5、a.s.a.p.@


 週末が明けて、出勤した時、自分でも驚くほど普通に青山さんに接することが出来た。

 実はあの夜、無事に家にたどり着いてから熱々のお風呂に長いことつかって悶々と色んなことを考えて、その中には私を好きだと言ってくれる人を大事にするべきか・・・ぶっちゃけその方が気持ちは楽だし、安定する・・・みたいな不実なことも考えてしまっていて、自己嫌悪で嫌になったりしたのだ。

 本当に断ってよかったの?なんて、何回も自分に聞いていた。

 ・・・でも。

 今青山さんと付き合ったって、それはもう色んなことで、きゅうりと比べてしまうのは目に見えている。

 待ち合わせて、ああ、これがきゅうりだったら、なんて失礼なこと思うくらいなら、始めない恋愛の方がいいと思った。

 好きでも嫌いでもない同僚・・・。まさか、私がこんな問題を抱えるなんてね。ちょっとは会社になじんできた証拠では、あるんだろうけど・・・。

「あ、おはよう、瀬川さん」

「おはようございます、青山さん」

 青山さんは、風邪引かなかった、と声をかけてくれた。真っ直ぐで、優しい人だと思った。

 事務所の鍵をお願いしたお礼を言う。大丈夫だと、手を振って出かけていった。

 もう今年もあと2週間ちょっとだ。

 今年、正社員にはなれなかったけど、ちゃんと職場があって、仕事はやりがいもあって、ちゃんと居場所になってよかった。

 微妙ではあったけど、ファーストキスもしちゃったし・・・。うーん、あれは省こう。やっぱり微妙だ。

 殆ど出払って人気のない営業部を見回す。

 きゅうりは居ないのかな。今日、朝礼でてたかな。

「あ、瀬川さん、仲間さんが探してたよ」

 ホールから出てきたキタジイが話しかけてきた。

「あ、喜多川さん。おはようございます。判りました、戻りますね」

 にっこり笑って、自席に戻る喜多川さんを見送って、私も事務ブースに戻る。

「仲間さん、お探しですかー?」

 本日もゴージャスな仲間さんが席から振り返って手招きした。ちょっと見惚れた。

 つやつやの栗色の長い髪。ぷるんぷるんのお肌。長い睫毛(ちなみに、自前よ、付け睫毛じゃないわよ!って言われたわ、そういえば)が高い頬骨に影を落として、骨格の美しさを際立たせている。

「ね、瀬川さん、今週の木曜日結婚式の2次会行くって言ってなかった?」

「あ、はい。大学時代の友達の結婚式の2次会に呼ばれてます。いいましたっけ、私?」

 仲間さんは艶やかに微笑んで、手で肩をぶつ真似をした。

「そう、言ってたわ、食堂で。でね、さっき支社の人事にいる同期から届いたんだけど、これ使うかな、と思って―――――」

 仲間さんが差し出したのは、付け睫毛キッドと真紅のリップグロスだった。

 支社に勤める事務たちは、出すのも受け取るのも自分達の仕事だからと、その立場を利用して仕事とは全く関係のない私物まで社内便を使って送ったりすることがある。

 仲間さんはその手をつかって、このブランド化粧品のクリスマスセットを貰ったらしい。

「えーっと・・有難いんですが、私使ったことありません」

 ぽりぽりと頬をかきながら言う。

 そんな乙女なもの、使ったことない。大体、高い化粧品はおいそれとは買えないし・・・。いつもピンクベージュのグロスだし・・。たまにリップクリームですら付け忘れることもある。

 そういえば初対面のきゅうりに荒れ荒れでガサガサの唇を突っ込まれたんだった。

 仲間さんは、ええー!?と叫んで、私の手にそれを押し付けてきた。

「だったら初挑戦よ!睫毛は大事よ、睫毛は!!2次会でいい男に出会うかもしれないじゃない?」

「あのー・・友達のお祝いにいくんですけど」

「それは判ってるわよ!でも自分の将来のためにいい男をゲットするのは本当に大事なことなんだから!目の保養と心の保養よ、瀬川さん!」

 おお〜・・・仲間さんが熱く語っていらっしゃる・・・。

 まあ、そうかもしれないけど・・・でも、目の保養なら、この事務所にはそれなりにイケメンがたくさんいるわけだし・・・。

 私はつらつらと男性営業の職員の顔を順番に思い浮かべていく。

 あんなことがあったけど、青山さんだって、スポーツ系の爽やかな男の人だ。一般的には「格好いい」と評される外見だと思うし・・・。

 茶色のくるくるとした目に日焼けした肌。長めの髪なんかも、モテるんじゃないかなあ〜。

 ・・・やっぱり、勿体無いことしたかも。

「って、何考えてるのよ」

 不埒なことを考えた自分の頭を拳骨でどつく。駄目駄目、そんな、意地汚い!

「何か言った?」

 こぶしを突き上げて、いい男を捕まえる必要性を喋っていた仲間さんが、こっちを見た。

「いえいえ、独り言です。えーと。・・それじゃあ、頂きます。折角ですし」

 にっこりと微笑んで仲間さんが渡してくれた付け睫毛を見る。

 ・・・乙女だ。あの、買いたかったドレスなら、このくらい睫毛長くてもいいと思えるんだけどなあ〜・・・。うーん。

 仲間さんが簡単につけ方を教えてくれたので、会社のトイレでつけてみた。

 そしたらあまりにも可憐な表情になって、真面目にビックリした。

・・・私、化けれんじゃん・・・・。化粧品て、凄い。

 ついでに真紅のグロスも指先に少しだして唇の真ん中に乗っけてみる。
上下をこすり合わせて色を混ぜてみたら、何だか色っぽくなった自分が鏡の中にいて、恥ずかしくなった。

 うーん・・・私って化粧っ気ないもんなあ・・・。

 席に戻って仲間さんや事務仲間に披露してみたら、案外好評で、照れたけど、嬉しかった。
 これが女力アップってやつかなあ〜。女性に褒められると嬉しい。

「瀬川さんの、素朴な、自然の美、みたいな可愛さも本当に素敵だけど、化粧をして大人っぽくなるのもいいわ〜!イメージがかなり変わるわね、睫毛と唇で」

 大井さんが手放しで褒めてくれる。

 うううー、嬉しい。

 しかし、素朴なって・・・。ようするに何もしてないってことよね、そのまんま。別に褒めてないのかも。

 その日はそのまま会社で過ごしたが、私の変化に気付くのはいずれも女性ばかり。男って・・・とちょっと呆れる。ま、でもたかが一事務員の私、そりゃあそうか、と思い直したけど。

 結婚するのは大学でゼミが一緒だった里香とその優しい彼氏。二人は高校生のころからの付き合いで、大学卒業後に結婚すると決めていたらしい。

 大学でも皆が羨むお似合いのカップルだった。お互いを思いあうのが端からみていてもよく判って、その信頼感に驚いたものだった。

 家族の都合で、結婚式には珍しい木曜日になったので、友達は皆まとめて夜の2次会への参加をお願いしたと聞いた。

 二人の晴れ姿を見るのも勿論楽しみだったが、卒業以来の大学の友達に会えるのも嬉しくて、招待された秋ごろから心待ちにしていた。そして、近づいた今週は仕事中もそわそわしっぱなしだった。

 一度用事で事務ブースに来たきゅうりに、「なんか、お前体が浮いてる感じがするぞ。何に興奮してんだ?」と聞かれ、「結婚式なんです!」と嬉しく答えて、「お前の?」と突っ込まれて初めて主語を抜かして話していたことに気付いたくらいだ。

 そして、悔しいながらも結婚どころか彼氏と呼べる人もいないと認めるハメになって、大いにからかわれ、ムカついた。

「くっ・・・楠本さんだって、彼女はいないって仰ってたじゃないですか!」

 と噛み付くと、ムカつくぐらい綺麗な顔でにやりと笑って、

「俺は、作らないだけ。仕事に夢中で、誰かと付き合ってる暇なんかなかったんだよ」

 と言ったから、つい、本気で聞いてしまった。

「案外、器用じゃないんですね。恋も仕事もではないんですか?」

 きゅうりは肩をすくめて、呆れた顔を作る。

「営業って仕事は休みもあるようでないからな。どっちも中途半端になって、成績は上がらねーわ、彼女には泣かれるわ、じゃ良いことは何もないだろ」

「・・・はあ、そうですね。やっぱり彼女は休日にはそばに居て欲しいものでしょうしね」

 そう呟いて頷くと、きゅうりはカウンターから身を乗り出してにやりと笑った。

「男だって、居てやりたいんだよ。好きな子の喜ぶ顔は見たいもんだろ」

「でも、休めない?」

「この仕事で結果出したけりゃあな。だから俺は、仕事で自信がつくまでは彼女は作らないって決めてた」

 ふーん。・・・でも何か、作ろうと思えば楽勝って感じの言い方に反感を覚えた。何でこんなに偉そうなの、この人。

 だからちょっと突っ込んでみることにしたのだ。意地悪そうな顔を作ってつんと顎を突き出す。

「で、このままずーっと一人で過ごして、寂しい老後を過ごすわけですね」

 するとまたにやりと不敵に笑ったきゅうりが言った。

「仕事に自信がつくまではって言っただろ。今ならもう、仕事も恋も大事に出来ると思うぜ。俺は、作らない。トマトは、作れない、だろ?」

 カッチーン!

 何だってんだー!この俺様営業は!バカにしすぎでしょ、私を。瞬間的に沸騰した私の頭が命令したから、つい、言ってしまったのだ。

「私だって、告白されることもあるんですからねーっだ」

 きゅうりが一瞬真面目な顔になったので、ハッとして口元を押さえた。

 あ、やばい。言っちゃった―――――――――

「・・・トマトが?」

 むきーっ!何だその反応は!失礼なー!!顔がどんどん赤くなっていくのを気にしながら必死で叫ぶ。

「すみませんね、こんな可愛くなくても気にいって下さる人もいるんです!もう、早く営業に戻ってください!」

 ぷりぷりして言う私の隣で、仲間さんがガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

 そして腰に手をあてて、鬼のような顔できゅうりを睨みつけた。

「な、仲間?」

 きゅうりが心持ち仰け反る。

 仲間さんはやたらと美しいお顔にうっすらと恐ろしい微笑みを浮かべて低い声で言った。

「自信満々なのはいいけどね、楠本君。うちの事務員の仕事の能率と効率をこれ以上落とすようなら、二度と女にモテないご面相にして差し上げるけど?」

 きゅうりは書類を引っつかんで、即退散した。


 木曜日になった。

 仕事をきっかり定時の5時で終えて会社を飛び出す。

 2次会の開始は遅めの8時からなので、ダッシュすれば十分準備も出来るはずだ。

 部屋に戻ってシャワーを浴びる。カーラーをつけて自然乾燥させてる間に、化粧をした。

 コンシーラーと粉で丁寧に肌を作る。眉は少し足す程度にして、アイラインで目元を書き込み、付け睫毛をしてマスカラで整える。目がいつもの2倍にはなって見えた。

「おおお〜」

 一人暮らしで増えた独り言で簡単に感想を述べる。

 カーラーを外して後頭部で髪をまとめ、数束耳の横やうなじに垂らしてみせたら、いつもよりは断然大人びた自分が鏡の中にいた。

 深い色合いのシルバーのワンピースを着て、親からもらったダイアモンドのネックレスをつける。

 財布とグロスとカメラと携帯、それに部屋と会社の鍵をクラッチバックにいれて、コートとマフラーを装備したら部屋を出発した。

 ああ〜楽しみ。皆元気かなあ。里香は2次会でもウェディングドレス着てくれてるかな?

 電車の中でもウキウキしていた。会場に着く前に、友人の何人かに合流し、衣装や化粧を褒めあったり近況報告したりで既に盛り上がって、貸切になっているレストランになだれ込んだ。

 里香はとても綺麗だった。披露宴からで疲れてるの、といいながら、興奮で頬を染め瞳は潤んでいて、全身からキラキラしたオーラを発散してるみたいに輝いていた。

 これが、花嫁さんなんだな。うーんめちゃ可愛い〜。

 料理を食べて、お酒を飲み、花嫁たちと写真を撮って、友達と盛り上がった。

 本日の化粧は好評で、あんたもすれば出来るんじゃーん!と色んな友達に言われた。仲間さーん、大成功です!と胸の中でガッツポーズをする。

 同じ席に座る大学のゼミ仲間とは恋話でも勿論盛り上がり、きゅうりや青山さんのことを強制的に告白するハメになった。

 皆聞き出すのがうまくて・・・いや、認めよう。私がマヌケなのだ。

 青山さんのくだりには「勿体なーい!あたしに紹介して!」と数人がいい、きゅうりの話では苦笑やため息が聞こえた。

「あんたって、本当鈍いよね。それは相変わらずね」

 姉御キャラの咲子がワイングラスをくるくる回しながら呟いた。

「何よう・・。そんなに鈍くないもん」

 強気では訂正を求められない程度には自覚もあるが、言われっぱなしでは折角の睫毛がなくってもんである(・・・いや、関係ないか)。

 周りもニヤニヤしながら頷く。何なのこの連帯感。本当にもう。

「だってその、青山さんだっけ?気付きそうなもんでしょ、自分に気があるかないかくらい。それに、気がないんだとしたら無人の会社なんかに二人で入っていっちゃ駄目よ〜。襲われたらどうすんの?」

 ぐっと詰まった。

 ・・・・・実は、襲われて、キスされた、とはとても言えない。

 咲子の口は止まらない。

「それに、そのハンサムさん。楠本さんだっけ?あんたが気に入ってるのは確実だとして、もしかしたらあんたが好きなのかもよ?からかって楽しんでるだけじゃあないでしょー」

 ブッとカクテルを噴出しかけた。

「ないない!だって、好きな子いるって言ってたもん!もし、す・・好きなのが私なら、そんな事言わないで、告白とか・・・なるんじゃない?」

 反応が早かったのがおかしかったらしく、テーブルの全員に笑われた。ゲラゲラと大爆笑されて、また全身が真っ赤になる。

「試しただけかもでしょー。それで、他に好きな人がいるんだなんて、諦めるの早すぎるから!」

「うーん・・・でも、やっぱり」

 ワイングラスを回すのをやめて、咲子はテーブルに身を乗り出して、キッパリと言った。

「傷つくのが嫌だからって、可能性からまでも逃げてどうすんのよ!?しっかりしなさい、自分に自信がなさすぎよ」

また、怒られました。咲子には、こうやって就活の時もいいタイミングで叱ったり、慰めたりして貰ったんだった。

 就職浪人なんてしてないで、とにかく社会に潜り込むこと!って今の会社にアルバイトの応募する時にも背中を押してくれたのは、咲子だった。

 酔っ払った私は、あふれ出した感謝の気持ちを伝えるべく、テーブルを回っていって咲子に抱きついた。

「うー、ありがとうううううう!自信つけるのは難しいけど、頑張ってみる〜色々〜」

 女に抱きつかれたって嬉しくないわ、はよどけ!と騒ぐ咲子に抱きついたままでいて、また周りを笑わせてしまった。

 ああ、友達ってあったかいなあ・・・。皆、優しいなあ。叱って貰えるって贅沢なことなんだなあ、としみじみ思う。




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