1、熟れたトマト。@
2次会も終わって、あとは正月が明けるまで用事と呼べる用事は全然ない暇な私は、興奮が冷めたのもあって、ぼけーっと毎日過ごしていた。
朝起きて、身支度をしてご飯を食べ(遅刻寸前でも絶対ご飯は食べるべし)、出勤する。
5時に退社し、スーパーに寄って食材を手にいれ、自分の為に自分の好きなご飯を作って食べる。たまに、ビールも飲む。テレビはあまりみない。本や雑誌を読んだり、何となくちょこちょこ掃除をしたりしていた。
23日の祝日で、一日家に篭っていた夜、大阪に住む、実家のお母さんから電話有り。
『あんた正月帰ってくるんでしょ?いつにするの?』
と聞くから、あ、そっか。それすらも考えてなかった。と思ったくらいにぼーっとしていた。
「・・・うーん・・ここに一人でいてもしょうがないし、ほな、帰ろうか・・」
と答えると、何だその面倒臭そうな返事はと怒られた。
「28日まで会社あるし、電車まだ取ってないし・・・。31日かな。で、2日に戻るわ。4日から会社だし」
はいはい、ならその用意をしときます、とお母さん。
親と喋っているといつの間にか方言がそのまま出てくる。関西地方の柔らかいイントネーションに心が和む。
明日のクリスマスは彼氏と過ごすん?と探りがきて、そんなんおらへんから、一人でケーキ食べる、と正直に言ったら、当たり前のように言わんと彼氏くらい作りなさい、情けない!とまた怒られた。部屋に連れ込むくらいのことは出来へんの!?と言われ、まじまじとケータイを見つめる。
この赤面症の私が、アナタから生まれてきたとは到底思えないんですけど・・・。
最近のことなどをべらべら話し、もう晩ご飯作るからと電話を切った。
そっかあ、明日はクリスマスかあ・・。と壁のカレンダーを見る。
ボーっとしてたのは、クリスマスのことを考えたくなかったからかも。長谷寺様のお嬢さんが、きゅうりにどう接近するのかが本当は気になって仕方ないけど、会社で話をする暇はなかったし(魂の抜けてた私以外は忙しいので)、やたらと目が合う青山さんから逃げてるのもあって、営業部から遠ざかってたから、きゅうりの姿もそんなに見てない。
・・・どうするんだろ。
部屋の真ん中でクッションを抱えて考え込む。
行かないつもりったって、相手を寒い中外で待たせっぱなしにするような性格では、ないよね、きゅうりは。
ううーん。
でもそこは是非とも行かないで欲しい〜・・・・いやいやいや、そんな人の不幸を願ってはいけないわ、私ったら。
ボスボスとクッションを殴る。
考えても仕方ないと諦めて、久しぶりにテレビをつけて、見ながらご飯を食べた。
そして、最近ほったらかしにしていた自分の手入れを始める。
顔の雑草を処理し、爪を整える。好きではないからマニキュアは塗らない。ぱらぱらと出ている髪を切って揃え、がさがさの唇をパックした。
クリスマスに一人だからって、今更何ともないが(だって、一人じゃなかったことがないんだもーん)、いかにもデートの約束もありませんてな身なりと人に思われるのは、流石に嫌なお年頃ではある。
満足するまで自分の手入れをして、早めに布団に入った。
まだ暗いうちに目が覚めた。
何だか、やたらと静か・・・。何で何の音もしないんだろう。
ケータイを開いて時計を確認すると、いつもの起きる時間より30分ほど早かった。
・・・何で?この静かなのは。
起き上がってエアコンのスイッチを入れ、窓に近づく。
「・・・おお〜」
雪が降っていた。
それで音がしなかったんだ!
まだ真っ暗な中、街灯に照らされたところだけを、白くキラキラ輝いて雪が舞っていた。
「・・・ホワイトクリスマスになったんだ・・・」
雪をみるのは久しぶりだった。
実家がある大阪では殆ど雪は降らないし、こちらに来てからも毎年ってほどではない。
学生の時は雪山のリゾートでバイトをしていたこともあって、毎年のようにスキーやスノボをしていたが、就活が始まってからはいつでもスーツで歩き回っていた。
窓辺に頬杖をついて、じっくりと眺める。
このキラキラしたものを、私はいつか誰かと見れるかな。大事な人と、神聖な夜に、手をつないで見ることが出来るかな。
きゅうりの姿が瞼に浮かぶ。
いつか、あの人のことを諦める日もくるだろう。
思い出となって、心にしまう日がくるんだろう。
今はこんなに好きだけど。
今はこんなに会いたい人だけど。
勇気がない私は宙ぶらりんのまま。今の環境を失うかと思うと、気軽には気持ちを口に出来ない。
生活の安定。好きな人。生活の安定・・・・好きな人。
恋って、しんどいんだなあ〜・・・ボソッと呟いて、空を見上げる。
いっそ、実家に戻って関西でやり直す手もある。
来年は、もうちょっと真剣に身の振り方を考えよーっと。
「よし」
自分に号令をかけてカーテンを閉める。
そして朝の準備をするべく立ち上がり、電気をつけた。
今年の仕事はまだ残っている。
私には、やらなきゃならないことがあるんだから―――――――――・・・
「おはようございます」
出勤して、一番にあう仲間さんを見て思わず絶句した。
・・・超、ゴージャス。何だこの人。
私は言葉を失ったままでマジマジと事務の責任者を眺める。
同じ女という生き物とは思えない。いつものように滑らかな髪と白い肌。長い睫毛、垂れ目風に書き込まれたアイラインが、元々猫目の仲間さんの目元を柔らかく変えていて、印象が違って見えた。ぷるんとした肉厚な唇。うーん、素敵すぎる。
「あ、おはよう瀬川さん。ホワイトクリスマスになったわね〜」
キラキラと輝いて、100万ボルトの笑顔を向けてくる。
「・・・・とってもお綺麗です。今日はデートですか?」
「やあねえ、デートじゃなくても私は綺麗なのよ。ま、デートはあるんだけど」
すっごく楽しそう。仲間さんの周りには漫画みたいにバラの花が咲き誇って見えた。
何か・・・この人の周りだけ空気の色まで違うのは気のせいだろうか・・・。
「仲間さんの彼氏さんのお話、聞いたことないんですけど・・・。何してる人なんですか?」
コートを脱いで、席につきながら聞く。
少し首をかしげて、仲間さんがこちらを見た。
「あら、知らなかったんだっけ?FPの津田さんよ、今付き合ってるの」
「・・・えーっ!??」
うちの事務所担当のファイナンシャルプランナーの津田さん。沈着冷静で、滅多に笑わない。銀縁のメガネをかけた冷たい印象の男性だ。
いつ来ても一声も聞かないけど?え、あの人ちゃんと喋るの?私は盛大に心の中で突っ込んだ。
確かに、非常に格好いい。インテリを絵にかけばああいう感じか、といった男性で、支社の水野さん情報では確か31歳、そろそろ独立するのではないか、という噂も聞いたことがある。
ちなみに、支社の女の子の中で作られているランキングリストでは『抱かれてみたい男』の2番目か3番目にいたはず。
でも、でも。
この、ゴージャスな外見で派手好きの仲間さんの好みだとは思わなかったー。
うわー。凄いこと聞いちゃったよ〜。そっかー、あの津田さん、こんな美人と付き合ってんだー!!
「そんなに驚かなくても」
仲間さんがふふふと笑った。
「だって、あの・・津田さんて冷たいイメージがあったので・・女性と付き合ったりするんだーと思って・・・」
失礼にならないように形容するのは難しいなあ、そう思いながら考えつつ口にすると、仲間さんはアッサリと頷いた。
「ああ、確かに仕事では本当に笑わないもんね。でも仕事を離れたら、彼とっても可愛いのよー」
・・・可愛い。津田さんが?
「で、全部私にリードさせてくれるの。後ろで微笑んで、ばーんと見守ってるって感じが、私好きなのよ」
・・・後ろで微笑む。マジで、あの津田さんが?
へーえ。何か、いきなりFPの印象が変わっちゃった・・・。
ってか、仲間さん、『抱かれたい男』ランキング知ってるのかな。彼氏が乗ってるの。
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