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「津田さんから、付き合おうって言ったんですか?」
馴れ初めにも非常に興味がある。私はつい身を乗り出して聞いてしまう。
そしたら仲間さんは目を大きく見開いて、首をぶんぶん振った。
「そんなわけないでしょ?ぐいぐい行く男らしいってタイプじゃないんだから、彼。私が好きになったから、猛アタックしたのよ」
「え!・・・仲間さんから告白したんですか?」
「当たり前でしょ?瀬川さん、自分の欲しいものは自力で手に入れなきゃ駄目なのよ。神様なんていないんだから、祈ってても駄目」
おう・・・。結構な攻撃でした、今の。私はぐっと詰まった。
「・・・すみません、私よく神仏にお祈りします」
「告白って言っても、この年になって高校生や中学生みたいに『私、あなたが好きなんです』なんて勿論言わないわよ。ご飯に誘って、オーケーが出たから、あ、いけるわって思ったの」
そっ・・・そうなんだ。20代も後半になったら、好きです、とは言わないものなのか!
ご飯に誘って相手が乗ってくれたらオーケーなんて、そんなの私には考えられない世界なんですけど・・・。
更に身を乗り出した。
「好きです、とは言わないものなんですか?」
「言わない。好きだから、何だってのよ?欲しいか欲しくないかでしょうが。付き合いだして、少しずつ魅力を出して虜にするのよ、瀬川さん」
「・・・・大変、高等な技術ですね」
そして、実に簡単に仰いますね、仲間事務長・・・。
「そんなことないわよ。抱かれてみて、ああ駄目だこの人はあわないと思ったら止めたらいいんだし。体の相性は絶対大事なのよ」
ひょえー!なんてことを仲間さん!!
真っ赤になって頬を押さえていたら、話していた仲間さんが言葉を切って、まじまじと見てきた。そして、にやりと笑った。
「・・・瀬川さん、まだ経験ないのね?」
「!!!」
「あらあら、卒倒しそうだわ〜。やだ、楽しい〜。そうか、経験のない娘さんに、気になる相手がいたらとにかく寝てみろ、とは言えないわね、いくら私でも」
カラカラと楽しげに笑う。
あの〜・・・十分、言ってます、仲間さん。
顔があっちっちで、喉までカラカラだった。
あの津田さんが、この仲間さんを抱いてるところなんて想像出来ない・・・ああ・・これからは津田さんを見るたびに、イケナイ妄想で赤くなってしまいそうだわ・・・。
「で、一緒に寝て朝起きた時、彼の寝顔をみて思ったの。私、本気でこの人が好きなんだって。だから、今では私、あまり余裕がないのよね、彼のことになると」
ケラケラと笑う姿まで綺麗だった。本気で好きだと言ったときの仲間さんは、瞳が潤んでいて可愛かった。
このやり手の女性をここまでトロトロにするんだ・・・。恋って、凄い。
喉を潤しに、仲間さんに断って冷たい飲み物を買いに行く。
ビルの1階に自販機があっるのだ。そこでビタミンドリンクを買っていたら、頭に何かが置かれた。
「どうしたんだ、また熟れ熟れトマトになってるぞ」
見上げると、きゅうりが立っていた。
うわあ。このタイミングで!更に赤くなるじゃん!
「・・・・お、お疲れ様です。雑誌で頭叩くのやめてください」
もごもごと何とか言った。
にやりと笑って、私の頭から雑誌をどける。
「朝から真っ赤だな。誰に何言われたんだ?」
冷たいドリンクを一口のんで、気を落ち着かせる。あー、いつでも真っ赤なの、本当にどうにかならないかな。
熟れ熟れトマトって・・・なんつーこと言うんだ、この男は。
もう一口飲んでから、私はため息をついた。
「今日、仲間さんがあまりに綺麗なので、デートですかって聞いたら、彼氏との話を聞かせてくれたんですけど・・・」
「けど?」
エレベーターのボタンを押しながら、きゅうりが聞く。
「・・・・途中から、大人の世界に」
「ん?」
「・・・判らなかったら、いいです。スルーして下さい」
一度落ち着いた赤みがまたどんどん出てくる私をじっとみて、きゅうりが、ああ、と呟いた。
「・・・・成る程ね」
「・・・・・」
「つーか、大人の世界って、言い方がトマトだよな〜」
あははは〜と軽やかに笑って、私を覗き込んだ。
「どこまで詳しく話されたんだ?」
ボッと顔から火が出たのが判った。もう・・・もう私、酸欠で・・・倒れる。
「・・・・死んでも言えません・・・」
ゲラゲラと隣で笑うきゅうりの後について、フラフラとエレベーターに乗った。
・・・もう私、消えたい。
がっくりと肩を落とす私を見て、きゅうりが言った。
「仲間も朝から何話してんだよ。まるで男だな」
苦笑している。
・・・みんな、普通の顔色で対処できるんだー、あの話題。うそー、どれだけお子ちゃまなのよ、私は!
顔が上げられなくて、ペットボトルを握り締めたまま俯いていた。
エレベーターを出たところで、青山さんにばったり会った。
「楠本さん、お帰りなさい」
「おう、青山。外出か?」
軽く手をあげて、きゅうりが応える。
「はい、地域周り行ってきます。――――瀬川さん、ちょっといいかな」
「え?・・・はい」
話している二人の横を頭を下げてすり抜けようとしていたら、青山さんに呼び止められた。
きゅうりは青山さんと私をちらりとみたけど、何も言わずに営業部へ入っていった。
給湯室へ行く廊下まで歩いていって、青山さんは私を見た。
「玉砕覚悟で聞くけど、今日予定ある?」
真剣な目とぶつかって、慌てて視線をそらした。
・・・ぶっちゃけ、全くの暇人の私。
でも。
でも。
好意を寄せてくれている、青山さんと過ごすのは・・・どうよ。
「・・・すみません。女子会があるんです・・」
実際申し訳なく思ったから、申し訳なさそうな顔で言うことが出来た。
「女子会?」
「女の子だけで集まって、ご飯するんです。あまり断ると誘いがなくなるんで、今日は・・・ごめんなさい」
頭を下げると、青山さんは笑った。
「ああ、よかった。デートとか言われたら、どうしようかと思った」
ホッとした、と言って、照れて笑っている。
・・・いい人だ。
何で私、この人を好きにならなかったんだろう。きゅうりみたいに意地悪しないし、自然体で話せるのに。
「急だったし、期待してなかったから気にしないで。また今度、ご飯行こうよ」
「あの・・・」
「友達として・・・・いや、同僚として、でいいからさ」
優しさが身に染みた。
「はい、ありがとうございます」
せめてと思って、にっこりと笑った。青山さんはじゃあ、と手をあげてエレベーターに向かった。
「いってらっしゃい、頑張って下さい」
頷いてエレベーターに乗り込む青山さんを見送って、自席に戻った。
仲間さんが、あらまだ顔赤いけど、と言うから青山さんに誘われたことを言ってみた。きゅうりに更にからかわれたとは言えない・・・。
すると、同情的な表情で、少し眉を寄せた。
「やっぱり青山君は瀬川さんのことが好きだったのね。可哀想だけど・・・でもその気がないなら、やっぱり断って正解よ。青山君てちょっと猪突猛進なところがあると思うから・・・ついていったら襲われちゃうかもよ」
ぶっ、と思わず噴出して、咳き込む。
何で皆そんなこと判るのよ〜!??一度キスされました、なんて、仲間さんにも口がさけても言えないわ・・・。
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