる。

 ―――――――――――でも。


 涙を溜めた大きな茶色の瞳で、真っ直ぐにきゅうりを見つめている。

 唇から出てくる厳しい罵り言葉とは違って、その姿はすぐにでも壊れてしまいそうに見えた。


 ・・・・好きなんだ。

 この人も。

 きゅうりが、どうしようもなく。

 そして傷ついて、震えている。


 ・・・私と、一緒だ。



 そう思ったら、何も言えなかった。

 駄々をこねて彼を困らせ、全身であなたが欲しいのに、と叫ぶ彼女が痛々しくて見てられない。

 胸のところがぎゅうぎゅうと痛んで呼吸するのが難しかった。

 目の前で、女の子が悲しんでいて。

 それでも私は違いますとは言えなくて。

 楠本さんとはお付き合いしてません、とは、言えなくて。

 正直に全部の気持ちをさらけだすお嬢さんみたいには、私はなれない。

 私はこんな風には言えない。

 私はこんな風には出来ない。

 ・・・ああ、どうしてこんな。

 せめて、私も。


 彼女の、10分の1でもいいから、素直になれたら―――――――





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